17 / 24
第二章 変化
3 媚薬 ※
しおりを挟む
――どの位、眠っていたんだろう?
目を開けてすぐにアイボリーの天井が目に入った。少しずつ起き上がると、広いベッドに眠っていた。体は怠いままだが、もう寒気や吐き気はしない。
部屋は洋室で、大きな窓にはドレープのついた暗緑色のカーテンが下がっている。部屋の中は物音ひとつせず、今が何時なのかもわからない。
確か、僕は四条先輩と帰って……そうだ、項に触れられた瞬間、体がおかしくなったんだ。自分で恐る恐る首筋に触れても何も起きなかった。指に触れる噛み痕に、切ない気持ちが湧き上がるだけだ。
もう帰りたい……。伊織に会いたい。
ベッドから下りれば、毛足の長い絨毯に足が沈む。きっとここはゲストルームなのだろう。とにかく、四条先輩に会わなければと思う。
「あれ、起きたの? もう平気?」
部屋の扉が開いて、私服姿の先輩が入ってくる。先輩を見た瞬間、項に触れられてぞっとしたことを思い出す。思わず後ずさると、先輩は困ったように微笑んだ。
「知らないところに来てびっくりしたよね。車の中で眠っちゃったから、そのまま俺の家に運んだんだ。志乃くんの家の住所がわからなくて」
「……え?」
「体調が悪かったのに、気づかなくてごめん。もっと早く気がついていたらよかった」
先輩は、本当に助けてくれただけだった? 僕はてっきり先輩が何かしたんだと思っていた……。
たちまち恥ずかしさと申し訳なさでいっぱいになる。
「ぼ、僕こそ、すみません。最近ずっと、調子が悪かったんです」
「今は少し顔色がよさそうだけど……何か飲む?」
応接間に移動して、僕たちは使用人の女性が運んでくれたアイスティーを飲んだ。先輩は夕飯を食べていけばと勧めてくれたけれど、そこまでお世話にはなれない。
「そうだ、遅くなっちゃったから、お家に連絡した方がいいんじゃないかな。これから送っていくし」
先輩は、僕の学校鞄を渡してくれた。確かに、家の者たちは心配しているだろう。電話を入れておこうと、取り出したスマホに指を当てた。
「志乃くん」
顔を上げると、先輩がとても楽しそうに笑う。
「やっぱり、もっとこの家でゆっくりしていったらいいと思うよ」
先輩は正面のソファーから立ち上がって、すぐ目の前に来る。ぱっと僕の手からスマホを取り上げた。
「……先輩?」
「志乃くんは、すごく大事に育てられてきたんだね。だからこんなに無防備なのかな」
「せ、先輩、それ返してください」
「ちゃんと連絡しておいてあげる。具合が悪いからここに泊めますって。そうしたら誰も、志乃くんのことは心配しないでしょ」
……先輩は、何を言っているんだろう?
「あの噛み痕を見て、本当にびっくりしたよ。君はずっとアルファだと思っていたのに」
僕を見る先輩の瞳は、それまでとはまるで違っていた。口元は微笑んでいるのに、少しも笑っていない瞳。
ああ、そうだ。これは獣の目。肉食獣が草食動物を見る目だ。
「ねえ、志乃くん。君は氷室の……オメガなんだね」
――……氷室のオメガ。
それは、ずっと聞き続けた言葉。そしていつも、自分からは一番遠い言葉だった。美しく賢く誰からも求められる者の代名詞。
僕はそんな存在じゃない。幼い時から誰にも求められはしなかったんだ。
「僕は、氷室のオメガなんかじゃ……」
「オメガじゃなかったら、こんな反応はしない」
先輩の指が僕の耳の付け根から項に向かう。首筋を指がなぞった瞬間、まるで電流が走ったかのように体が大きく震えた。
「っ! あ!」
かっと頬が熱くなり、体温が一気に上がる。体を捻って先輩の手から逃れ、ソファーの端までずり下がった。まるで体中の水分が全て沸騰しているかのように熱い。肌と言う肌からじっとりと汗が滲み、喉がからからに乾いていく。
「ああ、ほんのりと甘い香りがする。本当に残念だな、本来ならむせ返るほど強く、きみの香りがするはずなのに」
「……な、何で」
先輩はスマホをテーブルに置いて、僕の体をソファーに押し倒した。先輩に掴まれた両手が熱くて、じんじんと痺れが広がる。
「や! やだっ!」
「ごめんね。無理やりなんて真似はしたくないけど、仕方ないんだ。上書きにはヒートを起こすのが一番早いから」
「……ヒート?」
「そう、ヒート。もう効いてきたでしょう?」
頭では先輩を殴りつけたいと思うのに、少しも力が入らない。僕の右手を持ち上げた先輩が、指先をぺろりと舌で舐めた。その途端に体が跳ね、自分の口から鼻にかかったような甘い声がこぼれる。
「……ゃ、あ」
「可愛いね。あの薬は四条の自信作なんだ、ずっと気持ちがいいだけですむから」
先輩は微笑みながら僕の制服のネクタイを外し、シャツのボタンも外した。体を押しのけようと思っても、指先にすら力が入らない。感じたくなんかないのに、先輩の手が触れた場所は、たちまち快感を拾っていく。
僕の上半身を裸にした先輩は、そっと胸の先に触れた。ぴんと尖ったそこを捏ねられて、嫌だと思うのに体が反応する。はくはくと浅い息をする僕を見ながら、先輩は両方の乳首をくりりと摘まみ上げた。
「ぁッ!」
下半身からは白濁がこぼれ、下着をべっとりと濡らす。あまりの衝撃に涙がこぼれ落ちた。
「イっちゃった? 本当に素直なんだね、体も心も。……やっぱり、液状にした薬は効果が早いな」
その言葉を聞いて、ようやく僕は気がついた。
先輩に勧められたアイスティー。あれに何か入っていたんだ。四条グループは、発情抑制剤や促進剤の開発で有名な企業だ。どうして何も疑わずに飲んでしまったんだろう。
僕は素直じゃなくて、馬鹿なだけだ。悲しくて悔しくて、涙が幾筋も頬を伝った。
目を開けてすぐにアイボリーの天井が目に入った。少しずつ起き上がると、広いベッドに眠っていた。体は怠いままだが、もう寒気や吐き気はしない。
部屋は洋室で、大きな窓にはドレープのついた暗緑色のカーテンが下がっている。部屋の中は物音ひとつせず、今が何時なのかもわからない。
確か、僕は四条先輩と帰って……そうだ、項に触れられた瞬間、体がおかしくなったんだ。自分で恐る恐る首筋に触れても何も起きなかった。指に触れる噛み痕に、切ない気持ちが湧き上がるだけだ。
もう帰りたい……。伊織に会いたい。
ベッドから下りれば、毛足の長い絨毯に足が沈む。きっとここはゲストルームなのだろう。とにかく、四条先輩に会わなければと思う。
「あれ、起きたの? もう平気?」
部屋の扉が開いて、私服姿の先輩が入ってくる。先輩を見た瞬間、項に触れられてぞっとしたことを思い出す。思わず後ずさると、先輩は困ったように微笑んだ。
「知らないところに来てびっくりしたよね。車の中で眠っちゃったから、そのまま俺の家に運んだんだ。志乃くんの家の住所がわからなくて」
「……え?」
「体調が悪かったのに、気づかなくてごめん。もっと早く気がついていたらよかった」
先輩は、本当に助けてくれただけだった? 僕はてっきり先輩が何かしたんだと思っていた……。
たちまち恥ずかしさと申し訳なさでいっぱいになる。
「ぼ、僕こそ、すみません。最近ずっと、調子が悪かったんです」
「今は少し顔色がよさそうだけど……何か飲む?」
応接間に移動して、僕たちは使用人の女性が運んでくれたアイスティーを飲んだ。先輩は夕飯を食べていけばと勧めてくれたけれど、そこまでお世話にはなれない。
「そうだ、遅くなっちゃったから、お家に連絡した方がいいんじゃないかな。これから送っていくし」
先輩は、僕の学校鞄を渡してくれた。確かに、家の者たちは心配しているだろう。電話を入れておこうと、取り出したスマホに指を当てた。
「志乃くん」
顔を上げると、先輩がとても楽しそうに笑う。
「やっぱり、もっとこの家でゆっくりしていったらいいと思うよ」
先輩は正面のソファーから立ち上がって、すぐ目の前に来る。ぱっと僕の手からスマホを取り上げた。
「……先輩?」
「志乃くんは、すごく大事に育てられてきたんだね。だからこんなに無防備なのかな」
「せ、先輩、それ返してください」
「ちゃんと連絡しておいてあげる。具合が悪いからここに泊めますって。そうしたら誰も、志乃くんのことは心配しないでしょ」
……先輩は、何を言っているんだろう?
「あの噛み痕を見て、本当にびっくりしたよ。君はずっとアルファだと思っていたのに」
僕を見る先輩の瞳は、それまでとはまるで違っていた。口元は微笑んでいるのに、少しも笑っていない瞳。
ああ、そうだ。これは獣の目。肉食獣が草食動物を見る目だ。
「ねえ、志乃くん。君は氷室の……オメガなんだね」
――……氷室のオメガ。
それは、ずっと聞き続けた言葉。そしていつも、自分からは一番遠い言葉だった。美しく賢く誰からも求められる者の代名詞。
僕はそんな存在じゃない。幼い時から誰にも求められはしなかったんだ。
「僕は、氷室のオメガなんかじゃ……」
「オメガじゃなかったら、こんな反応はしない」
先輩の指が僕の耳の付け根から項に向かう。首筋を指がなぞった瞬間、まるで電流が走ったかのように体が大きく震えた。
「っ! あ!」
かっと頬が熱くなり、体温が一気に上がる。体を捻って先輩の手から逃れ、ソファーの端までずり下がった。まるで体中の水分が全て沸騰しているかのように熱い。肌と言う肌からじっとりと汗が滲み、喉がからからに乾いていく。
「ああ、ほんのりと甘い香りがする。本当に残念だな、本来ならむせ返るほど強く、きみの香りがするはずなのに」
「……な、何で」
先輩はスマホをテーブルに置いて、僕の体をソファーに押し倒した。先輩に掴まれた両手が熱くて、じんじんと痺れが広がる。
「や! やだっ!」
「ごめんね。無理やりなんて真似はしたくないけど、仕方ないんだ。上書きにはヒートを起こすのが一番早いから」
「……ヒート?」
「そう、ヒート。もう効いてきたでしょう?」
頭では先輩を殴りつけたいと思うのに、少しも力が入らない。僕の右手を持ち上げた先輩が、指先をぺろりと舌で舐めた。その途端に体が跳ね、自分の口から鼻にかかったような甘い声がこぼれる。
「……ゃ、あ」
「可愛いね。あの薬は四条の自信作なんだ、ずっと気持ちがいいだけですむから」
先輩は微笑みながら僕の制服のネクタイを外し、シャツのボタンも外した。体を押しのけようと思っても、指先にすら力が入らない。感じたくなんかないのに、先輩の手が触れた場所は、たちまち快感を拾っていく。
僕の上半身を裸にした先輩は、そっと胸の先に触れた。ぴんと尖ったそこを捏ねられて、嫌だと思うのに体が反応する。はくはくと浅い息をする僕を見ながら、先輩は両方の乳首をくりりと摘まみ上げた。
「ぁッ!」
下半身からは白濁がこぼれ、下着をべっとりと濡らす。あまりの衝撃に涙がこぼれ落ちた。
「イっちゃった? 本当に素直なんだね、体も心も。……やっぱり、液状にした薬は効果が早いな」
その言葉を聞いて、ようやく僕は気がついた。
先輩に勧められたアイスティー。あれに何か入っていたんだ。四条グループは、発情抑制剤や促進剤の開発で有名な企業だ。どうして何も疑わずに飲んでしまったんだろう。
僕は素直じゃなくて、馬鹿なだけだ。悲しくて悔しくて、涙が幾筋も頬を伝った。
89
お気に入りに追加
187
あなたにおすすめの小説
【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」
「恩? 私と君は初対面だったはず」
「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」
「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」
奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。
彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
その捕虜は牢屋から離れたくない
さいはて旅行社
BL
敵国の牢獄看守や軍人たちが大好きなのは、鍛え上げられた筋肉だった。
というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
大好きな婚約者に「距離を置こう」と言われました
ミズメ
恋愛
感情表現が乏しいせいで""氷鉄令嬢""と呼ばれている侯爵令嬢のフェリシアは、婚約者のアーサー殿下に唐突に距離を置くことを告げられる。
これは婚約破棄の危機――そう思ったフェリシアは色々と自分磨きに励むけれど、なぜだか上手くいかない。
とある夜会で、アーサーの隣に見知らぬ金髪の令嬢がいたという話を聞いてしまって……!?
重すぎる愛が故に婚約者に接近することができないアーサーと、なんとしても距離を縮めたいフェリシアの接近禁止の婚約騒動。
○カクヨム、小説家になろうさまにも掲載/全部書き終えてます
篠突く雨の止むころに
楽川楽
BL
キーワード:『幼馴染』『過保護』『ライバル』
上記のキーワードを元に、美形×平凡好きを増やそう!!という勝手な思いを乗せたTwitter企画『#美平Only企画』の作品。
家族のいない大原壱の、唯一の支えである幼馴染、本宮光司に彼女ができた…?
他人の口からその事実を知ってしまった壱は、幼馴染離れをしようとするのだが。
みたいな話ですm(_ _)m
もっともっと美平が増えますように…!
私がいつの間にか精霊王の母親に!?
桜 あぴ子(旧名:あぴ子)
ファンタジー
サラは幼い頃から学ばなくても魔法が使えた。最近では思っただけで、魔法が使えるまでに。。。
精霊に好かれる者は、強力な魔法が使える世界。その中でも精霊の加護持ちは特別だ。当然サラも精霊の加護持ちだろうと周りから期待される中、能力鑑定を受けたことで、とんでもない称号がついていることが分かって⁉️
私が精霊王様の母親っ?まだ、ピチピチの10歳で初恋もまだですけど⁉️
「殿下、人違いです」どうぞヒロインのところへ行って下さい
みおな
恋愛
私が転生したのは、乙女ゲームを元にした人気のライトノベルの世界でした。
しかも、定番の悪役令嬢。
いえ、別にざまあされるヒロインにはなりたくないですし、婚約者のいる相手にすり寄るビッチなヒロインにもなりたくないです。
ですから婚約者の王子様。
私はいつでも婚約破棄を受け入れますので、どうぞヒロインのところに行って下さい。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
【本編完結】αに不倫されて離婚を突き付けられているけど別れたくない男Ωの話
雷尾
BL
本人が別れたくないって言うんなら仕方ないですよね。
一旦本編完結、気力があればその後か番外編を少しだけ書こうかと思ってます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる