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第一章 出会い
7 僕が……なら
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救急入口から入って、病室に向かう。僕は怖くて仕方がなかった。大輝が無理やり手を引いてくれなかったら、前へ進むこともできなかった。
医師の話は比企さんが聞きに行き、廊下の椅子に座って、僕は大輝と一緒に待っていた。時間が過ぎるのが果てしなく遠い。
「大輝様、志乃様!」
ドアを開けた比企さんの口元が緩む。
「ご安心ください。番ってはいません。伊織様は今、眠っているそうです」
「つがって……ない」
体からは一気に力が抜けていく。
比企さんが、医師から聞いた経過を話してくれた。
生徒会室に書類を持ってきたオメガは予想外のヒートを起こし、部屋の中にいたアルファたちはそこからラットを起こした。伊織はいつも携帯している発情抑制剤を飲み込んで、生徒会室前の廊下にある非常ベルを押した。
教師たちが駆けつけるまで、オメガの生徒だけを生徒会室に入れて、アルファたちを廊下に出したのだという。ただ、部屋の中に入ろうとしたアルファたちと揉みあいになった為に怪我をしている。
「一晩入院して、明日から検査だと聞きました。それで何もなければ退院です」
僕は声を絞り出した。
「……少しでいいんです。伊織の顔を見ても、いいですか」
比企さんが頷き、僕は伊織の眠る個室に入った。鎮痛剤を打たれて横になっている姿は、まるで息もしていないように見えた。頭と右腕には包帯が巻かれているし、伊織の顔には、殴られた痕がある。
見ているだけで痛々しいのに、伊織が他の人と番わなかったことに何よりもほっとしている。自分は、なんて身勝手なんだろう。
顔をじっと見ていたら、伊織の口が微かに動くのが見えた。「し……の」と。
僕の名を呼んでいる。
「……伊織」
僕は、震える手でベッドの上の伊織の手に触れた。言葉をかけたくて、でも何と言っていいのかわからない。伊織の手に幾つも涙が落ちた。眠っているはずの伊織の唇が震える。「な、か……ないで」と。
僕は必死で涙を堪え、伊織の唇に触れるだけのキスをした。
胸の中で、一つの言葉が生まれる。
僕が……。
僕がオメガだったなら。
ずっと呪いだったはずの言葉を、自分が繰り返し唱えている。
──オメガに生まれていたら、よかったのに……。
医師の話は比企さんが聞きに行き、廊下の椅子に座って、僕は大輝と一緒に待っていた。時間が過ぎるのが果てしなく遠い。
「大輝様、志乃様!」
ドアを開けた比企さんの口元が緩む。
「ご安心ください。番ってはいません。伊織様は今、眠っているそうです」
「つがって……ない」
体からは一気に力が抜けていく。
比企さんが、医師から聞いた経過を話してくれた。
生徒会室に書類を持ってきたオメガは予想外のヒートを起こし、部屋の中にいたアルファたちはそこからラットを起こした。伊織はいつも携帯している発情抑制剤を飲み込んで、生徒会室前の廊下にある非常ベルを押した。
教師たちが駆けつけるまで、オメガの生徒だけを生徒会室に入れて、アルファたちを廊下に出したのだという。ただ、部屋の中に入ろうとしたアルファたちと揉みあいになった為に怪我をしている。
「一晩入院して、明日から検査だと聞きました。それで何もなければ退院です」
僕は声を絞り出した。
「……少しでいいんです。伊織の顔を見ても、いいですか」
比企さんが頷き、僕は伊織の眠る個室に入った。鎮痛剤を打たれて横になっている姿は、まるで息もしていないように見えた。頭と右腕には包帯が巻かれているし、伊織の顔には、殴られた痕がある。
見ているだけで痛々しいのに、伊織が他の人と番わなかったことに何よりもほっとしている。自分は、なんて身勝手なんだろう。
顔をじっと見ていたら、伊織の口が微かに動くのが見えた。「し……の」と。
僕の名を呼んでいる。
「……伊織」
僕は、震える手でベッドの上の伊織の手に触れた。言葉をかけたくて、でも何と言っていいのかわからない。伊織の手に幾つも涙が落ちた。眠っているはずの伊織の唇が震える。「な、か……ないで」と。
僕は必死で涙を堪え、伊織の唇に触れるだけのキスをした。
胸の中で、一つの言葉が生まれる。
僕が……。
僕がオメガだったなら。
ずっと呪いだったはずの言葉を、自分が繰り返し唱えている。
──オメガに生まれていたら、よかったのに……。
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