凍てついた薔薇は恋に溶かされる

尾高志咲/しさ

文字の大きさ
上 下
26 / 154
6.寂寥

しおりを挟む
 
 耳にした言葉が信じられなかった。


 村を滅ぼした

 兄が

 私の為に


 一つ一つの言葉が、耳の奥でこだまする。
 動悸が増し、何かが、これ以上耳にするのは危険だと告げている。

 侍従は、呆然とする私を燃えるような瞳で見つめていた。

「ご存知ですか、殿下。ある一族が守り育てていた特別な蜂の集める蜜は、人の体にとって万能薬となるのです。私の一族は、長い時間をかけて、蜂と共存してきました。自然界にあった蜂を育て、増やし、ほんの少しだけ彼らから分けてもらった蜜で病を癒してきた。……それなのに」

 侍従が語った話は、およそ私が今まで想像もしなかったことだった。

「ある時、王室付きの騎士団がやってきて、お前たちの持つ蜜を渡せと言いました。大量の金を差し出して、これと引き換えにと。小さな村の暮らしに金は必要ない。どうかお許しをと断れば、子どもの首に剣を突きつけました」

「……子どもに?」

 侍従は頷く。
 騎士は神に敬虔であり、弱者を保護する聖なる義務を負う。兄も常々、そう言っていたはずだ。

 彼等が求めた……花の蜜?

 思いあたるのは、ただ一つだけだった。

 『すぐに楽になる』
 そう言って、発熱の度に与えられ続けてきた蜜。

「人の命の価値は、殿下と私では、天と地ほども違うのでしょう。王太子には、溺愛する貴方に勝るものなどなかった。その為には、辺境の一族など、どうなってもよかったのです」
「……兄が、兄がそんな」

 侍従は動揺する私に、まるで昔話を読み聞かせるように、静かに語った。



 北方に生息する希少な蜂たちは、山間の土地を長く守ってきた。彼らが集める花の蜜は、人の体を癒す薬となる。そのことを、自然と共に暮らしてきた小さな村の人々は知っていた。

 村人たちは長い時をかけて蜂を育てる方法を会得し、増やし、日々の糧を得た。村人にとって彼らは恵みをもたらす神の遣いであり、友だった。多くの作物は、蜂たちが花を受粉させてくれるおかげで、実をつけることができたのだ。

 村人たちは蜂を守るために、蜜の存在を秘匿し続けた。必要以上は求めず、ひっそりと暮らしてきた。

 北方地方を旅していた商人が、道に迷って村を訪れた。それは、蜂と村人にとって、不運だったとしか言いようがない。
 冬の夜、熱を出した幼児をあっという間に癒した薬を、商人は忘れなかった。

 何年も後になり、村の人々がそんな男が訪ねたことすらも忘れた頃、王家の直属の騎士団がやってきた。

 ──ここにどんな病も治す万能の薬があると聞いた、即刻差し出せ。

 長老が村人の為に大事に保存していた程度では、彼らは納得しなかった。剣で脅して、村の宝を巣箱ごと奪い去った。
しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

孤独な王弟は初めての愛を救済の聖者に注がれる

葉月めいこ
BL
ラーズヘルム王国の王弟リューウェイクは親兄弟から放任され、自らの力で第三騎士団の副団長まで上り詰めた。 王家や城の中枢から軽んじられながらも、騎士や国の民と信頼を築きながら日々を過ごしている。 国王は在位11年目を迎える前に、自身の治世が加護者である女神に護られていると安心を得るため、古くから伝承のある聖女を求め、異世界からの召喚を決行した。 異世界人の召喚をずっと反対していたリューウェイクは遠征に出たあと伝令が届き、慌てて帰還するが時すでに遅く召喚が終わっていた。 召喚陣の上に現れたのは男女――兄妹2人だった。 皆、女性を聖女と崇め男性を蔑ろに扱うが、リューウェイクは女神が二人を選んだことに意味があると、聖者である雪兎を手厚く歓迎する。 威風堂々とした雪兎は為政者の風格があるものの、根っこの部分は好奇心旺盛で世話焼きでもあり、不遇なリューウェイクを気にかけいたわってくれる。 なぜ今回の召喚されし者が二人だったのか、その理由を知ったリューウェイクは苦悩の選択に迫られる。 召喚されたスパダリ×生真面目な不憫男前 全38話 こちらは個人サイトにも掲載されています。

シャルルは死んだ

ふじの
BL
地方都市で理髪店を営むジルには、秘密がある。実はかつてはシャルルという名前で、傲慢な貴族だったのだ。しかし婚約者であった第二王子のファビアン殿下に嫌われていると知り、身を引いて王都を四年前に去っていた。そんなある日、店の買い出しで出かけた先でファビアン殿下と再会し──。

花いちもんめ

月夜野レオン
BL
樹は小さい頃から涼が好きだった。でも涼は、花いちもんめでは真っ先に指名される人気者で、自分は最後まで指名されない不人気者。 ある事件から対人恐怖症になってしまい、遠くから涼をそっと見つめるだけの日々。 大学生になりバイトを始めたカフェで夏樹はアルファの男にしつこく付きまとわれる。 涼がアメリカに婚約者と渡ると聞き、絶望しているところに男が大学にまで押しかけてくる。 「孕めないオメガでいいですか?」に続く、オメガバース第二弾です。

【完結・ルート分岐あり】オメガ皇后の死に戻り〜二度と思い通りにはなりません〜

ivy
BL
魔術師の家門に生まれながら能力の発現が遅く家族から虐げられて暮らしていたオメガのアリス。 そんな彼を国王陛下であるルドルフが妻にと望み生活は一変する。 幸せになれると思っていたのに生まれた子供共々ルドルフに殺されたアリスは目が覚めると子供の頃に戻っていた。 もう二度と同じ轍は踏まない。 そう決心したアリスの戦いが始まる。

幸せな復讐

志生帆 海
BL
お前の結婚式前夜……僕たちは最後の儀式のように身体を重ねた。 明日から別々の人生を歩むことを受け入れたのは、僕の方だった。 だから最後に一生忘れない程、激しく深く抱き合ったことを後悔していない。 でも僕はこれからどうやって生きて行けばいい。 君に捨てられた僕の恋の行方は…… それぞれの新生活を意識して書きました。 よろしくお願いします。 fujossyさんの新生活コンテスト応募作品の転載です。

【完結】愛してるから。今日も俺は、お前を忘れたふりをする

葵井瑞貴
BL
『好きだからこそ、いつか手放さなきゃいけない日が来るーー今がその時だ』 騎士団でバディを組むリオンとユーリは、恋人同士。しかし、付き合っていることは周囲に隠している。 平民のリオンは、貴族であるユーリの幸せな結婚と未来を願い、記憶喪失を装って身を引くことを決意する。 しかし、リオンを深く愛するユーリは「何度君に忘れられても、また好きになってもらえるように頑張る」と一途に言いーー。 ほんわか包容力溺愛攻め×トラウマ持ち強気受け

当たり前の幸せ

ヒイロ
BL
結婚4年目で別れを決意する。長い間愛があると思っていた結婚だったが嫌われてるとは気付かずいたから。すれ違いからのハッピーエンド。オメガバース。よくある話。 初投稿なので色々矛盾などご容赦を。 ゆっくり更新します。 すみません名前変えました。

博愛主義の成れの果て

135
BL
子宮持ちで子供が産める侯爵家嫡男の俺の婚約者は、博愛主義者だ。 俺と同じように子宮持ちの令息にだって優しくしてしまう男。 そんな婚約を白紙にしたところ、元婚約者がおかしくなりはじめた……。

処理中です...