54 / 154
13.病魔 ヴァンテル視点
①
しおりを挟む殿下の瞳には、未来へのとまどいと不安、そして脅えがあった。
折れそうに細く白い指を、そっと握る。
──必ず、貴方を守る。
その心が伝わるように。
何度も瞳を瞬きながら、ゆっくりと、殿下は頷いた。よろしく頼む、と。
これ以上の幸せなど、考えられなかった。
長い年月、会うことを夢見たアルベルト殿下がここにいる。
これからは誰に憚ることもない。共に歩み、共にこの国の行く末を語ることが出来るのだ。
常に殿下との間に立ちはだかっていた王太子は、もういない。仄暗い喜びが湧き上がり、アルベルト殿下の涙にだけ心が痛んだ。
私とライエンの顔を交互に見た後、殿下は、小さくため息をついた。
「……すまない。私は何も、わかっていないんだ。お前たちの役に立つことは、何も出来ないかもしれない。王太子の責務だけではない、小宮殿に引きこもってばかりで、人付き合いすら、ろくにしたことがない」
「殿下。ご無理もありません。何もかもが急に変わっておしまいになったのですから。時間はいくらでもあります。これから、少しずつ覚えていけばよろしいのです」
殿下に見惚れていたライエンも、はっと我に返った様子で言う。
「そうです、アルベルト殿下。殿下の手足となるために我等がおります。ご心配な点は、何でもお申し付けください」
青白い顔に、わずかに赤みがさす。それだけで、自分の心が騒ぐのがわかる。
大丈夫だ、何も心配することはない。
貴方の行く手を塞ぐものは、全てこの手で取り除こう。
貴方がいつでも、望むままに歩むことが出来るように。
貴方の進む先には、常に幸と栄光が溢れているように。
宮殿と言う名の鳥籠から貴方を出すためだけに、これまで力を蓄えてきたのだ。
今や、私の手には、貴方を自由にするだけの力がある。
アルベルト殿下は、少しずつ東の宮殿での生活に慣れていった。
将来の国王となる為に多くの教師が用意された。東の宮殿には、王太子付きの者たちが揃っている。
後から思えば、第一王子が亡くなった時に、全ての人員を入れ替えてしまえばよかったのだ。
健康で優秀な王太子を喪った者たちは、第二王子に、亡き王太子と同じだけの成長と成果を求めた。そんなことに、私もライエンも気づかなかった。
私たちは、殿下にも周囲にも、まずは日々の生活に慣れていただくようにとだけ言った。
困ったことはないか。体にご無理のないようにと伝えても、柔らかく微笑むだけ。殿下は少しも弱音を吐かなかった。
最初の三か月ほどは、寸暇を惜しんで会いに行った。
殿下と食事をし、体を気遣い、日々の悩みや様子を聞くことが出来た。それが出来なくなったのは、同盟国との国境争いが激しくなってきたからだ。
先代の筆頭が職を辞した後、私は新たに押し寄せる職務に忙殺されていた。そこに王太子が亡くなり、さらには決着済みの国境間の土地争いが再燃する。
殿下の元に赴く時間は瞬く間に減り、心は焦りながらも思うようにならない。ライエンはライエンで、騎士団と共に、国境線の調整に向かうことになった。
「王太子殿下のことは、私どもにお任せを」
東宮の者たちの言葉に、仕方なく頷いた。殿下に詫びに伺えば、逆に励まされもした。
「一日も早く、王太子として自分の足で立てるように努力する。クリスたちも体には気をつけて」
私達が知らぬ間に、朝から晩まで満足な休みもない課程が用意されていた。アルベルト殿下もまた、必死にそれをこなそうとしていた。
18
お気に入りに追加
870
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭
1/27 1000❤️ありがとうございます😭
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
孕めないオメガでもいいですか?
月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから……
オメガバース作品です。
【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜
ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。
そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。
幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。
もう二度と同じ轍は踏まない。
そう決心したアリスの戦いが始まる。
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。
ふしだらオメガ王子の嫁入り
金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか?
お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。
シャルルは死んだ
ふじの
BL
地方都市で理髪店を営むジルには、秘密がある。実はかつてはシャルルという名前で、傲慢な貴族だったのだ。しかし婚約者であった第二王子のファビアン殿下に嫌われていると知り、身を引いて王都を四年前に去っていた。そんなある日、店の買い出しで出かけた先でファビアン殿下と再会し──。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
白い部屋で愛を囁いて
氷魚彰人
BL
幼馴染でありお腹の子の父親であるαの雪路に「赤ちゃんができた」と告げるが、不機嫌に「誰の子だ」と問われ、ショックのあまりもう一人の幼馴染の名前を出し嘘を吐いた葵だったが……。
シリアスな内容です。Hはないのでお求めの方、すみません。
※某BL小説投稿サイトのオメガバースコンテストにて入賞した作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる