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第二章 変化
8 志乃の変化
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「もしかして……」
僕がじっと見ると、伊織は視線を泳がせて明らかに動揺している。比企さんは比企さんで、さり気なく視線を逸らす。二人の態度は絶対おかしい。
僕の視線に耐え切れなくなった伊織が、ごめんと呟く。志乃が変化し始めてからは心配でGPSを……と言われれば言葉に詰まる。
でも、ここはしっかり言っておかなきゃ。
「伊織、相談もなしに勝手につけるのはだめ」
「……ごめん」
たぶん、僕が嫌がったら困るなって思ってたんだろう。珍しくしゅんとしている。
「でも、おかげで助かった……。助けにきてくれてありがとう」
ほっとして笑う伊織は、すごく可愛く見えた。僕はやっぱり伊織に弱いんだと思う。流されてばかりいちゃだめだけど、と自分に言い聞かせる。
伊織がすぐ隣に来て僕の髪を撫でた。噛み痕に指が触れると、仄かな熱を帯びる。
「伊織なら、全然違うのに」
「?」
不思議そうな伊織に、前に先輩の指が触れた時のことを話す。苦しかったことを言えば、伊織は眉を顰めた。それは拒否反応だと言う。
「志乃は俺が項を噛んで性を変えた。だから、他のアルファを拒否するんだ」
「うん、そうだよね。完全じゃなくても番関係があるのに……」
「志乃?」
僕は先輩に襲われた時のことを思い出していた。疑問がずっと付いて回る。
なぜ先輩は『上書き』なんて言ったんだろう。ヒートを誘発して何をしたかったんだ?
伊織に促されてぽつぽつと答えると、ゆらりと怒気が立ち上る。僕が怯えたのを見て、伊織は怒りを抑えてくれた。
「四条はオメガのサポートを謳い、体に負担の少ない発情抑制剤ではトップシェアの会社だ。長い間かけて開発してきた薬が、ようやく完成したと聞いている。オメガが飲めば、自分から番を解除できる薬だ」
「番の……解除?」
「そう、番契約は通常、アルファからしかできない。でも、四条が開発した薬を使えばオメガは自由になり、新たな番契約を結ぶことも出来る」
――じゃあ、あれは。
先輩は、薬を使って僕と新たに番になろうとしたのか。
「伊織……。僕、その薬飲んだ」
もう番は解消されてしまったんだろうか。
体が細かに震えて、目の奥が熱くなる。伊織は僕を抱え上げて、自分の膝の上に乗せた。優しく背を撫でて落ち着かせようとしてくれる。
「大丈夫だよ。ヒートの間ずっと一緒にいたし、志乃は俺を受け入れてくれただろう?」
……番契約は簡単になくなったりしない。それに。
「志乃の番は俺だけだ」
伊織の言葉がゆっくりと、僕の中に沁みていく。
「それに、久世の力が薬ひとつに負けるわけがない」
「うん……」
ごしごしと目を擦ると伊織がぎゅっと僕を抱きしめた。泣き止もうと思っても勝手に涙が出てくる。瞼に優しいキスが降ってくる。
扉が静かに開く音がして、比企さんがリビングから出て行った。
「志乃、やっぱり試してみようか?」
「何を?」
「変化を早める方法」
伊織が前に僕に言っていたのは、ビッチングという方法だった。
アルファが相手の胎内に何度も精を放つことで、より強いフェロモンを注ぎ、オメガへの変質を早める。
「ペースを空けず、回数を増やすのが大事なんだ。そして、なにより大切なのは心を込めること」
戸惑う内に、伊織は軽々と僕を抱き上げる。隣の寝室に連れていかれ、ベッドの上に横たえられた。
伊織から流れるフェロモンを嗅げば、たちまち体が熱くなる。
「ああ、志乃。甘い匂いがする」
伊織は僕の肌を撫で、唇から首へと舌を這わせた。鎖骨の下を強く吸い上げられて甘い痛みが走る。そう言えば伊織は最近、ここを強く吸う。他の場所には、もっと優しく触れるのに。
「んっ! 伊織……強すぎ」
「これは、あいつの上書き」
「えっ?」
「……志乃に痕をつけたから」
はっとした。そこは、薬を使われた時に先輩に強く吸われた場所だ。
「もしかして、キスマーク? 気にしてた……?」
「……」
僕は伊織の頭を胸に抱えた。
「ねえ、伊織。僕、ずっと伊織のことしか考えてなかった。先輩に触られたことなんか思い出しもしなかったんだよ」
……あんなに嫌だったのに。伊織が僕に触れたら、伊織の事だけで胸がいっぱいになる。
「いつだって伊織が、僕を変えていくんだ」
半身を起こした伊織は一瞬だけ眉を寄せる。泣きそうな顔で、貪るように僕にキスをした。僕は恥ずかしさを脱ぎ捨てて、自分だけのアルファに手を伸ばす。
自分が変化する。目に見えるところも見えないところも。
それは全て彼がくれたものだ。
この先二人でいれば、色々なことが起きるのだろう。それでも僕たちは離れることなんかできない。
伊織の精が、愛しい番の言葉が、繰り返し僕を変える。
――志乃。愛しい俺のオメガ……。
僕はきっと、誰よりも幸せなオメガになる。
僕がじっと見ると、伊織は視線を泳がせて明らかに動揺している。比企さんは比企さんで、さり気なく視線を逸らす。二人の態度は絶対おかしい。
僕の視線に耐え切れなくなった伊織が、ごめんと呟く。志乃が変化し始めてからは心配でGPSを……と言われれば言葉に詰まる。
でも、ここはしっかり言っておかなきゃ。
「伊織、相談もなしに勝手につけるのはだめ」
「……ごめん」
たぶん、僕が嫌がったら困るなって思ってたんだろう。珍しくしゅんとしている。
「でも、おかげで助かった……。助けにきてくれてありがとう」
ほっとして笑う伊織は、すごく可愛く見えた。僕はやっぱり伊織に弱いんだと思う。流されてばかりいちゃだめだけど、と自分に言い聞かせる。
伊織がすぐ隣に来て僕の髪を撫でた。噛み痕に指が触れると、仄かな熱を帯びる。
「伊織なら、全然違うのに」
「?」
不思議そうな伊織に、前に先輩の指が触れた時のことを話す。苦しかったことを言えば、伊織は眉を顰めた。それは拒否反応だと言う。
「志乃は俺が項を噛んで性を変えた。だから、他のアルファを拒否するんだ」
「うん、そうだよね。完全じゃなくても番関係があるのに……」
「志乃?」
僕は先輩に襲われた時のことを思い出していた。疑問がずっと付いて回る。
なぜ先輩は『上書き』なんて言ったんだろう。ヒートを誘発して何をしたかったんだ?
伊織に促されてぽつぽつと答えると、ゆらりと怒気が立ち上る。僕が怯えたのを見て、伊織は怒りを抑えてくれた。
「四条はオメガのサポートを謳い、体に負担の少ない発情抑制剤ではトップシェアの会社だ。長い間かけて開発してきた薬が、ようやく完成したと聞いている。オメガが飲めば、自分から番を解除できる薬だ」
「番の……解除?」
「そう、番契約は通常、アルファからしかできない。でも、四条が開発した薬を使えばオメガは自由になり、新たな番契約を結ぶことも出来る」
――じゃあ、あれは。
先輩は、薬を使って僕と新たに番になろうとしたのか。
「伊織……。僕、その薬飲んだ」
もう番は解消されてしまったんだろうか。
体が細かに震えて、目の奥が熱くなる。伊織は僕を抱え上げて、自分の膝の上に乗せた。優しく背を撫でて落ち着かせようとしてくれる。
「大丈夫だよ。ヒートの間ずっと一緒にいたし、志乃は俺を受け入れてくれただろう?」
……番契約は簡単になくなったりしない。それに。
「志乃の番は俺だけだ」
伊織の言葉がゆっくりと、僕の中に沁みていく。
「それに、久世の力が薬ひとつに負けるわけがない」
「うん……」
ごしごしと目を擦ると伊織がぎゅっと僕を抱きしめた。泣き止もうと思っても勝手に涙が出てくる。瞼に優しいキスが降ってくる。
扉が静かに開く音がして、比企さんがリビングから出て行った。
「志乃、やっぱり試してみようか?」
「何を?」
「変化を早める方法」
伊織が前に僕に言っていたのは、ビッチングという方法だった。
アルファが相手の胎内に何度も精を放つことで、より強いフェロモンを注ぎ、オメガへの変質を早める。
「ペースを空けず、回数を増やすのが大事なんだ。そして、なにより大切なのは心を込めること」
戸惑う内に、伊織は軽々と僕を抱き上げる。隣の寝室に連れていかれ、ベッドの上に横たえられた。
伊織から流れるフェロモンを嗅げば、たちまち体が熱くなる。
「ああ、志乃。甘い匂いがする」
伊織は僕の肌を撫で、唇から首へと舌を這わせた。鎖骨の下を強く吸い上げられて甘い痛みが走る。そう言えば伊織は最近、ここを強く吸う。他の場所には、もっと優しく触れるのに。
「んっ! 伊織……強すぎ」
「これは、あいつの上書き」
「えっ?」
「……志乃に痕をつけたから」
はっとした。そこは、薬を使われた時に先輩に強く吸われた場所だ。
「もしかして、キスマーク? 気にしてた……?」
「……」
僕は伊織の頭を胸に抱えた。
「ねえ、伊織。僕、ずっと伊織のことしか考えてなかった。先輩に触られたことなんか思い出しもしなかったんだよ」
……あんなに嫌だったのに。伊織が僕に触れたら、伊織の事だけで胸がいっぱいになる。
「いつだって伊織が、僕を変えていくんだ」
半身を起こした伊織は一瞬だけ眉を寄せる。泣きそうな顔で、貪るように僕にキスをした。僕は恥ずかしさを脱ぎ捨てて、自分だけのアルファに手を伸ばす。
自分が変化する。目に見えるところも見えないところも。
それは全て彼がくれたものだ。
この先二人でいれば、色々なことが起きるのだろう。それでも僕たちは離れることなんかできない。
伊織の精が、愛しい番の言葉が、繰り返し僕を変える。
――志乃。愛しい俺のオメガ……。
僕はきっと、誰よりも幸せなオメガになる。
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