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4.追憶

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「あのね、不思議なことがあるんだ」

 幼い子どもにとっては、必死の告白だ。なかなかうまく言葉に出来ないが、どうしても自分の気持ちを伝えたかった。
 ヴァンテルの耳元でこっそり囁く。

「何ですか?」
「クリスがね、ここに来てくれた時はふわっと胸が温かくなるんだ。母様や兄様がいらした時とは、ちょっと違うんだけど」
「……そうなのですか?」

 長い睫毛がぱちぱちと瞬いた。

「うん。母様はたまにだし、兄様は熱が出ると来てくださる。うれしいけれど、ぼくはいつも起きられないから、悲しくなって……。いつのまにかうれしいのと悲しいのが一緒みたいな気持ちになるんだ。兄様を見ると、ああ、また熱が続くんだなって思う。遠乗りの約束もしてくださるし、それはいいんだけど……」

 話していると、夢中になってしまって、なかなか言いたいことに辿り着かなかった。そんな子どもの話を、ヴァンテルはかさずにじっと聞いてくれる。

「でも、クリスはね。ぼくが庭にいる時に、そっと来てくれるでしょう? 元気な時だし、会えたらとてもうれしいんだ。また会えるかな、って思う時間もすごく楽しい」

 思わず一息に話してしまって、両手で頬を抑えた。
 ヴァンテルの手を取って、自分の頬にぺたりと当てる。ほっそりした指は思ったよりも冷たくて「ひゃっ」と、声が出る。

 目を丸くする彼に、おかしくなって言った。

「ほら、クリスと話すだけで、こんなにあったかくなる」

 ひんやりとしていた手に、たちまち熱が移っていく。
 ヴァンテルの頬が赤くなった。幼い心は思う。

 ──クリスもぼくのようにうれしいのかな。そうだったら、いいな。

「……殿下は、私といると、うれしい……ですか?」
「うん! とっても!!」

 ヴァンテルが笑った。声を上げたりはしないけれど、とても楽しそうに笑う。それは、まるで花が咲いたように美しい。うっとりしながら言葉を続けた。

「でもね。クリスが帰る時はね、すうって風が吹くみたいに寒くなるんだ」
「風が?」

 ヴァンテルの手を取って、自分の胸に当てた。

「ここがね、すうすうする。あったかい上掛けを急にはがれた時みたいに、何だか泣きたくなるの」
「……殿下。それは」

 ヴァンテルは迷っていたが、少しだけ目を伏せて教えてくれた。

「寂しい、と言うんですよ」

「さびしい?」

 少年のヴァンテルが、とまどう子どもの瞳を見て頷く。
 本の中で、たくさん読んでいた言葉だった。でも、その意味まではわかっていなかった。
 扉にかちゃりと鍵がはまるように、言葉は心の中に居場所を見つける。

 その日初めて、「寂しい」という言葉の意味を知った。
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