上 下
8 / 24
第一章 出会い

7 僕が……なら

しおりを挟む
 救急入口から入って、病室に向かう。僕は怖くて仕方がなかった。大輝が無理やり手を引いてくれなかったら、前へ進むこともできなかった。
 医師の話は比企さんが聞きに行き、廊下の椅子に座って、僕は大輝と一緒に待っていた。時間が過ぎるのが果てしなく遠い。

「大輝様、志乃様!」

 ドアを開けた比企さんの口元が緩む。

「ご安心ください。番ってはいません。伊織様は今、眠っているそうです」
「つがって……ない」

 体からは一気に力が抜けていく。
 比企さんが、医師から聞いた経過を話してくれた。

 生徒会室に書類を持ってきたオメガは予想外のヒートを起こし、部屋の中にいたアルファたちはそこからラットを起こした。伊織はいつも携帯している発情抑制剤を飲み込んで、生徒会室前の廊下にある非常ベルを押した。
 教師たちが駆けつけるまで、オメガの生徒だけを生徒会室に入れて、アルファたちを廊下に出したのだという。ただ、部屋の中に入ろうとしたアルファたちと揉みあいになった為に怪我をしている。

「一晩入院して、明日から検査だと聞きました。それで何もなければ退院です」

 僕は声を絞り出した。

「……少しでいいんです。伊織の顔を見ても、いいですか」

 比企さんが頷き、僕は伊織の眠る個室に入った。鎮痛剤を打たれて横になっている姿は、まるで息もしていないように見えた。頭と右腕には包帯が巻かれているし、伊織の顔には、殴られた痕がある。

 見ているだけで痛々しいのに、伊織が他の人と番わなかったことに何よりもほっとしている。自分は、なんて身勝手なんだろう。

 顔をじっと見ていたら、伊織の口が微かに動くのが見えた。「し……の」と。
 僕の名を呼んでいる。

「……伊織」

 僕は、震える手でベッドの上の伊織の手に触れた。言葉をかけたくて、でも何と言っていいのかわからない。伊織の手に幾つも涙が落ちた。眠っているはずの伊織の唇が震える。「な、か……ないで」と。

 僕は必死で涙を堪え、伊織の唇に触れるだけのキスをした。
 胸の中で、一つの言葉が生まれる。



 僕が……。
 僕がオメガだったなら。

 ずっと呪いだったはずの言葉を、自分が繰り返し唱えている。


 ──オメガに生まれていたら、よかったのに……。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

そばかす糸目はのんびりしたい

楢山幕府
BL
由緒ある名家の末っ子として生まれたユージン。 母親が後妻で、眉目秀麗な直系の遺伝を受け継がなかったことから、一族からは空気として扱われていた。 ただ一人、溺愛してくる老いた父親を除いて。 ユージンは、のんびりするのが好きだった。 いつでも、のんびりしたいと思っている。 でも何故か忙しい。 ひとたび出張へ出れば、冒険者に囲まれる始末。 いつになったら、のんびりできるのか。もう開き直って、のんびりしていいのか。 果たして、そばかす糸目はのんびりできるのか。 懐かれ体質が好きな方向けです。今のところ主人公は、のんびり重視の恋愛未満です。 全17話、約6万文字。

ふしだらオメガ王子の嫁入り

金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか? お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。

成り行き番の溺愛生活

アオ
BL
タイトルそのままです 成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です 始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください オメガバースで独自の設定があるかもです 27歳×16歳のカップルです この小説の世界では法律上大丈夫です  オメガバの世界だからね それでもよければ読んでくださるとうれしいです

運命の番はいないと診断されたのに、なんですかこの状況は!?

わさび
BL
運命の番はいないはずだった。 なのに、なんでこんなことに...!?

嘘の日の言葉を信じてはいけない

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
嘘の日--それは一年に一度だけユイさんに会える日。ユイさんは毎年僕を選んでくれるけど、毎回首筋を噛んでもらえずに施設に返される。それでも去り際に彼が「来年も選ぶから」と言ってくれるからその言葉を信じてまた一年待ち続ける。待ったところで選ばれる保証はどこにもない。オメガは相手を選べない。アルファに選んでもらうしかない。今年もモニター越しにユイさんの姿を見つけ、選んで欲しい気持ちでアピールをするけれど……。

さよならの合図は、

15
BL
君の声。

王子のこと大好きでした。僕が居なくてもこの国の平和、守ってくださいますよね?

人生1919回血迷った人
BL
Ωにしか見えない一途な‪α‬が婚約破棄され失恋する話。聖女となり、国を豊かにする為に一人苦しみと戦ってきた彼は性格の悪さを理由に婚約破棄を言い渡される。しかしそれは歴代最年少で聖女になった弊害で仕方のないことだった。 ・五話完結予定です。 ※オメガバースで‪α‬が受けっぽいです。

王と正妃~アルファの夫に恋がしてみたいと言われたので、初恋をやり直してみることにした~

仁茂田もに
BL
「恋がしてみたいんだが」 アルファの夫から突然そう告げられたオメガのアレクシスはただひたすら困惑していた。 政略結婚して三十年近く――夫夫として関係を持って二十年以上が経つ。 その間、自分たちは国王と正妃として正しく義務を果たしてきた。 しかし、そこに必要以上の感情は含まれなかったはずだ。 何も期待せず、ただ妃としての役割を全うしようと思っていたアレクシスだったが、国王エドワードはその発言以来急激に距離を詰めてきて――。 一度、決定的にすれ違ってしまったふたりが二十年以上経って初恋をやり直そうとする話です。 昔若気の至りでやらかした王様×王様の昔のやらかしを別に怒ってない正妃(男)

処理中です...