凍てついた薔薇は恋に溶かされる

尾高志咲/しさ

文字の大きさ
上 下
46 / 154
11.灯火

しおりを挟む
 
 涙はまるで、せきを切ったように留まることを知らなかった。声を上げて泣きたいわけではない。ただ、胸の奥がひどく苦しかった。

 私だけを置き去りにして、全てが進んでゆく。幼い頃も、今も。私の知らないところで、私の全てが勝手に決まってゆく。
 私はここにいるのに、まるで自分の存在などないかのようだ。

「で、殿下……」

 おろおろと私を見て青くなるレビンを横目に、叔父は大きく息を吐く。

「……可哀想に。私は別段優しい人間ではないが、こんな様子は見ていられない」

 叔父はそう言って、私のすぐ隣に座った。

「殿下、昔、お教えしたことを覚えていらっしゃいますか」
「昔、教わったこと?」
「悲しい時は悲しいと言うのですよ。飲み込みすぎれば、心は痛みに負けてしまいます。痛みに負けた心は、簡単に壊れるものです」

 幼い私に楽器を教えながら、叔父は私に心を教えた。
 笑うこと、泣くこと、楽しむこと。音に自分の心を乗せるのだと。
 叔父と共に音を楽しみ、鳴り物を習い、歌う時間は喜びに満ちていた。いつの間に忘れてしまったのか。

「やはり、お連れしたほうがよさそうだ」

 叔父は、私の涙をゆっくりと指で拭う。

「……昔、この国を離れる時も思いましたよ。行くなと泣いてすがる貴方が可愛くて、気の毒でね。一緒に連れて行こうと、何度も思いました」
「叔父上……」
「殿下、この国で我慢するばかりが生きる道ではない。世界は広いのです。スヴェラにご一緒に参りませんか? 我が女王の了承は得ています。なかなか住み心地の良い国ですよ」
「スヴェラに?」

 叔父は微笑んで頷いた。

「ご自分で飛んでみたらよろしいのです。貴方には、ちゃんと翼がある」


 翼が。

 白銀の世界で飛び立つ小鳥が目に浮かぶ。
 ……飛べるのだろうか。自分の力で。


「お、王配殿下!」

 叔父は怪訝な瞳で、レビンを見た。レビンは部屋の隅で真剣な顔をしている。

「せ、僭越ながら、もし、殿下がスヴェラに行くようなことになったら!」
「何だ、其方は。あの公爵のところに訴えにでも行くつもりか?」

「違います! 私も、私も共にお連れください!」
「其方も?」
「はい! 殿下とご一緒に参りたいのです」
「……侍従も共に、か。考えておこう」

 叔父は指を額に当てて、何とも言い難い顔をしていた。

「さて、私は一度退散します。公爵の配下がやって来てあれこれ言ってきても面倒だ。可愛いアルベルト殿下。またすぐに参りますから、少々我慢なさってくださいね」
「……叔父上、ありがとうございました」

 私は叔父に、父と話が出来たことを告げた。
 父が許せと言ったことを話すと、そっと私の背を撫でた。

「陛下は、ずっとたくさんのものを背負って来られた。あの方にとっての一番は、いつだってこの国でした」

 叔父の瞳はひどく遠く、寂しげに見えた。
 じっと見つめると、叔父は私の額に口づけをひとつ落とした。それは、幼い頃にいつも欠かさずしてくれた、優しい仕草だった。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

ふしだらオメガ王子の嫁入り

金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか? お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

僕の幸せは

春夏
BL
【完結しました】 恋人に捨てられた悠の心情。 話は別れから始まります。全編が悠の視点です。 1日2話ずつ投稿します。

【完結】選ばれない僕の生きる道

谷絵 ちぐり
BL
三度、婚約解消された僕。 選ばれない僕が幸せを選ぶ話。 ※地名などは架空(と作者が思ってる)のものです ※設定は独自のものです

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

【完】三度目の死に戻りで、アーネスト・ストレリッツは生き残りを図る

112
BL
ダジュール王国の第一王子アーネストは既に二度、処刑されては、その三日前に戻るというのを繰り返している。三度目の今回こそ、処刑を免れたいと、見張りの兵士に声をかけると、その兵士も同じように三度目の人生を歩んでいた。 ★本編で出てこない世界観  男同士でも結婚でき、子供を産めます。その為、血統が重視されています。

【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜

ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。 そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。 幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。 もう二度と同じ轍は踏まない。 そう決心したアリスの戦いが始まる。

【完結】第三王子は、自由に踊りたい。〜豹の獣人と、第一王子に言い寄られてますが、僕は一体どうすればいいでしょうか?〜

N2O
BL
気弱で不憫属性の第三王子が、二人の男から寵愛を受けるはなし。 表紙絵 ⇨元素 様 X(@10loveeeyy) ※独自設定、ご都合主義です。 ※ハーレム要素を予定しています。

処理中です...