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第一章 出会い
8 志乃の想い
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伊織は三日間入院し、退院日はちょうど金曜だった。退院した翌日、見舞いに伊織の家を訪れた。柔らかな午後の陽射しが入るリビングで、伊織は僕を見て微笑んでくれた。元々アルファの体は強靭で回復力も高い。そうわかっていても、ソファーに座っている伊織の姿を見たら、自然に涙がにじんでくる。
「志乃、心配かけてごめん。もう大丈夫だよ」
「……よかった、元気になって」
頷く伊織の右手には鋭い歯型があった。ヒートに当てられた時に、自分で腕を噛んだのだと言う。
「抑制剤が効くまでの間、正気を保つには痛みが一番いいんだ」
どれほどつらかったことだろう。僕は胸が痛くて仕方がなかった。
「絶対に番いたくなかったんだ。俺は、志乃だけが好きだから」
「でも、僕たちは……」
「志乃」
伊織が僕の手をそっと握る。とても優しい声だった。
「わかってる。俺は志乃を想うことができればいい」
こんなに優しい伊織に、僕は何ができるだろう。何も伊織の役に立てないかもしれない。今までだって、誰かの役に立てたことなんてない。それでも、気持ちを伝えなかったら何も始まらないんだ。
「僕、今日は伊織に話があって来たんだ」
「話?」
お茶を運んできた比企さんが、にこやかに買い物に行ってきますと言った。少し時間がかかるかもしれませんと付け加えて、あっという間にリビングから出て行く。
僕は察しのいい比企さんに心の中で御礼を言った。臆病な僕は他に人がいたら、この気持ちを伝えることはできない。大きく息を吸って、伊織の目を見る。
「……伊織、僕、伊織のことが好きだ」
伊織は目を見張って、僕を見つめた。僕は目を逸らさずに、何とか声を振り絞る。
「ずっと、怖かった。生徒会室で、伊織がオメガと番になってたらどうしようって。伊織はすごく大変だったのに、勝手だよね。それだけじゃない。ぼ、僕がオメガだったら……よかったのにって思った」
身勝手な自分が恥ずかしい。アルファだというだけで、たくさんの恩恵を受けているはずなのに。でも、伊織が入院してからずっと考えてしまう。
「アルファである自分を認めてもらえないのが嫌だった。でも、オメガじゃなかったら伊織と番えない。ずっと一緒に……いられないから」
「志乃は、俺と一緒にいたいって思ってくれるの?」
「……うん」
誰よりも伊織の一番近くにいたい。いつの間にか、そう思うようになっていた。
「嬉しい。志乃がそんなことを言ってくれるなんて」
伊織は僕の髪を長い指でそっと撫でて、まるで宝物を扱うように優しく口づける。
「ねえ、志乃。もっと、触れてもいい?」
綺麗な瞳の奥には、まるで獣のような欲が蠢いている。伊織はとても優しいのに、ぞくりと体が震えた。
「……今の伊織は、怖い」
「怖い?」
「まるで、全部飲み込まれて食べられてしまいそう」
伊織の口元が緩んで、くすりと笑う。それから僕を膝に抱き上げた。
「それは間違ってない。俺はいつだって、志乃が食べたいんだから」
伊織に優しくキスをされると、僕の体からはたちまち力が抜ける。ベッドに行こうと囁かれて、頬が熱くなる。それでも言われるがままに手を引かれて隣室に入ると、窓は厚いカーテンで閉ざされていた。以前この部屋で眠った時のように、フロアライトが付けられて、室内はまるで夜のようだ。
ベッドに腰かけると、伊織が僕の体を抱きしめる。おそるおそる伊織の背中に手を回すと、伊織は眉を寄せて少し困ったように笑う。
「志乃は、わかってるのかな。これから何をするのかを」
「え……? す、少しなら。ただ……」
「ただ?」
告白にはかなりの勇気がいる。
「け、経験がないから。知識だけなんだけど」
「……」
「伊織?」
伊織は、目を閉じて小さく呟いた。もう、本当に困る、と。
「志乃、心配かけてごめん。もう大丈夫だよ」
「……よかった、元気になって」
頷く伊織の右手には鋭い歯型があった。ヒートに当てられた時に、自分で腕を噛んだのだと言う。
「抑制剤が効くまでの間、正気を保つには痛みが一番いいんだ」
どれほどつらかったことだろう。僕は胸が痛くて仕方がなかった。
「絶対に番いたくなかったんだ。俺は、志乃だけが好きだから」
「でも、僕たちは……」
「志乃」
伊織が僕の手をそっと握る。とても優しい声だった。
「わかってる。俺は志乃を想うことができればいい」
こんなに優しい伊織に、僕は何ができるだろう。何も伊織の役に立てないかもしれない。今までだって、誰かの役に立てたことなんてない。それでも、気持ちを伝えなかったら何も始まらないんだ。
「僕、今日は伊織に話があって来たんだ」
「話?」
お茶を運んできた比企さんが、にこやかに買い物に行ってきますと言った。少し時間がかかるかもしれませんと付け加えて、あっという間にリビングから出て行く。
僕は察しのいい比企さんに心の中で御礼を言った。臆病な僕は他に人がいたら、この気持ちを伝えることはできない。大きく息を吸って、伊織の目を見る。
「……伊織、僕、伊織のことが好きだ」
伊織は目を見張って、僕を見つめた。僕は目を逸らさずに、何とか声を振り絞る。
「ずっと、怖かった。生徒会室で、伊織がオメガと番になってたらどうしようって。伊織はすごく大変だったのに、勝手だよね。それだけじゃない。ぼ、僕がオメガだったら……よかったのにって思った」
身勝手な自分が恥ずかしい。アルファだというだけで、たくさんの恩恵を受けているはずなのに。でも、伊織が入院してからずっと考えてしまう。
「アルファである自分を認めてもらえないのが嫌だった。でも、オメガじゃなかったら伊織と番えない。ずっと一緒に……いられないから」
「志乃は、俺と一緒にいたいって思ってくれるの?」
「……うん」
誰よりも伊織の一番近くにいたい。いつの間にか、そう思うようになっていた。
「嬉しい。志乃がそんなことを言ってくれるなんて」
伊織は僕の髪を長い指でそっと撫でて、まるで宝物を扱うように優しく口づける。
「ねえ、志乃。もっと、触れてもいい?」
綺麗な瞳の奥には、まるで獣のような欲が蠢いている。伊織はとても優しいのに、ぞくりと体が震えた。
「……今の伊織は、怖い」
「怖い?」
「まるで、全部飲み込まれて食べられてしまいそう」
伊織の口元が緩んで、くすりと笑う。それから僕を膝に抱き上げた。
「それは間違ってない。俺はいつだって、志乃が食べたいんだから」
伊織に優しくキスをされると、僕の体からはたちまち力が抜ける。ベッドに行こうと囁かれて、頬が熱くなる。それでも言われるがままに手を引かれて隣室に入ると、窓は厚いカーテンで閉ざされていた。以前この部屋で眠った時のように、フロアライトが付けられて、室内はまるで夜のようだ。
ベッドに腰かけると、伊織が僕の体を抱きしめる。おそるおそる伊織の背中に手を回すと、伊織は眉を寄せて少し困ったように笑う。
「志乃は、わかってるのかな。これから何をするのかを」
「え……? す、少しなら。ただ……」
「ただ?」
告白にはかなりの勇気がいる。
「け、経験がないから。知識だけなんだけど」
「……」
「伊織?」
伊織は、目を閉じて小さく呟いた。もう、本当に困る、と。
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