凍てついた薔薇は恋に溶かされる

尾高志咲/しさ

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3.明暗

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 馬のひづめの音を聞いたのは、明け方だっただろうか。遠く、何騎もの馬たちのいななきも聞こえる。
 夢現ゆめうつつに、ライエンたちだろうかと考えた。いや、そんなわけはない。彼らは着いたばかりだ。数日をここで過ごし、再び王都に戻る。それまでに出来れば快い返事が欲しいと言った。

 快い返事……。
 不意に訪れる眠気と覚醒との狭間で、微かに耳が音を捉えた。部屋の扉が静かに開く。侍従が来るには、まだ早い時間のはずなのに。

 どこからか湿った空気が流れてくる。ひそやかな足音は、敷き詰められた絨毯に吸い込まれていく。少しずつ、自分に近づいてくるのを感じた。
 目の前に人の気配がして、ぴたりと止まった。ひやりと冷たい手が頬をかすめる。びくりと体が震え、思わず目を開けた。

 波打つ銀の糸が、真っ先に目に映る。

「……え?」

 目の前には、厚い外套に身を包んだ男がいた。深い湖の色を湛えた瞳が自分を一心に見つめている。

「ヴァンテル?」

 それ以上言うことは出来なかった。男の腕が伸びて、胸の中に強く強く抱きしめられる。
 息をするのも動くのも辛い。寝間着を身につけただけの体には、外套から伝わる冷気は身を刺すようだった。服越しに厚い胸板を感じ、薄い体は強靭な腕の中で今にも砕かれるかと思えた。肩口にうっすらと積もった雪が、ぽとりと鎖骨に落ちる。肌を伝う冷たさに身を震わせると、ヴァンテルは、はっとしたように体を離した。

「……アルベルト殿下」

 聞いたこともないほど優しく、名を呼ばれた。まるで、ずっと大切に抱えていた言葉を口にするように。

 瞳を見開いて、大きく瞬きをした。

 無礼者、と叫ばなければいけなかった。こんな時間に何をしに来た、と叱りつけなければいけなかった。

 銀色に光る髪が、白薔薇と同じようにほのかに輝いたからなのか。青い瞳が、夜明け前の空のように美しいと思ったからなのか。

 明けきらぬ闇に沈む部屋の中で、吸い込まれるように互いを見つめていた。

 頬に手が触れ、髪をかれ。唇がゆっくりと重なっていく。

 冷えた唇に体温が移り、ヴァンテルがわずかに震えていたのだと気づいた時。自分の体から、強張った力がゆるりと抜けていくのがわかった。

 どれほど抱きしめられていたのか、男の腕の中にあった体が離される。ヴァンテルは私の頬を両手で包み、額に口づけを落とした。呟くように言葉がこぼれる。

 ――貴方がここにいてくださってよかった、と。
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