上 下
13 / 24
幕間 1

伊織の謝罪 ①

しおりを挟む
 
 ……氷室一族のアルファを、勝手にオメガにした。

 何も起こらないはずはないと思っていたが、果たして氷室のオメガたちは大層ご立腹らしい。いつも冷静な比企が、慌てて自分の元に来る。

「伊織様、早めに氷室家を訪問なさった方がよさそうです。志乃様の姉君たちがお会いになりたいと……」

 さっさと行って、一度頭を下げて来い! とは流石さすがに言えなかったのだろう。だが、比企の顔を見ればそう思っていることはすぐにわかった。
 志乃との仲が許されるのならば、謝ることなんて何でもない。そう思ったが、流石に本人がいる前で口論になったりしたらまずい。優しい志乃は、俺と家族の間で板挟みになって胸を痛めることだろう。
 一人で訪問する口実を考えていたら、比企が志乃を自宅から連れ出すと言う。

「ちょうど、来月オープンするテーマパークの招待日があります。そちらに志乃様をお連れしましょう」

 久世グループが作った大規模テーマパークは、事前に抽選で一般客を招く。話題作りの一環だが、自分が志乃を連れていきたかった。今回ばかりは仕方ない。

 翌朝、志乃はきらきらした目をして話しかけてきた。

「あのね、伊織! 比企さんが誘ってくれたんだ。伊織は用事で行けないんだよね。すごく残念だけど、また今度一緒に行こうね……」
「代わりに俺が、志乃と初♡デートおおお! 伊織の分まで、たっぷり楽しんでくるからな~」
「大輝! その言い方やめて!」

 真っ赤になって怒る志乃を見ながら、あははと大輝が笑う。心から殺意が湧いたが、今回ばかりは許そう。……だが、やっぱりこいつは志乃から離した方がいい。大輝の留学先を比企に手配させることを決意した。できるだけ日本から遠く離れた国がいい。

 何も知らない志乃は、ごめんねと一生懸命謝ってくる。悪いことなど何もないのだが、謝る姿が可愛いので、うんうんと頷いておく。
 昨晩、もう番になったのだから、他のアルファには反応しないでしょう、と比企が言った。そういう問題じゃないんだ。

 ――自分のオメガを他のアルファに見せたい奴はいない。

 俺の冷ややかな視線に、比企は「当日は、私が志乃様のお側にずっとついておりますので」とすまして答えた。

 初めて氷室家の門をくぐったのは、晴れた日曜日だった。

 アルファの能力が低いとはいえ、氷室家は代々続く名門だ。高位のアルファを輩出する家々で【氷室のオメガ】の名を知らぬ者はいない。
 西洋風の庭園は広く、門からずっと奥に屋敷がある。玄関では既に人が待っており、すぐに応接間へと案内された。

 訪問相手は、当主夫妻ではない。志乃の双子の姉たちだ。氷室一族の中で、最も優秀で美しいと言われるオメガたち。

「久世伊織です。本日はお会いできる機会をいただき、ありがとうございます」

 室内に一歩入り深々と礼をすれば、澄んだ声が響いた。

「どうぞお顔を上げてくださいな、久世様」
「お休みのところをお呼びたてして、申し訳ございません」

 顔を上げた先には、姿形がそっくりなオメガたちがいた。優し気な口調に反して、二人の目は少しも笑っていない。
 ソファーに座るよう勧められ、向かい合って腰を下ろす。

 長女の華乃はなのと次女の咲乃さきの。艶やかな黒髪に白磁の肌、見た者の心を捉えて離さない黒曜石の瞳。華奢で長い手足は名工が作った人形のようで、人間とは思えない。
 志乃よりも十歳年上の二人は、既に他家に嫁いだオメガだ。二人の夫はそれぞれ政界と財界とで華々しい活躍を遂げている。
 
「本日お越しいただいた理由はおわかりでしょう?」
「はい」
「……なぜ、志乃をオメガに?」
「久世の血が、彼は私の番だと訴えました。アルファのままではなく、必ずオメガにするようにと」

 あっという間に室内の温度が下がった気がする。まるで春から真冬に変わったかのように。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そばにいてほしい。

15
BL
僕の恋人には、幼馴染がいる。 そんな幼馴染が彼はよっぽど大切らしい。 ──だけど、今日だけは僕のそばにいて欲しかった。 幼馴染を優先する攻め×口に出せない受け 安心してください、ハピエンです。

婚約者は愛を見つけたらしいので、不要になった僕は君にあげる

カシナシ
BL
「アシリス、すまない。婚約を解消してくれ」 そう告げられて、僕は固まった。5歳から13年もの間、婚約者であるキール殿下に尽くしてきた努力は一体何だったのか? 殿下の隣には、可愛らしいオメガの男爵令息がいて……。 サクッとエロ&軽めざまぁ。 全10話+番外編(別視点)数話 本編約二万文字、完結しました。 ※HOTランキング最高位6位、頂きました。たくさんの閲覧、ありがとうございます! ※本作の数年後のココルとキールを描いた、 『訳ありオメガは罪の証を愛している』 も公開始めました。読む際は注意書きを良く読んで下さると幸いです!

βからΩになったばかりの高校生が無理矢理番にされる話

煉瓦
BL
ある日突然βからΩへと変異してしまった主人公が、Ωであるという自覚を持つ前に本能に負け、同級生のαの番にされてしまう話です。

婚約者は俺にだけ冷たい

円みやび
BL
藍沢奏多は王子様と噂されるほどのイケメン。 そんなイケメンの婚約者である古川優一は日々の奏多の行動に傷つきながらも文句を言えずにいた。 それでも過去の思い出から奏多との別れを決意できない優一。 しかし、奏多とΩの絡みを見てしまい全てを終わらせることを決める。 ザマァ系を期待している方にはご期待に沿えないかもしれません。 前半は受け君がだいぶ不憫です。 他との絡みが少しだけあります。 あまりキツイ言葉でコメントするのはやめて欲しいです。 ただの素人の小説です。 ご容赦ください。

いつか愛してると言える日まで

なの
BL
幼馴染が大好きだった。 いつか愛してると言えると告白できると思ってた… でも彼には大好きな人がいた。 だから僕は君たち2人の幸せを祈ってる。いつまでも… 親に捨てられ施設で育った純平、大好きな彼には思い人がいた。 そんな中、問題が起こり… 2人の両片想い…純平は愛してるとちゃんと言葉で言える日は来るのか? オメガバースの世界観に独自の設定を加えています。 予告なしに暴力表現等があります。R18には※をつけます。ご自身の判断でお読み頂きたいと思います。 お読みいただきありがとうございました。 本編は完結いたしましたが、番外編に突入いたします。

俺の彼氏は俺の親友の事が好きらしい

15
BL
「だから、もういいよ」 俺とお前の約束。

僕は貴方の為に消えたいと願いながらも…

夢見 歩
BL
僕は運命の番に気付いて貰えない。 僕は運命の番と夫婦なのに… 手を伸ばせば届く距離にいるのに… 僕の運命の番は 僕ではないオメガと不倫を続けている。 僕はこれ以上君に嫌われたくなくて 不倫に対して理解のある妻を演じる。 僕の心は随分と前から血を流し続けて そろそろ限界を迎えそうだ。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 傾向|嫌われからの愛され(溺愛予定) ━━━━━━━━━━━━━━━ 夢見 歩の初のBL執筆作品です。 不憫受けをどうしても書きたくなって 衝動的に書き始めました。 途中で修正などが入る可能性が高いので 完璧な物語を読まれたい方には あまりオススメできません。

顔も知らない番のアルファよ、オメガの前に跪け!

小池 月
BL
 男性オメガの「本田ルカ」は中学三年のときにアルファにうなじを噛まれた。性的暴行はされていなかったが、通り魔的犯行により知らない相手と番になってしまった。  それからルカは、孤独な発情期を耐えて過ごすことになる。  ルカは十九歳でオメガモデルにスカウトされる。順調にモデルとして活動する中、仕事で出会った俳優の男性アルファ「神宮寺蓮」がルカの番相手と判明する。  ルカは蓮が許せないがオメガの本能は蓮を欲する。そんな相反する思いに悩むルカ。そのルカの苦しみを理解してくれていた周囲の裏切りが発覚し、ルカは誰を信じていいのか混乱してーー。 ★バース性に苦しみながら前を向くルカと、ルカに惹かれることで変わっていく蓮のオメガバースBL★ 性描写のある話には※印をつけます。第12回BL大賞に参加作品です。読んでいただけたら嬉しいです。応援よろしくお願いします(^^♪

処理中です...