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幕間 2
大輝の独り言 ②
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「……伊織? どうかした?」
「何でもないよ。ごめん、ちょっと空気が悪いなって」
志乃の顔を見た途端、満面の笑顔を浮かべた伊織。あっという間に凍てついた空気が霧散して、安堵の吐息があちこちから漏れた。
「空気?」
「うん」
「そうかな? 換気した方がいいかな」
気を利かせたクラスメイトが窓を開けたので、志乃がにこっと微笑んだ。微笑まれた相手の顔が赤くなると同時に伊織の指先がピクリと動く。
「いーおーりー」
「……」
いい加減にしろ、と目で訴えれば、察しの良い男は片眉を上げた。心が狭すぎだろ。
「なあ、昨日、本家で何があったか知ってる?」
「本家?」
本家は伊織の実家だ。訝し気な顔をしたところを見ると、伊織は何も知らなかったようだ。やっぱり俺だけが父や伯父たちに嵌められたのだ。
伊織が口を開きかけたところで、担任が入ってきた。もうホームルームの時間だ。伊織の強い視線に頷いて返す。後で洗いざらい話すことになるだろう。
放課後、俺は伊織のマンションにいた。一緒に夕飯を食べた志乃は比企が車で自宅まで送る。いつもなら伊織は志乃を送る車に同乗するのだが、今日は一刻も早く俺の話を聞きたかったらしい。帰り際に志乃の手をぎゅっと握りしめて遅れないことを詫びていた。志乃の方は特に気にする様子もなく、お休みと笑顔で手を振る。後には未練たらたらな伊織と俺の二人だけ。志乃の姿が見えなくなった途端、伊織の表情が硬くなる。
「それで、大輝。父たちは何て?」
「志乃のことを話せってさ。仕方ないから学校での様子を話してきた」
「何を今さら。志乃のことなんか調べ尽くしてるくせに」
「伯父さんたちの考えてることなんかわからないけど。学園での様子とか、すぐ近くにいる俺から見てどうかってことを知りたいんじゃない?」
この学園にいるアルファやベータたちは、今後の世界をリードしていく者たちだ。一族は知りたがっている。志乃の学園での振る舞い方や人々への対応まで全てを。
――氷室志乃は、久世伊織の隣に立つのにふさわしい人物か。
彼らは見定めたいのだと思う。
「俺は、久世本家を継ぐわけじゃない。放っておいてほしい」
「……それは、これから決まることだ。今、久世の力を持つのはお前だけだ。一族がお前から目を離すわけがない」
伊織が眉を顰め、ぐっと奥歯を噛む。
密かに伝えられてきた久世の力。父の代にも祖父の代にも現れなかったのに、伊織だけに発現した力。その使い道を一族は慎重に見極めようとしている。気の毒だとは思うけど、伊織の力はもう伊織だけのものじゃない。
「志乃には、普通に学園生活を送ってほしいんだ」
「伊織?」
俺は伊織から志乃に起こった話を聞いた。志乃がオメガに変わろうとしている。そして、それを嗅ぎつけた奴に襲われた。いくら昔から恋していたからと言って許されるものじゃない。しかも薬まで使ったなんて卑怯にも程がある。馬鹿男を殴りに行こうとしたら、彼はもう学園をやめたと言う。四条の総帥である志乃の義兄が始末をつけると言った以上、久世にできるのは静観のみだ。いずれ仕置きの結果は報告されるだろう。
以前なら番った者同士を引き離すのは、アルファからの番解除しかなかった。だが、四条グループが生み出した番の解消薬が世に出回れば、オメガからも望まぬ繋がりを断つことができる。画期的な薬だが、中には今回のように正反対の目的で使う奴も出るだろう。望んだはずの繋がりを引き裂くために使おうとする輩が。
「志乃は大丈夫だ。どんな相手からも俺が守る」
俺の視線を受けた伊織はきっぱりと言った。
――志乃が、オメガになる。
それはどれほどの欲と危険を生むのだろう。
アルファに生まれたなら最上のオメガを手に入れたい。それは力の強い者ほど持つ願望だ。第二、第三の四条が現れるのは簡単に想像できる。
……それなのに。
「志乃は、とびきり美しいオメガになるんだろうな」
迂闊にも俺は呟いてしまった。まるで蝶が羽化するように変化する志乃を見たいと思ってしまった。伊織に殺されそうな発言だったが、当人はふっと微笑んだ。
「当たり前だ。俺のオメガだからな」
氷室のオメガだから、とは言わなかった。伊織には志乃がどこの生まれだろうと関係ないのだろう。志乃がただそのまま、自分と共にいてくれればいいのだ。
「なあ、伊織」
「うん?」
「俺、伯父さんたちにちゃんと伝えたからな。志乃はすごくいい子だってこと。真面目で努力家で、その、お前のことを大事に思ってるって」
伊織は黙ったまま、目を丸くして俺を見ている。別に伊織のために言ったわけじゃない。本当の事だからそのまま伝えただけだ。志乃は俺にとっても大切な友だちだからな。
ひとしきり伯父たちのことを話し終えると、ちょうど比企が戻ってきた。今度は俺を送ると言うので立ち上がると、伊織が玄関まで送ってくれた。じゃあな、と手を挙げれば、ありがとうと礼を言われた。
車の後部座席のシートに体を伸ばすと、だんだん眠気に襲われる。大きな欠伸をした時に、比企がぽつりと呟いた。
「大輝様、お好きな国があったら仰ってください。たぶん……日本からそう遠くなくても大丈夫かと……」
「いきなり何の話?」
長期休みの旅行先かと、思いついた国を適当に答えた。どうせなら志乃も一緒がいいと言えば、無理だときっぱり断られた。仕方ない、そのうち水族館に一緒に行ければいいやとぼんやり思う。
自分の迂闊な発言が将来の進路を決めることになるとも知らず、俺はそのまま眠ってしまったのだった。
=☆=☆=☆=☆=☆=☆=☆=☆=
いつもお読みいただきありがとうございます!
ご感想・いいね・エール・お気に入りとも大変励みになっています。
3章ですが年内の仕事がたてこみまして来年となります<(_ _)>
再開しましたら、またのぞいていただけると嬉しいです。
「何でもないよ。ごめん、ちょっと空気が悪いなって」
志乃の顔を見た途端、満面の笑顔を浮かべた伊織。あっという間に凍てついた空気が霧散して、安堵の吐息があちこちから漏れた。
「空気?」
「うん」
「そうかな? 換気した方がいいかな」
気を利かせたクラスメイトが窓を開けたので、志乃がにこっと微笑んだ。微笑まれた相手の顔が赤くなると同時に伊織の指先がピクリと動く。
「いーおーりー」
「……」
いい加減にしろ、と目で訴えれば、察しの良い男は片眉を上げた。心が狭すぎだろ。
「なあ、昨日、本家で何があったか知ってる?」
「本家?」
本家は伊織の実家だ。訝し気な顔をしたところを見ると、伊織は何も知らなかったようだ。やっぱり俺だけが父や伯父たちに嵌められたのだ。
伊織が口を開きかけたところで、担任が入ってきた。もうホームルームの時間だ。伊織の強い視線に頷いて返す。後で洗いざらい話すことになるだろう。
放課後、俺は伊織のマンションにいた。一緒に夕飯を食べた志乃は比企が車で自宅まで送る。いつもなら伊織は志乃を送る車に同乗するのだが、今日は一刻も早く俺の話を聞きたかったらしい。帰り際に志乃の手をぎゅっと握りしめて遅れないことを詫びていた。志乃の方は特に気にする様子もなく、お休みと笑顔で手を振る。後には未練たらたらな伊織と俺の二人だけ。志乃の姿が見えなくなった途端、伊織の表情が硬くなる。
「それで、大輝。父たちは何て?」
「志乃のことを話せってさ。仕方ないから学校での様子を話してきた」
「何を今さら。志乃のことなんか調べ尽くしてるくせに」
「伯父さんたちの考えてることなんかわからないけど。学園での様子とか、すぐ近くにいる俺から見てどうかってことを知りたいんじゃない?」
この学園にいるアルファやベータたちは、今後の世界をリードしていく者たちだ。一族は知りたがっている。志乃の学園での振る舞い方や人々への対応まで全てを。
――氷室志乃は、久世伊織の隣に立つのにふさわしい人物か。
彼らは見定めたいのだと思う。
「俺は、久世本家を継ぐわけじゃない。放っておいてほしい」
「……それは、これから決まることだ。今、久世の力を持つのはお前だけだ。一族がお前から目を離すわけがない」
伊織が眉を顰め、ぐっと奥歯を噛む。
密かに伝えられてきた久世の力。父の代にも祖父の代にも現れなかったのに、伊織だけに発現した力。その使い道を一族は慎重に見極めようとしている。気の毒だとは思うけど、伊織の力はもう伊織だけのものじゃない。
「志乃には、普通に学園生活を送ってほしいんだ」
「伊織?」
俺は伊織から志乃に起こった話を聞いた。志乃がオメガに変わろうとしている。そして、それを嗅ぎつけた奴に襲われた。いくら昔から恋していたからと言って許されるものじゃない。しかも薬まで使ったなんて卑怯にも程がある。馬鹿男を殴りに行こうとしたら、彼はもう学園をやめたと言う。四条の総帥である志乃の義兄が始末をつけると言った以上、久世にできるのは静観のみだ。いずれ仕置きの結果は報告されるだろう。
以前なら番った者同士を引き離すのは、アルファからの番解除しかなかった。だが、四条グループが生み出した番の解消薬が世に出回れば、オメガからも望まぬ繋がりを断つことができる。画期的な薬だが、中には今回のように正反対の目的で使う奴も出るだろう。望んだはずの繋がりを引き裂くために使おうとする輩が。
「志乃は大丈夫だ。どんな相手からも俺が守る」
俺の視線を受けた伊織はきっぱりと言った。
――志乃が、オメガになる。
それはどれほどの欲と危険を生むのだろう。
アルファに生まれたなら最上のオメガを手に入れたい。それは力の強い者ほど持つ願望だ。第二、第三の四条が現れるのは簡単に想像できる。
……それなのに。
「志乃は、とびきり美しいオメガになるんだろうな」
迂闊にも俺は呟いてしまった。まるで蝶が羽化するように変化する志乃を見たいと思ってしまった。伊織に殺されそうな発言だったが、当人はふっと微笑んだ。
「当たり前だ。俺のオメガだからな」
氷室のオメガだから、とは言わなかった。伊織には志乃がどこの生まれだろうと関係ないのだろう。志乃がただそのまま、自分と共にいてくれればいいのだ。
「なあ、伊織」
「うん?」
「俺、伯父さんたちにちゃんと伝えたからな。志乃はすごくいい子だってこと。真面目で努力家で、その、お前のことを大事に思ってるって」
伊織は黙ったまま、目を丸くして俺を見ている。別に伊織のために言ったわけじゃない。本当の事だからそのまま伝えただけだ。志乃は俺にとっても大切な友だちだからな。
ひとしきり伯父たちのことを話し終えると、ちょうど比企が戻ってきた。今度は俺を送ると言うので立ち上がると、伊織が玄関まで送ってくれた。じゃあな、と手を挙げれば、ありがとうと礼を言われた。
車の後部座席のシートに体を伸ばすと、だんだん眠気に襲われる。大きな欠伸をした時に、比企がぽつりと呟いた。
「大輝様、お好きな国があったら仰ってください。たぶん……日本からそう遠くなくても大丈夫かと……」
「いきなり何の話?」
長期休みの旅行先かと、思いついた国を適当に答えた。どうせなら志乃も一緒がいいと言えば、無理だときっぱり断られた。仕方ない、そのうち水族館に一緒に行ければいいやとぼんやり思う。
自分の迂闊な発言が将来の進路を決めることになるとも知らず、俺はそのまま眠ってしまったのだった。
=☆=☆=☆=☆=☆=☆=☆=☆=
いつもお読みいただきありがとうございます!
ご感想・いいね・エール・お気に入りとも大変励みになっています。
3章ですが年内の仕事がたてこみまして来年となります<(_ _)>
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励みになるお言葉をありがとうございました💕
これ好きです☆
読むと引き込まれます~
すでに志乃が溺愛されている感がイイ!
続きを楽しみにしています(^^♪
小池 月 様
わーい!お読みいただき、ご感想までありがとうございますヾ(´∀`*)ノ💕
志乃は溺愛されまくりですねー。本人がなかなか気づいてくれそうにないですが。お付き合い頂けたらとても嬉しいです。よろしくお願いします!