15 / 24
第二章 変化
1 まどろみ
しおりを挟む少しずつ少しずつ、何かが変わっていく。それは感覚としてはゆっくりだけれど、細胞レベルの話ではものすごいスピードなのかもしれない。
「おはよう! 志乃」
「おはよ……ふぁ、ごめん」
思わず出た欠伸に、伊織は笑って僕の頭を撫でた。
「すごく眠そう。夜更かししたの?」
「逆……はやおき」
寝不足の目に伊織の笑顔が眩しい。いつもお日様みたいにキラキラしてるけど、見てるだけでアイスみたいに溶けてしまいそう。
最近、僕はすぐに眠くなる。元々しっかり睡眠をとらないと体がもたない方だけど、こんなに疲れやすかったかと思う。
毎日予習しなかったら、すぐに授業についていけなくなる。そう思うのに、夕食後は眠気に耐えられない。気が付いたら机の上に突っ伏して寝ているか、少しだけのつもりが朝までベッドでぐっすりかだ。こんなことが、もう半月も続いている。
うちの学園は、付属の大学にほぼ全員が進学する。1年から3年の1学期までのテストと成績を総合得点化して、成績順に希望する学部への進学が決まる。各学年のAクラスにはアルファしかおらず、みな当然のように希望の学部へと進むのだ。
……こんな調子じゃ、来年は伊織と別のクラスになってしまう。
そう思うと、胸が痛くて仕方がない。
せめて、朝起きて勉強しようとアラームをいくつも設定した。今朝は何とか起きられたけれど、眠いものは眠い。欠伸を堪えていると涙まで出てくる。
伊織が僕の顔をじっと見ている。どうしたんだろう?
「何か……ついてる?」
「いや、その。欠伸を我慢してるとこも可愛いなって」
「え? あ……」
真顔で言われて、一気に目が覚めた。頬が熱くなって、うまく言葉が言えない。僕が下を向くと、伊織はそっと指を絡めてくる。
「志乃、ごめんね。これからは生徒会でかなり帰りが遅くなる。先に帰ってくれる?」
「うん……、わかった」
寂しいけれど、僕は一人で帰ることにした。以前なら伊織の仕事が終わるまで待っていたけれど、最近は眠気に勝てない。
放課後、ちょうど借りたい本があったので図書室に向かった。
目当ての本はすぐに見つかったけれど、後少し、というところで、なかなか手が届かない。もう5センチ背が高ければ、と思いながら必死で指先を伸ばす。
「ああ、これ?」
ひょいと後ろから手が伸びてきて、さっと本が取られた。はい、と手渡されて御礼を言うと、相手が驚いた顔をする。
「きみ……、氷室の?」
涼し気な瞳に整った顔。制服の襟についた校章の色を見れば2年生だ。誰だろうと思いながら頷くと、にこっと微笑まれた。
「あの、すみません。どこかでお会いしましたか?」
「一度だけ会ったことがあるよ。四条本家の結婚式で」
「四条?」
「そう。俺は分家筋だけどね」
四条は代々政治家を輩出する家で、上の姉の嫁ぎ先だ。目の前で微笑む彼は、四条宗人。姉の夫の従弟だと言う。姉の結婚式は、先方が嫡男だった為に驚くほど盛大だった。正直、人の数が多すぎて誰がいたのかもよく覚えていない。
もっとも、そんな記憶力一つとっても自分が優秀ではないことがよくわかる。目の前の彼とは違って。優し気な彼からは優れたアルファの気配がするのだ。
挨拶だけで退散しようとすると、さっと左手を取られた。
「ちょっと話さない? ああ、図書室じゃ怒られちゃうか」
よかったら外で、との誘いに首を振った。
「早く帰りたいので失礼します」
「えっ」
目を丸くする相手の手の力が緩む。その隙に素早くカウンターに行って、本の貸し出し手続きを頼んだ。書架の前で呆然としている彼に頭を下げて帰路に着く。
……今まで、誘いを断られたことなんかないんだろうな。
日が暮れるとやっぱり、眠くて眠くて仕方がない。気が付いたら机でうたた寝をしていた。スマホの震える音に慌てて出れば、伊織からだ。ベッドに移動して横になる。優しい伊織は、毎晩必ず電話をくれる。甘い声を聞いていると、幸せで胸がいっぱいになった。
嬉しくて仕方がないのに……段々瞼が下がってくる。とろりと眠気が訪れて、伊織の声が子守歌になってしまう。
「志乃、大丈夫? 最近すごく疲れてるみたい」
「……ん。どうしてかな。いつも眠くて仕方がないんだ。これじゃまずいと思うんだけど……」
そう言ってるうちに、僕はすとんと眠りに落ちていた。
90
お気に入りに追加
187
あなたにおすすめの小説
【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」
「恩? 私と君は初対面だったはず」
「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」
「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」
奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。
彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
その捕虜は牢屋から離れたくない
さいはて旅行社
BL
敵国の牢獄看守や軍人たちが大好きなのは、鍛え上げられた筋肉だった。
というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。
「殿下、人違いです」どうぞヒロインのところへ行って下さい
みおな
恋愛
私が転生したのは、乙女ゲームを元にした人気のライトノベルの世界でした。
しかも、定番の悪役令嬢。
いえ、別にざまあされるヒロインにはなりたくないですし、婚約者のいる相手にすり寄るビッチなヒロインにもなりたくないです。
ですから婚約者の王子様。
私はいつでも婚約破棄を受け入れますので、どうぞヒロインのところに行って下さい。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
王妃様は死にました~今さら後悔しても遅いです~
由良
恋愛
クリスティーナは四歳の頃、王子だったラファエルと婚約を結んだ。
両親が事故に遭い亡くなったあとも、国王が大病を患い隠居したときも、ラファエルはクリスティーナだけが自分の妻になるのだと言って、彼女を守ってきた。
そんなラファエルをクリスティーナは愛し、生涯を共にすると誓った。
王妃となったあとも、ただラファエルのためだけに生きていた。
――彼が愛する女性を連れてくるまでは。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
大好きな婚約者に「距離を置こう」と言われました
ミズメ
恋愛
感情表現が乏しいせいで""氷鉄令嬢""と呼ばれている侯爵令嬢のフェリシアは、婚約者のアーサー殿下に唐突に距離を置くことを告げられる。
これは婚約破棄の危機――そう思ったフェリシアは色々と自分磨きに励むけれど、なぜだか上手くいかない。
とある夜会で、アーサーの隣に見知らぬ金髪の令嬢がいたという話を聞いてしまって……!?
重すぎる愛が故に婚約者に接近することができないアーサーと、なんとしても距離を縮めたいフェリシアの接近禁止の婚約騒動。
○カクヨム、小説家になろうさまにも掲載/全部書き終えてます
噛痕に思う
阿沙🌷
BL
αのイオに執着されているβのキバは最近、思うことがある。じゃれ合っているとイオが噛み付いてくるのだ。痛む傷跡にどことなく関係もギクシャクしてくる。そんななか、彼の悪癖の理由を知って――。
✿オメガバースもの掌編二本作。
(『ride』は2021年3月28日に追加します)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる