凍てついた薔薇は恋に溶かされる

尾高志咲/しさ

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13.病魔 ヴァンテル視点

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 私は憂鬱な気持ちで、王子の婚約者に会った。
 王宮の庭を散策しているうちに、お互いに、さも偶然会ったと驚いたふりをして。

 豊かな金の髪を揺らし、咲き誇る花のような令嬢が、優雅に屈んで挨拶をする。
 この令嬢と王子が並んだ姿は、まるで一対の人形のように美しいだろう。

「お初にお目にかかります、閣下。シャルロッテ・ノーエにございます」
「お目にかかれて光栄です、姫君。今日は私に何の御用が?」

 令嬢の話に、見当などつかなかった。殿下との惚気のろけ話など死んでもごめんだ。笑顔を作りつつ、一刻も早くこの場から立ち去る算段をしていた。

「では、単刀直入に申しましょう。このままでは、アルベルト殿下の御命は長くはもちません」

 愛らしく微笑む姿からは、口にしている内容は想像もつかない。呆気あっけに取られて言葉を失った。

「殿下は、あの蜂の蜜が無ければ、陛下と同じ道を辿ります」
「……なぜ、そんな話を知っている!」
「ノーエ侯爵家は、医術の家系です。殿下の侍医は、わたくしの叔父ですの」

「……貴女の御実家は研究に明け暮れる者が多い家柄で、金勘定には弱い。失礼ながら、今は大変な状況と聞いている」
「その通りですわ。没落寸前で火の車。そんな侯爵家の娘がよくも王太子の婚約者などになれたものと噂の的です。脳の無い父と兄は最後の賭けで、金品をばらまいたようですが」

 令嬢は、いともあっさりと微笑んで話す。

「人が多い所にいれば、簡単に病は移るもの。殿下の御体は、それを防ぐことがお出来にならない。国王陛下のように蜜で命を繋ぐことも出来ず、この人の多いフロイデンでどうなさるのです? まして、国王などになれば、激務でお体はもちませんでしょう……」

「なぜ私にそんな話をする?」
「わたくしは、殿下が憎らしくて仕方がありません。あんなに明るい瞳で、いつも優しく微笑んでこられる。宮中の他の者たちのように、身分ばかり高い貧乏人と、わたくしたちを嘲ることもない」

『……私では不安は多かろうが、貴女のことをゆっくりと知りたいと思う』

 美しい少女は、庭園の遥か遠くを眺めた。眩しいものを見つめるような瞳だった。

仮初かりそめの笑顔に簡単に騙されておしまいになる。あれでは王宮などにいたら、すぐに壊れてしまいます。ここには清く美しい心など必要ない。欲に溺れた魔物しかおりませんのに」
「……貴女の気の毒なところは、その賢さだな」
「お褒め頂いて光栄です。我が生家では何の役にも立ちませんでしたけれど」
「もう一つ、哀れなところがある。生まれた家を捨てきれぬ情の厚さだ」

 炎のような瞳で睨みつけられる。

「その生家を、もう潰してもいいと思うのです。あの方を、ここから遠くにお連れください。手土産に、我が家の書庫にあった蜂についての研究書を差し上げます」

 ノーエ侯爵令嬢は、傍らに置いた何冊もの研究書を差し出した。

「……なぜ」
「わたくしは、殿下とご一緒に過ごす時間を楽しみにしておりました。なぜか、毎回、貴方の話ばかり聞かされておりましたが」
「私の話……?」
「クリスは何でも出来ると、幼い頃からずっとそう思って来たと。そう、殿下は仰います。筆頭である貴方なら、お出来になるでしょう!? そのお力で殿下の御命を助けることが!」
「……シャルロッテ殿」

 令嬢の碧の瞳が、真直ぐに私を射る。一瞬、泣き出しそうに見えた。
 彼女は、花が伏せるよりも美しく一礼して、目の前から去った。



 私は、部屋に帰って、渡された研究書を見た。
 ノーエ侯爵家で代々、北方地方の蜂について研究されてきた本だった。侍医の家柄でもあり、王族の体に及ぼす影響についても記述がある。

 一通り目を通した後に、立ち上がった。




 アルベルト殿下。
 美しく、優しく、真っ直ぐな殿下。
 貴方は、これから私のすることをお許しにならないでしょう。

 貴方の希望も努力も全て。この手で、粉々に致します。
 王宮という名の籠から貴方を自由にする為だけに、今日まで生きてきたのに。これから私は、貴方を閉じ込めるために生きていく。


 せめて広い鳥籠を、ご用意しましょう。
 誰よりも豪華な最果ての鳥籠を、貴方のために……。

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