凍てついた薔薇は恋に溶かされる

尾高志咲/しさ

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11.灯火

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 涙はまるで、せきを切ったように留まることを知らなかった。声を上げて泣きたいわけではない。ただ、胸の奥がひどく苦しかった。

 私だけを置き去りにして、全てが進んでゆく。幼い頃も、今も。私の知らないところで、私の全てが勝手に決まってゆく。
 私はここにいるのに、まるで自分の存在などないかのようだ。

「で、殿下……」

 おろおろと私を見て青くなるレビンを横目に、叔父は大きく息を吐く。

「……可哀想に。私は別段優しい人間ではないが、こんな様子は見ていられない」

 叔父はそう言って、私のすぐ隣に座った。

「殿下、昔、お教えしたことを覚えていらっしゃいますか」
「昔、教わったこと?」
「悲しい時は悲しいと言うのですよ。飲み込みすぎれば、心は痛みに負けてしまいます。痛みに負けた心は、簡単に壊れるものです」

 幼い私に楽器を教えながら、叔父は私に心を教えた。
 笑うこと、泣くこと、楽しむこと。音に自分の心を乗せるのだと。
 叔父と共に音を楽しみ、鳴り物を習い、歌う時間は喜びに満ちていた。いつの間に忘れてしまったのか。

「やはり、お連れしたほうがよさそうだ」

 叔父は、私の涙をゆっくりと指で拭う。

「……昔、この国を離れる時も思いましたよ。行くなと泣いてすがる貴方が可愛くて、気の毒でね。一緒に連れて行こうと、何度も思いました」
「叔父上……」
「殿下、この国で我慢するばかりが生きる道ではない。世界は広いのです。スヴェラにご一緒に参りませんか? 我が女王の了承は得ています。なかなか住み心地の良い国ですよ」
「スヴェラに?」

 叔父は微笑んで頷いた。

「ご自分で飛んでみたらよろしいのです。貴方には、ちゃんと翼がある」


 翼が。

 白銀の世界で飛び立つ小鳥が目に浮かぶ。
 ……飛べるのだろうか。自分の力で。


「お、王配殿下!」

 叔父は怪訝な瞳で、レビンを見た。レビンは部屋の隅で真剣な顔をしている。

「せ、僭越ながら、もし、殿下がスヴェラに行くようなことになったら!」
「何だ、其方は。あの公爵のところに訴えにでも行くつもりか?」

「違います! 私も、私も共にお連れください!」
「其方も?」
「はい! 殿下とご一緒に参りたいのです」
「……侍従も共に、か。考えておこう」

 叔父は指を額に当てて、何とも言い難い顔をしていた。

「さて、私は一度退散します。公爵の配下がやって来てあれこれ言ってきても面倒だ。可愛いアルベルト殿下。またすぐに参りますから、少々我慢なさってくださいね」
「……叔父上、ありがとうございました」

 私は叔父に、父と話が出来たことを告げた。
 父が許せと言ったことを話すと、そっと私の背を撫でた。

「陛下は、ずっとたくさんのものを背負って来られた。あの方にとっての一番は、いつだってこの国でした」

 叔父の瞳はひどく遠く、寂しげに見えた。
 じっと見つめると、叔父は私の額に口づけをひとつ落とした。それは、幼い頃にいつも欠かさずしてくれた、優しい仕草だった。
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