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3.明暗
①
しおりを挟む「殿下が御心をお決めくだされば、我が城に、すぐにでもお連れ申し上げます」
「……エーリヒ、すまない。ちょっと、混乱してしまって」
呆然とライエンを見つめる私に、彼は憐れむように言った。
「御無理もないことです。突然の申し出をお許しください。私は何も知らずにロサーナに帰国しました。殿下への無体な所業に居ても立ってもいられず、すぐにフロイデンを出て、凍宮まで馬を飛ばしました」
隣国から戻ったばかりの彼は、私が廃嫡された事実を知り、烈火のごとく怒った。トベルクと共に他の宮中伯たちに異議を申し立てても、もはや済んだことと埒が明かない。
国の大事を決める話に自分たちが加わっていなかった事実は、二人の宮中伯に衝撃を与えた。それは即ち、長い間、自分たちだけが話の外にいたということだ。
昨日今日で、王太子の廃嫡が決まるわけもない。秘密裏に進められた事実に、今や宮中伯たちの間には大きな亀裂が走っていた。
ライエンは、このまま王都にいても何も進展しないと、精鋭の騎士たちを連れて凍宮に駆けつけたのだ。
「おそらく、我等を隣国との折衝に赴くよう仕向けたのも、廃嫡の決議に参加させぬためでしょう。腸が煮えくり返るとはこのことです」
「……宮中伯たちは誰一人、私の言葉を聞いてはくれなかった。私にも問題はあったのだろう。もっと彼らと話し、忌憚なく国の明日を語ればよかった。ただ、彼らの読み上げた罪状は全て覚えがないものだった」
「仰る通りにございます。トベルク様と共に此度の罪状を拝見致しました。殿下があのような罪を重ねられるわけもない。何年かかろうとも、私が殿下の名誉を回復して御覧に入れます。どうぞお心を強くお持ちください」
「エーリヒ……」
思わずライエンの手を取った。温もりが手に伝わり、優しい眼差しに目の奥が熱くなる。ライエンの瞳には、ゆるぎない忠節があった。
自室に戻り、ふらふらと長椅子に座り込んだ。
ライエンの申し出が頭を駆け巡るが、何と返事をしたらよいのか見当もつかない。
窓掛けは大きく開けられ、硝子越しに外の風景が見える。先ほどまでは雲の隙間から陽光が見えていたのに、いつの間にか天はぶ厚い雲に覆われていた。曇天から、羽毛のような雪が見る間に落ちてくる。
ここに到着して初めて露台に出た時も、空から雪が落ちてきた。雪の中に消えてしまいたいと、どれだけ思ったかわからない。
「殿下。ヴァンテル様からです」
侍従が頭を垂れて、銀の盆を捧げ持つ。
盆の上には、一輪の冬薔薇があった。
「今日は、薔薇なのか」
「朝一番に咲いた花をお届けせよと言いつかったと聞いております」
花の茎に手を伸ばす。棘は全て折られ、花弁は露を含んでいた。庭師が丹精込めて育てたのだろう。天鵞絨のような光沢と艶を含んだ花びらは、雪よりも白い。
「……何の気まぐれなのか。一体、いつまで続けるつもりなのだろうな」
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