13 / 154
3.明暗
③
しおりを挟むライエンの言葉が耳によみがえる。
「例え王都にお戻りになれなくても、我が領地に……」
窓のすぐ傍に立って外を見た。絶え間なく降る雪は、全てを覆い尽くす。悲しさも悔しさも全て、雪のようにしんしんと積もっていく。
ここから抜け出して……、南に?
降り続く雪をいくら眺めても、答えは浮かばなかった。
普段人のいない凍宮に、忍びでとはいえ、宮中伯が訪ねてきたのだ。静かな宮殿の中は、ひと時の賑わいを見せた。
遠路はるばる訪ねてきたのだ、何か力のつくものをと侍従を通して伝えさせると、料理人は、ここぞとばかりに腕をふるった。
晩餐の席でライエンは舌鼓を打ち、出された料理を褒め称えた。料理人を自ら呼び寄せて労をねぎらおうとしたが、料理人は、御前に出るような身分ではないと固辞する。
折角だからと私も声を掛けると、おずおずと姿を現した。ライエンはようやく姿を見せた料理人を見て、眼を瞠った。
「お前は……! マルク!!」
料理人が深々と礼をした。
不思議に思って尋ねると、ライエンは彼のことをよく知っていた。
「彼の料理を食べ続けて病が改善したと言う者が現れ、あちこちから引き合いがありましてね。私の祖母もその一人だったのです」
マルクは薬師の家系に生まれ、食は薬に通じると研鑽を積んだ料理人だった。弟子入りした先で腕を認められて、厨房を任されるようになった。病がちだったライエンの祖母が彼の作る料理を大層気に入って、親類の貴族の元から引き抜いたのだという。
「祖母が亡くなった後、屋敷を去ったと聞いた。どこの貴族に召し抱えられたかと思っていたが、まさか凍宮にいたとは」
料理人は何も語らず、頭を下げ続けた。
食の細かった自分が、凍宮に来てからは食事をしっかりとるようになっていた。それも、体調に合わせて少しずつ食べやすい料理が出てきたからだ。少しも食べられないと思った時も、彼の出すスープだけは口を通った。
「ありがとう。其方のおかげで、少しずつ体が動かせるようになった。まさに食は薬だな」
私の言葉に、料理人が顔を赤く染める。ライエンが後で褒美を取らせましょうと言って微笑んだ。
晩餐の席は、常になく華やいだ楽しい時間となり、その夜はうまく眠れなかった。目を閉じても様々なことが浮かんでくる。一日の内で多くのことが起こりすぎた。
久々に会えたライエン。料理人のマルク。
寝返りを打つと、窓掛けの隙間から一筋の月の光が入ってくる。
寝台の隣には小卓があり、白薔薇が一輪活けられていた。闇に包まれた部屋の中で、仄かに白い輪郭が形を結ぶ。
フロイデンからの来客のせいだろうか。
薔薇を見るうちに、ふわりと一人の男の後ろ姿が浮かぶ。答えのない相手に繰り返し、なぜと問いかける夢を見た。
48
お気に入りに追加
854
あなたにおすすめの小説
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
幸せの温度
本郷アキ
BL
※ラブ度高めです。直接的な表現もありますので、苦手な方はご注意ください。
まだ産まれたばかりの葉月を置いて、両親は天国の門を叩いた。
俺がしっかりしなきゃ──そう思っていた兄、睦月《むつき》17歳の前に表れたのは、両親の親友だという浅黄陽《あさぎよう》33歳。
陽は本当の家族のように接してくれるけれど、血の繋がりのない偽物の家族は終わりにしなければならない、だってずっと家族じゃいられないでしょ? そんなのただの言い訳。
俺にあんまり触らないで。
俺の気持ちに気付かないで。
……陽の手で触れられるとおかしくなってしまうから。
俺のこと好きでもないのに、どうしてあんなことをしたの? 少しずつ育っていった恋心は、告白前に失恋決定。
家事に育児に翻弄されながら、少しずつ家族の形が出来上がっていく。
そんな中、睦月をストーキングする男が現れて──!?
【完結】僕の大事な魔王様
綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
BL
母竜と眠っていた幼いドラゴンは、なぜか人間が住む都市へ召喚された。意味が分からず本能のままに隠れたが発見され、引きずり出されて兵士に殺されそうになる。
「お母さん、お父さん、助けて! 魔王様!!」
魔族の守護者であった魔王様がいない世界で、神様に縋る人間のように叫ぶ。必死の嘆願は幼ドラゴンの魔力を得て、遠くまで響いた。そう、隣接する別の世界から魔王を召喚するほどに……。
俺様魔王×いたいけな幼ドラゴン――成長するまで見守ると決めた魔王は、徐々に真剣な想いを抱くようになる。彼の想いは幼過ぎる竜に届くのか。ハッピーエンド確定
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/11……完結
2023/09/28……カクヨム、週間恋愛 57位
2023/09/23……エブリスタ、トレンドBL 5位
2023/09/23……小説家になろう、日間ファンタジー 39位
2023/09/21……連載開始
【完結】《BL》溺愛しないで下さい!僕はあなたの弟殿下ではありません!
白雨 音
BL
早くに両親を亡くし、孤児院で育ったテオは、勉強が好きだった為、修道院に入った。
現在二十歳、修道士となり、修道院で静かに暮らしていたが、
ある時、強制的に、第三王子クリストフの影武者にされてしまう。
クリストフは、テオに全てを丸投げし、「世界を見て来る!」と旅に出てしまった。
正体がバレたら、処刑されるかもしれない…必死でクリストフを演じるテオ。
そんなテオに、何かと構って来る、兄殿下の王太子ランベール。
どうやら、兄殿下と弟殿下は、密な関係の様で…??
BL異世界恋愛:短編(全24話) ※魔法要素ありません。※一部18禁(☆印です)
《完結しました》
【完結】あなたの恋人(Ω)になれますか?〜後天性オメガの僕〜
MEIKO
BL
この世界には3つの性がある。アルファ、ベータ、オメガ。その中でもオメガは希少な存在で。そのオメガで更に希少なのは┉僕、後天性オメガだ。ある瞬間、僕は恋をした!その人はアルファでオメガに対して強い拒否感を抱いている┉そんな人だった。もちろん僕をあなたの恋人(Ω)になんてしてくれませんよね?
前作「あなたの妻(Ω)辞めます!」スピンオフ作品です。こちら単独でも内容的には大丈夫です。でも両方読む方がより楽しんでいただけると思いますので、未読の方はそちらも読んでいただけると嬉しいです!
後天性オメガの平凡受け✕心に傷ありアルファの恋愛
※独自のオメガバース設定有り
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる