22 / 24
第二章 変化
8 志乃の変化
しおりを挟む
「もしかして……」
僕がじっと見ると、伊織は視線を泳がせて明らかに動揺している。比企さんは比企さんで、さり気なく視線を逸らす。二人の態度は絶対おかしい。
僕の視線に耐え切れなくなった伊織が、ごめんと呟く。志乃が変化し始めてからは心配でGPSを……と言われれば言葉に詰まる。
でも、ここはしっかり言っておかなきゃ。
「伊織、相談もなしに勝手につけるのはだめ」
「……ごめん」
たぶん、僕が嫌がったら困るなって思ってたんだろう。珍しくしゅんとしている。
「でも、おかげで助かった……。助けにきてくれてありがとう」
ほっとして笑う伊織は、すごく可愛く見えた。僕はやっぱり伊織に弱いんだと思う。流されてばかりいちゃだめだけど、と自分に言い聞かせる。
伊織がすぐ隣に来て僕の髪を撫でた。噛み痕に指が触れると、仄かな熱を帯びる。
「伊織なら、全然違うのに」
「?」
不思議そうな伊織に、前に先輩の指が触れた時のことを話す。苦しかったことを言えば、伊織は眉を顰めた。それは拒否反応だと言う。
「志乃は俺が項を噛んで性を変えた。だから、他のアルファを拒否するんだ」
「うん、そうだよね。完全じゃなくても番関係があるのに……」
「志乃?」
僕は先輩に襲われた時のことを思い出していた。疑問がずっと付いて回る。
なぜ先輩は『上書き』なんて言ったんだろう。ヒートを誘発して何をしたかったんだ?
伊織に促されてぽつぽつと答えると、ゆらりと怒気が立ち上る。僕が怯えたのを見て、伊織は怒りを抑えてくれた。
「四条はオメガのサポートを謳い、体に負担の少ない発情抑制剤ではトップシェアの会社だ。長い間かけて開発してきた薬が、ようやく完成したと聞いている。オメガが飲めば、自分から番を解除できる薬だ」
「番の……解除?」
「そう、番契約は通常、アルファからしかできない。でも、四条が開発した薬を使えばオメガは自由になり、新たな番契約を結ぶことも出来る」
――じゃあ、あれは。
先輩は、薬を使って僕と新たに番になろうとしたのか。
「伊織……。僕、その薬飲んだ」
もう番は解消されてしまったんだろうか。
体が細かに震えて、目の奥が熱くなる。伊織は僕を抱え上げて、自分の膝の上に乗せた。優しく背を撫でて落ち着かせようとしてくれる。
「大丈夫だよ。ヒートの間ずっと一緒にいたし、志乃は俺を受け入れてくれただろう?」
……番契約は簡単になくなったりしない。それに。
「志乃の番は俺だけだ」
伊織の言葉がゆっくりと、僕の中に沁みていく。
「それに、久世の力が薬ひとつに負けるわけがない」
「うん……」
ごしごしと目を擦ると伊織がぎゅっと僕を抱きしめた。泣き止もうと思っても勝手に涙が出てくる。瞼に優しいキスが降ってくる。
扉が静かに開く音がして、比企さんがリビングから出て行った。
「志乃、やっぱり試してみようか?」
「何を?」
「変化を早める方法」
伊織が前に僕に言っていたのは、ビッチングという方法だった。
アルファが相手の胎内に何度も精を放つことで、より強いフェロモンを注ぎ、オメガへの変質を早める。
「ペースを空けず、回数を増やすのが大事なんだ。そして、なにより大切なのは心を込めること」
戸惑う内に、伊織は軽々と僕を抱き上げる。隣の寝室に連れていかれ、ベッドの上に横たえられた。
伊織から流れるフェロモンを嗅げば、たちまち体が熱くなる。
「ああ、志乃。甘い匂いがする」
伊織は僕の肌を撫で、唇から首へと舌を這わせた。鎖骨の下を強く吸い上げられて甘い痛みが走る。そう言えば伊織は最近、ここを強く吸う。他の場所には、もっと優しく触れるのに。
「んっ! 伊織……強すぎ」
「これは、あいつの上書き」
「えっ?」
「……志乃に痕をつけたから」
はっとした。そこは、薬を使われた時に先輩に強く吸われた場所だ。
「もしかして、キスマーク? 気にしてた……?」
「……」
僕は伊織の頭を胸に抱えた。
「ねえ、伊織。僕、ずっと伊織のことしか考えてなかった。先輩に触られたことなんか思い出しもしなかったんだよ」
……あんなに嫌だったのに。伊織が僕に触れたら、伊織の事だけで胸がいっぱいになる。
「いつだって伊織が、僕を変えていくんだ」
半身を起こした伊織は一瞬だけ眉を寄せる。泣きそうな顔で、貪るように僕にキスをした。僕は恥ずかしさを脱ぎ捨てて、自分だけのアルファに手を伸ばす。
自分が変化する。目に見えるところも見えないところも。
それは全て彼がくれたものだ。
この先二人でいれば、色々なことが起きるのだろう。それでも僕たちは離れることなんかできない。
伊織の精が、愛しい番の言葉が、繰り返し僕を変える。
――志乃。愛しい俺のオメガ……。
僕はきっと、誰よりも幸せなオメガになる。
僕がじっと見ると、伊織は視線を泳がせて明らかに動揺している。比企さんは比企さんで、さり気なく視線を逸らす。二人の態度は絶対おかしい。
僕の視線に耐え切れなくなった伊織が、ごめんと呟く。志乃が変化し始めてからは心配でGPSを……と言われれば言葉に詰まる。
でも、ここはしっかり言っておかなきゃ。
「伊織、相談もなしに勝手につけるのはだめ」
「……ごめん」
たぶん、僕が嫌がったら困るなって思ってたんだろう。珍しくしゅんとしている。
「でも、おかげで助かった……。助けにきてくれてありがとう」
ほっとして笑う伊織は、すごく可愛く見えた。僕はやっぱり伊織に弱いんだと思う。流されてばかりいちゃだめだけど、と自分に言い聞かせる。
伊織がすぐ隣に来て僕の髪を撫でた。噛み痕に指が触れると、仄かな熱を帯びる。
「伊織なら、全然違うのに」
「?」
不思議そうな伊織に、前に先輩の指が触れた時のことを話す。苦しかったことを言えば、伊織は眉を顰めた。それは拒否反応だと言う。
「志乃は俺が項を噛んで性を変えた。だから、他のアルファを拒否するんだ」
「うん、そうだよね。完全じゃなくても番関係があるのに……」
「志乃?」
僕は先輩に襲われた時のことを思い出していた。疑問がずっと付いて回る。
なぜ先輩は『上書き』なんて言ったんだろう。ヒートを誘発して何をしたかったんだ?
伊織に促されてぽつぽつと答えると、ゆらりと怒気が立ち上る。僕が怯えたのを見て、伊織は怒りを抑えてくれた。
「四条はオメガのサポートを謳い、体に負担の少ない発情抑制剤ではトップシェアの会社だ。長い間かけて開発してきた薬が、ようやく完成したと聞いている。オメガが飲めば、自分から番を解除できる薬だ」
「番の……解除?」
「そう、番契約は通常、アルファからしかできない。でも、四条が開発した薬を使えばオメガは自由になり、新たな番契約を結ぶことも出来る」
――じゃあ、あれは。
先輩は、薬を使って僕と新たに番になろうとしたのか。
「伊織……。僕、その薬飲んだ」
もう番は解消されてしまったんだろうか。
体が細かに震えて、目の奥が熱くなる。伊織は僕を抱え上げて、自分の膝の上に乗せた。優しく背を撫でて落ち着かせようとしてくれる。
「大丈夫だよ。ヒートの間ずっと一緒にいたし、志乃は俺を受け入れてくれただろう?」
……番契約は簡単になくなったりしない。それに。
「志乃の番は俺だけだ」
伊織の言葉がゆっくりと、僕の中に沁みていく。
「それに、久世の力が薬ひとつに負けるわけがない」
「うん……」
ごしごしと目を擦ると伊織がぎゅっと僕を抱きしめた。泣き止もうと思っても勝手に涙が出てくる。瞼に優しいキスが降ってくる。
扉が静かに開く音がして、比企さんがリビングから出て行った。
「志乃、やっぱり試してみようか?」
「何を?」
「変化を早める方法」
伊織が前に僕に言っていたのは、ビッチングという方法だった。
アルファが相手の胎内に何度も精を放つことで、より強いフェロモンを注ぎ、オメガへの変質を早める。
「ペースを空けず、回数を増やすのが大事なんだ。そして、なにより大切なのは心を込めること」
戸惑う内に、伊織は軽々と僕を抱き上げる。隣の寝室に連れていかれ、ベッドの上に横たえられた。
伊織から流れるフェロモンを嗅げば、たちまち体が熱くなる。
「ああ、志乃。甘い匂いがする」
伊織は僕の肌を撫で、唇から首へと舌を這わせた。鎖骨の下を強く吸い上げられて甘い痛みが走る。そう言えば伊織は最近、ここを強く吸う。他の場所には、もっと優しく触れるのに。
「んっ! 伊織……強すぎ」
「これは、あいつの上書き」
「えっ?」
「……志乃に痕をつけたから」
はっとした。そこは、薬を使われた時に先輩に強く吸われた場所だ。
「もしかして、キスマーク? 気にしてた……?」
「……」
僕は伊織の頭を胸に抱えた。
「ねえ、伊織。僕、ずっと伊織のことしか考えてなかった。先輩に触られたことなんか思い出しもしなかったんだよ」
……あんなに嫌だったのに。伊織が僕に触れたら、伊織の事だけで胸がいっぱいになる。
「いつだって伊織が、僕を変えていくんだ」
半身を起こした伊織は一瞬だけ眉を寄せる。泣きそうな顔で、貪るように僕にキスをした。僕は恥ずかしさを脱ぎ捨てて、自分だけのアルファに手を伸ばす。
自分が変化する。目に見えるところも見えないところも。
それは全て彼がくれたものだ。
この先二人でいれば、色々なことが起きるのだろう。それでも僕たちは離れることなんかできない。
伊織の精が、愛しい番の言葉が、繰り返し僕を変える。
――志乃。愛しい俺のオメガ……。
僕はきっと、誰よりも幸せなオメガになる。
80
お気に入りに追加
170
あなたにおすすめの小説
そばにいてほしい。
15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。
そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。
──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。
幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け
安心してください、ハピエンです。
婚約者は愛を見つけたらしいので、不要になった僕は君にあげる
カシナシ
BL
「アシリス、すまない。婚約を解消してくれ」
そう告げられて、僕は固まった。5歳から13年もの間、婚約者であるキール殿下に尽くしてきた努力は一体何だったのか?
殿下の隣には、可愛らしいオメガの男爵令息がいて……。
サクッとエロ&軽めざまぁ。
全10話+番外編(別視点)数話
本編約二万文字、完結しました。
※HOTランキング最高位6位、頂きました。たくさんの閲覧、ありがとうございます!
※本作の数年後のココルとキールを描いた、
『訳ありオメガは罪の証を愛している』
も公開始めました。読む際は注意書きを良く読んで下さると幸いです!
婚約者は俺にだけ冷たい
円みやび
BL
藍沢奏多は王子様と噂されるほどのイケメン。
そんなイケメンの婚約者である古川優一は日々の奏多の行動に傷つきながらも文句を言えずにいた。
それでも過去の思い出から奏多との別れを決意できない優一。
しかし、奏多とΩの絡みを見てしまい全てを終わらせることを決める。
ザマァ系を期待している方にはご期待に沿えないかもしれません。
前半は受け君がだいぶ不憫です。
他との絡みが少しだけあります。
あまりキツイ言葉でコメントするのはやめて欲しいです。
ただの素人の小説です。
ご容赦ください。
【オメガの疑似体験ができる媚薬】を飲んだら、好きだったアルファに抱き潰された
亜沙美多郎
BL
ベータの友人が「オメガの疑似体験が出来る媚薬」をくれた。彼女に使えと言って渡されたが、郁人が想いを寄せているのはアルファの同僚・隼瀬だった。
隼瀬はオメガが大好き。モテモテの彼は絶えずオメガの恋人がいた。
『ベータはベータと』そんな暗黙のルールがある世間で、誰にも言えるはずもなく気持ちをひた隠しにしてきた。
ならばせめて隼瀬に抱かれるのを想像しながら、恋人気分を味わいたい。
社宅で一人になれる夜を狙い、郁人は自分で媚薬を飲む。
本物のオメガになれた気がするほど、気持ちいい。媚薬の効果もあり自慰行為に夢中になっていると、あろう事か隼瀬が部屋に入ってきた。
郁人の霰も無い姿を見た隼瀬は、擬似オメガのフェロモンに当てられ、郁人を抱く……。
前編、中編、後編に分けて投稿します。
全編Rー18です。
アルファポリスBLランキング4位。
ムーンライトノベルズ BL日間、総合、短編1位。
BL週間総合3位、短編1位。月間短編4位。
pixiv ブクマ数2600突破しました。
各サイトでの応援、ありがとうございます。
いつか愛してると言える日まで
なの
BL
幼馴染が大好きだった。
いつか愛してると言えると告白できると思ってた…
でも彼には大好きな人がいた。
だから僕は君たち2人の幸せを祈ってる。いつまでも…
親に捨てられ施設で育った純平、大好きな彼には思い人がいた。
そんな中、問題が起こり…
2人の両片想い…純平は愛してるとちゃんと言葉で言える日は来るのか?
オメガバースの世界観に独自の設定を加えています。
予告なしに暴力表現等があります。R18には※をつけます。ご自身の判断でお読み頂きたいと思います。
お読みいただきありがとうございました。
本編は完結いたしましたが、番外編に突入いたします。
βの僕、激強αのせいでΩにされた話
ずー子
BL
オメガバース。BL。主人公君はβ→Ω。
αに言い寄られるがβなので相手にせず、Ωの優等生に片想いをしている。それがαにバレて色々あってΩになっちゃう話です。
β(Ω)視点→α視点。アレな感じですが、ちゃんとラブラブエッチです。
他の小説サイトにも登録してます。
スパダリαは、番を囲う
梓月
BL
スパダリ俺様御曹司(α)✖️虐げられ自信無しβもどき(Ω)
家族中から虐げられ、Ωなのにネックガード無しだとβとしか見られる事の無い主人公 月城 湊音(つきしろ みなと)は、大学進学と同時に実家を出て祖父母と暮らすようになる。
一方、超有名大財閥のCEOであり、αとしてもトップクラスな 八神 龍哉(やがみ たつや)は、老若男女を問わず小さな頃からモッテモテ…人間不信一歩手前になってしまったが、ホテルのバンケットスタッフとして働く、湊音を一目見て(香りを嗅いで?)自分の運命の番であると分かり、部屋に連れ込み既成事実を作りどんどんと湊音を囲い込んでいく。
龍哉の両親は、湊音が自分達の息子よりも気に入り、2人の関係に大賛成。
むしろ、とっとと結婚してしまえ!とけしかけ、さらには龍哉のざまぁ計画に一枚かませろとゴリ押ししてくる。
※オメガバース設定で、男女性の他に第二の性とも言われる α・β・Ω の3つの性がある。
※Ωは、男女共にαとβの子供を産むことが出来るが、番になれるのはαとだけ。
※上記設定の為、男性妊娠・出産の表記あり。
※表紙は、簡単表紙メーカーさんで作成致しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる