神様に愛されている α×α(→Ω) 

尾高志咲/しさ

文字の大きさ
上 下
24 / 24
幕間 2

大輝の独り言 ②

しおりを挟む
「……伊織? どうかした?」
「何でもないよ。ごめん、ちょっと空気が悪いなって」

 志乃の顔を見た途端、満面の笑顔を浮かべた伊織。あっという間に凍てついた空気が霧散して、安堵の吐息があちこちから漏れた。

「空気?」
「うん」
「そうかな? 換気した方がいいかな」

 気を利かせたクラスメイトが窓を開けたので、志乃がにこっと微笑んだ。微笑まれた相手の顔が赤くなると同時に伊織の指先がピクリと動く。

「いーおーりー」
「……」

 いい加減にしろ、と目で訴えれば、察しの良い男は片眉を上げた。心が狭すぎだろ。

「なあ、昨日、本家で何があったか知ってる?」
「本家?」

 本家は伊織の実家だ。訝し気な顔をしたところを見ると、伊織は何も知らなかったようだ。やっぱり俺だけが父や伯父たちに嵌められたのだ。
 伊織が口を開きかけたところで、担任が入ってきた。もうホームルームの時間だ。伊織の強い視線に頷いて返す。後で洗いざらい話すことになるだろう。



 放課後、俺は伊織のマンションにいた。一緒に夕飯を食べた志乃は比企が車で自宅まで送る。いつもなら伊織は志乃を送る車に同乗するのだが、今日は一刻も早く俺の話を聞きたかったらしい。帰り際に志乃の手をぎゅっと握りしめて遅れないことを詫びていた。志乃の方は特に気にする様子もなく、お休みと笑顔で手を振る。後には未練たらたらな伊織と俺の二人だけ。志乃の姿が見えなくなった途端、伊織の表情が硬くなる。

「それで、大輝。父たちは何て?」
「志乃のことを話せってさ。仕方ないから学校での様子を話してきた」
「何を今さら。志乃のことなんか調べ尽くしてるくせに」
「伯父さんたちの考えてることなんかわからないけど。学園での様子とか、すぐ近くにいる俺から見てどうかってことを知りたいんじゃない?」

 この学園にいるアルファやベータたちは、今後の世界をリードしていく者たちだ。一族は知りたがっている。志乃の学園での振る舞い方や人々への対応まで全てを。

 ――氷室志乃は、久世伊織の隣に立つのにふさわしい人物か。

 彼らは見定めたいのだと思う。

「俺は、久世本家を継ぐわけじゃない。放っておいてほしい」
「……それは、これから決まることだ。今、を持つのはお前だけだ。一族がお前から目を離すわけがない」

 伊織が眉を顰め、ぐっと奥歯を噛む。
 密かに伝えられてきた久世の力。父の代にも祖父の代にも現れなかったのに、伊織だけに発現した力。その使い道を一族は慎重に見極めようとしている。気の毒だとは思うけど、伊織の力はもう伊織だけのものじゃない。

「志乃には、普通に学園生活を送ってほしいんだ」
「伊織?」

 俺は伊織から志乃に起こった話を聞いた。志乃がオメガに変わろうとしている。そして、それを嗅ぎつけた奴に襲われた。いくら昔から恋していたからと言って許されるものじゃない。しかも薬まで使ったなんて卑怯にも程がある。馬鹿男を殴りに行こうとしたら、彼はもう学園をやめたと言う。四条の総帥である志乃の義兄が始末をつけると言った以上、久世にできるのは静観のみだ。いずれ仕置きの結果は報告されるだろう。

 以前なら番った者同士を引き離すのは、アルファからの番解除しかなかった。だが、四条グループが生み出した番の解消薬が世に出回れば、オメガからも望まぬ繋がりを断つことができる。画期的な薬だが、中には今回のように正反対の目的で使う奴も出るだろう。望んだはずの繋がりを引き裂くために使おうとする輩が。

「志乃は大丈夫だ。どんな相手からも俺が守る」

 俺の視線を受けた伊織はきっぱりと言った。

 ――志乃が、オメガになる。

 それはどれほどの欲と危険を生むのだろう。
 アルファに生まれたなら最上のオメガを手に入れたい。それは力の強い者ほど持つ願望だ。第二、第三の四条が現れるのは簡単に想像できる。

 ……それなのに。

「志乃は、とびきり美しいオメガになるんだろうな」

 迂闊にも俺は呟いてしまった。まるで蝶が羽化するように変化する志乃を見たいと思ってしまった。伊織に殺されそうな発言だったが、当人はふっと微笑んだ。

「当たり前だ。俺のオメガだからな」

 氷室のオメガだから、とは言わなかった。伊織には志乃がどこの生まれだろうと関係ないのだろう。志乃がただそのまま、自分と共にいてくれればいいのだ。

「なあ、伊織」
「うん?」
「俺、伯父さんたちにちゃんと伝えたからな。志乃はすごくいい子だってこと。真面目で努力家で、その、お前のことを大事に思ってるって」

 伊織は黙ったまま、目を丸くして俺を見ている。別に伊織のために言ったわけじゃない。本当の事だからそのまま伝えただけだ。志乃は俺にとっても大切な友だちだからな。
 ひとしきり伯父たちのことを話し終えると、ちょうど比企が戻ってきた。今度は俺を送ると言うので立ち上がると、伊織が玄関まで送ってくれた。じゃあな、と手を挙げれば、ありがとうと礼を言われた。

 車の後部座席のシートに体を伸ばすと、だんだん眠気に襲われる。大きな欠伸をした時に、比企がぽつりと呟いた。

「大輝様、お好きな国があったら仰ってください。たぶん……日本からそう遠くなくても大丈夫かと……」
「いきなり何の話?」

 長期休みの旅行先かと、思いついた国を適当に答えた。どうせなら志乃も一緒がいいと言えば、無理だときっぱり断られた。仕方ない、そのうち水族館に一緒に行ければいいやとぼんやり思う。

 自分の迂闊な発言が将来の進路を決めることになるとも知らず、俺はそのまま眠ってしまったのだった。






 =☆=☆=☆=☆=☆=☆=☆=☆=

いつもお読みいただきありがとうございます!
ご感想・いいね・エール・お気に入りとも大変励みになっています。
3章ですが年内の仕事がたてこみまして来年となります<(_ _)>
再開しましたら、またのぞいていただけると嬉しいです。
しおりを挟む
感想 2

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(2件)

小池 月
2024.11.18 小池 月

キュンキュンしすぎて我慢できず二回目の感想です。ウザくてすみません💦
『幸せにする』のではなくこの表現ですかぁ!!
2章の8の最後の一文がたまらないです!!

今日も萌えをありがとうございます☆

尾高志咲/しさ
2024.11.19 尾高志咲/しさ

小池 月 様

二回目のご感想ありがとうございます!全然ウザくなんかないですよ!!
すごく嬉しいです。BL大賞でお忙しい中読んでいただけてありがたいです^^
臆病な志乃も伊織と出会って少しずつ変わっていきます。
そんな彼の心の変化を一文に込めました。伝わってよかった!
励みになるお言葉をありがとうございました💕

解除
小池 月
2024.11.02 小池 月

これ好きです☆
読むと引き込まれます~

すでに志乃が溺愛されている感がイイ!
続きを楽しみにしています(^^♪

尾高志咲/しさ
2024.11.02 尾高志咲/しさ

小池 月 様

わーい!お読みいただき、ご感想までありがとうございますヾ(´∀`*)ノ💕
志乃は溺愛されまくりですねー。本人がなかなか気づいてくれそうにないですが。お付き合い頂けたらとても嬉しいです。よろしくお願いします!

解除

あなたにおすすめの小説

転生したらオメガだったんだけど!?

灰路 ゆうひ
BL
異世界転生って、ちょっとあこがれるよね~、なんて思ってたら、俺、転生しちゃったみたい。 しかも、小学校のころの自分に若返っただけかな~って思ってたら、オメガやベータやアルファっていう性別がある世界に転生したらしく、しかも俺は、オメガっていう希少種の性別に生まれたみたいで、は?俺がママになれるってどういうこと?しかも、親友の雅孝をはじめ、俺を見る目がなんだか妙な感じなんですけど。どうなってるの? ※本作はオメガバースの設定をお借りして制作しております。一部独自の解釈やアレンジが入ってしまう可能性があります。ご自衛下さいませ。

【完結】出会いは悪夢、甘い蜜

琉海
BL
憧れを追って入学した学園にいたのは運命の番だった。 アルファがオメガをガブガブしてます。

生徒会長の包囲

きの
BL
昔から自分に自信が持てず、ネガティブな考えばっかりしてしまう高校生、朔太。 何もかもだめだめで、どんくさい朔太を周りは遠巻きにするが、彼の幼なじみである生徒会長だけは、見放したりなんかしなくて______。 不定期更新です。

番の拷

安馬川 隠
BL
オメガバースの世界線の物語 ・α性の幼馴染み二人に番だと言われ続けるβ性の話『番の拷』 ・α性の同級生が知った世界

王冠にかける恋【完結】番外編更新中

毬谷
BL
完結済み・番外編更新中 ◆ 国立天風学園にはこんな噂があった。 『この学園に在籍する生徒は全員オメガである』 もちろん、根も歯もない噂だったが、学園になんら関わりのない国民たちはその噂を疑うことはなかった。 何故そんな噂が出回ったかというと、出入りの業者がこんなことを漏らしたからである。 『生徒たちは、全員首輪をしている』 ◆ 王制がある現代のとある国。 次期国王である第一王子・五鳳院景(ごおういんけい)も通う超エリート校・国立天風学園。 そこの生徒である笠間真加(かさままなか)は、ある日「ハル」という名前しかわからない謎の生徒と出会って…… ◆ オメガバース学園もの 超ロイヤルアルファ×(比較的)普通の男子高校生オメガです。

なぜか大好きな親友に告白されました

結城なぎ
BL
ずっと好きだった親友、祐也に告白された智佳。祐也はなにか勘違いしてるみたいで…。お互いにお互いを好きだった2人が結ばれるお話。 ムーンライトノベルズのほうで投稿した話を短編にまとめたものになります。初投稿です。ムーンライトノベルズのほうでは攻めsideを投稿中です。

元ベータ後天性オメガ

桜 晴樹
BL
懲りずにオメガバースです。 ベータだった主人公がある日を境にオメガになってしまう。 主人公(受) 17歳男子高校生。黒髪平凡顔。身長170cm。 ベータからオメガに。後天性の性(バース)転換。 藤宮春樹(ふじみやはるき) 友人兼ライバル(攻) 金髪イケメン身長182cm ベータを偽っているアルファ 名前決まりました(1月26日) 決まるまではナナシくん‥。 大上礼央(おおかみれお) 名前の由来、狼とライオン(レオ)から‥ ⭐︎コメント受付中 前作の"番なんて要らない"は、編集作業につき、更新停滞中です。 宜しければ其方も読んで頂ければ喜びます。

運命の人じゃないけど。

加地トモカズ
BL
 αの性を受けた鷹倫(たかみち)は若くして一流企業の取締役に就任し求婚も絶えない美青年で完璧人間。足りないものは人生の伴侶=運命の番であるΩのみ。  しかし鷹倫が惹かれた人は、運命どころかΩでもないβの電気工事士の苳也(とうや)だった。 ※こちらの作品は「男子高校生マツダくんと主夫のツワブキさん」内で腐女子ズが文化祭に出版した同人誌という設定です。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。