凍てついた薔薇は恋に溶かされる

尾高志咲/しさ

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2.困惑

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 寝込んだ日から三日が過ぎた。

 寝台から体を起こすのも、ようやくだった。部屋の暖炉の上の鏡に映る自分の姿にぞっとする。頬はこけ、肌の色は青白く、これではまるで幽鬼のようだ。
 銀に近い金の髪は元々色が薄かったが、ますます色を失くしている。このまま命を失くしても、誰も驚きはしないだろう。

 窓掛けの隙間から白い光が漏れている。一歩一歩ゆっくりと歩いて窓の近くまで行き、重い布を掴んで外を見る。
 陽は高く昇り、眩しい一面の白が目に入った。どこか青みを帯びた雪は美しく、陽光を受けてきらきらと輝いている。あの中に入れば、自分まで美しくなれるのではないかと思う。

 窓枠に手を掛けた時だった。

「起き上がれるようになったのはよろしいですが、外には出られません」
「ヴァンテル」

 低く深みのある声がした。輝くように美しい男は、流れるような動作で私の腕を取る。

「ずっと眠っていらしたのに、急に動かれてはまた元に戻ります」

 あっと言う間に抱きかかえられて、寝台に運ばれる。これでは、先日と同じだ。

「お前、いつ部屋に入ってきた? 私には自分で歩ける足がある! 幼子でも姫でもないのに、何の戯れだ!」

 腕の中で暴れても、罵っても、相手には何の効果もない。つまらないものを見るかのように、冷たい青い瞳が向けられる。

「年頃の姫君、いや幼子の方が貴方よりもよほど抱き心地がいい。もっとしっかり、体に肉を付けなければ」

 言われた言葉に、頬が瞬時に熱をもつ。悔しさが胸に湧いたが、真実だと思えば言い返すことも出来ない。腕も足も肉が失われ、病人そのものだ。まるで壊れ物のように、そっと寝台に横たえられた。情けないが、寝転がったままで声をかけた。

「いったい何用だ、ヴァンテル」
「主君のご機嫌伺いに臣下が参りますのに、何の理由がいりましょう?」
「……主君?」

 思わず、自分の口から嘲笑あざわらうような声が出た。

「お前たちが次に王と仰ぐ者は、もはや私ではないだろう」
「誰がこの国の王となるかは、また別の話です。私が主君と仰ぐ方のことを話しております」

 話しているうちに、押し殺していた怒りが、ふつふつと湧き上がってくる。
 ……どうしてこんな辱めを受けなくてはならないのだろう?

 お前では力不足だと諸侯の前で言い放った男が、同じ口で主君だと言ってくる。こんな茶番に付き合えと言うのだろうか。心の中で、見ないようにしていた何かが痛みだす。

「……私は、お前に何をした?」
「アルベルト殿下?」
「お前がわざわざやってきて、こうして私に辛辣な言葉を投げるのは……。きっと、理由があるのだろう。小宮殿に閉じこもって、ろくに人と付き合うこともしてこなかった。自分では必死だったが、お前たちの意に染まぬことも多かったのだろうな」

 宮中伯たちは、誰も私の言葉に耳を傾けなかった。彼らをないがしろにしたつもりはないが、懇意にもしてこなかった。自分のことだけで精一杯だったのだ。対話を重ねていればもっと違う道があったのか、考えても答えは出ない。

「殿下は、私達が御方でした」
「どういうことだ?」
「貴方は、賢く公平で、愛情深い。努力することを惜しまず、人に誠意を貫こうとする」
「それは、私のことか? 兄ではなく?」

 美しい顔が歪み、ぞっとするような微笑をたたえる。

「あの方は、貴方が思っているような御方ではない。貴方は何もご存知ない」

 兄を侮辱された怒りよりも、最後の言葉に血の気が引く。そうだ、私は何も知らなかった。そうして、全てを失くしたのだ。

「出て行け!」

 声の限りに叫べば、僅かにヴァンテルの眉がひそめられる。二人の間の空気は、重く凍り付いていた。

 ―――この地に来た理由を思い出せ。

 自分は小宮殿で過ごした日々のように、静養でここにいるわけではないのだ。美しい男が表情を消したまま、非礼を詫びる。彼が部屋を出て行く代わりに、侍従が呼ばれた。
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