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1章:魔眼の魔女の探索記
1‐1 魔女と人狼
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──いつからだったかは、正直あまり覚えていない。
もしかしたら、最初から魅入られていたのかもしれない。
それでも。
「それでも私は、いつまでも貴方の味方のつもりですよ」
そう言って笑ったアイツに
両目を隠した、口元でしか表情を示せない、不器用な少女に
─世界を、見せてやりたい
─理不尽な、けれども美しいこの世界を、共に見てみたい
今この瞬間、自分がこう思ったことだけは、疑いようの無い事実だった。
人類史上最も大きな戦いと記録された、人間と魔族の対戦『黙示録戦争』から500年。現代の皇帝グレイシス5世によって統治されているグレイシア帝国に住まう人々は、高度に成長した魔術文明により、目覚ましい発展を遂げていた。中でも『帝都』と呼ばれる国の中心部には、世界最高峰の魔術研究機関と呼ばれる『アルカナム魔道師団』があり、殊更に優秀な魔術師の育成に力を入れている。
そんな帝都から離れた街の、さらに下にある小さな町ザハネには、スラム街が密集している。ならず者や犯罪者、身寄りの無い子ども、闇市や奴隷売買の横行など、普通に暮らす人間は誰もが避けて通る場所が多く点在している。帝国の抱える闇を集めて凝縮したような、いつでも日の光がささない、日陰者達の町。
そんなザハネの隅にある廃墟のひとつの、土が露出している地べたに、人狼族であるカイは座り込んでいた。
「──今日の稼ぎはこんなもんか。チッ、あのクソ奴隷商人のおかげで半分は減った」
軽く舌打ちをしたカイは、数えていたシオン銀貨やメリル銅貨を布の袋に全て放り込み、埃っぽい床から立ち上がった。金の袋を懐にしまい、住み処を後にする。羽織ったケープのフードで銀色の耳を隠した彼が向かう先は、闇市。
合法から非合法な品までなんでもありなこの町の闇市は、スリを得意とするカイにとっては格好の獲物が集まる餌場でもあった。
怪しげな雰囲気の店や屋体が立ち並ぶ狭い通りをしばらく眺めていると、とある店から一人の老婆が出てくるのが見えた。カイは自身のエメラルド色の目を細め、店から老婆がいくらか離れた頃、自然に近づき、ぶつかる。もちろんわざとである。
「ッと、悪いな婆ちゃん」
「いえいえ、こちらこそ」
この辺りでは珍しい、穏やかな性格らしい老婆はペコリとお辞儀をして去っていく。
カイの手には、いつの間にか赤茶色の革財布が握られている。ずっしりとしたその重さに、これは期待できそうだと心の中で彼が舌なめずりした、その時。
「すいません、そこの貴方」
若い、透き通るような女の声。周囲に彼の他に人影はない。どうやら自分に向けられたらしいその声に戸惑いながら振り返ると、彼の背後に、いつのまにか小柄な少女が立っていた。どうやら彼女が声の主らしい。
「……ッ」
カイは思わず後ずさったが、彼と同じようにケープのフードを深く被った少女の顔は良く見えない。ややあって、カイは口を開いた。
「……俺に何か用?」
「はい。ここがどこか教えて欲しいのです」
「は?」
「珍しいものが沢山あって、色々と見て回っていたのですが……」
迷ってしまいました、と少し気恥ずかしそうに話す彼女に、強張っていた背すじが弛緩していくのを感じた。一瞬、スリを目撃されたのかと危惧したが、どうやら目の前の少女は案内人を探していただけらしい。安堵と呆れから一つ小さなため息をつく。
「つまり、迷子ってことか?」
「はい……」
「へえ、こんなとこにアンタみたいな女が一人でいるのもなかなか珍しいけどな」
「そうなのですか?」
「ああ……そこそこ普通に暮らせてる奴らはここには来ないからな」
「へえ、結構面白い場所なのに」
(面白い、ね)
もったいないですねぇ、と残念そうに辺りを見回す少女を、カイは本人にはばれないように軽蔑の視線で見ていた。スラム街を“面白い”などと言ってのけるこの子供は、恐らくどこぞの裕福な家の令嬢がお忍びで遊び半分に訪れて、後先考えずに無鉄砲に歩き回っていたのだろう。彼が一番嫌う部類の人間だった。しかしそんな心中とは裏腹に、彼は出来るだけ人当たりの良さそうな笑みを浮かべた。
「……で、アンタはどこにいきたいわけ?」
「!」
「アンタが分かるところまで連れてってやるよ」
「あ、ありがとうございます!」
フードからかろうじて覗く少女の口元がふわりと笑った。それを見たカイも、新たな獲物に自然と口角が上がるのかわかった。
もしかしたら、最初から魅入られていたのかもしれない。
それでも。
「それでも私は、いつまでも貴方の味方のつもりですよ」
そう言って笑ったアイツに
両目を隠した、口元でしか表情を示せない、不器用な少女に
─世界を、見せてやりたい
─理不尽な、けれども美しいこの世界を、共に見てみたい
今この瞬間、自分がこう思ったことだけは、疑いようの無い事実だった。
人類史上最も大きな戦いと記録された、人間と魔族の対戦『黙示録戦争』から500年。現代の皇帝グレイシス5世によって統治されているグレイシア帝国に住まう人々は、高度に成長した魔術文明により、目覚ましい発展を遂げていた。中でも『帝都』と呼ばれる国の中心部には、世界最高峰の魔術研究機関と呼ばれる『アルカナム魔道師団』があり、殊更に優秀な魔術師の育成に力を入れている。
そんな帝都から離れた街の、さらに下にある小さな町ザハネには、スラム街が密集している。ならず者や犯罪者、身寄りの無い子ども、闇市や奴隷売買の横行など、普通に暮らす人間は誰もが避けて通る場所が多く点在している。帝国の抱える闇を集めて凝縮したような、いつでも日の光がささない、日陰者達の町。
そんなザハネの隅にある廃墟のひとつの、土が露出している地べたに、人狼族であるカイは座り込んでいた。
「──今日の稼ぎはこんなもんか。チッ、あのクソ奴隷商人のおかげで半分は減った」
軽く舌打ちをしたカイは、数えていたシオン銀貨やメリル銅貨を布の袋に全て放り込み、埃っぽい床から立ち上がった。金の袋を懐にしまい、住み処を後にする。羽織ったケープのフードで銀色の耳を隠した彼が向かう先は、闇市。
合法から非合法な品までなんでもありなこの町の闇市は、スリを得意とするカイにとっては格好の獲物が集まる餌場でもあった。
怪しげな雰囲気の店や屋体が立ち並ぶ狭い通りをしばらく眺めていると、とある店から一人の老婆が出てくるのが見えた。カイは自身のエメラルド色の目を細め、店から老婆がいくらか離れた頃、自然に近づき、ぶつかる。もちろんわざとである。
「ッと、悪いな婆ちゃん」
「いえいえ、こちらこそ」
この辺りでは珍しい、穏やかな性格らしい老婆はペコリとお辞儀をして去っていく。
カイの手には、いつの間にか赤茶色の革財布が握られている。ずっしりとしたその重さに、これは期待できそうだと心の中で彼が舌なめずりした、その時。
「すいません、そこの貴方」
若い、透き通るような女の声。周囲に彼の他に人影はない。どうやら自分に向けられたらしいその声に戸惑いながら振り返ると、彼の背後に、いつのまにか小柄な少女が立っていた。どうやら彼女が声の主らしい。
「……ッ」
カイは思わず後ずさったが、彼と同じようにケープのフードを深く被った少女の顔は良く見えない。ややあって、カイは口を開いた。
「……俺に何か用?」
「はい。ここがどこか教えて欲しいのです」
「は?」
「珍しいものが沢山あって、色々と見て回っていたのですが……」
迷ってしまいました、と少し気恥ずかしそうに話す彼女に、強張っていた背すじが弛緩していくのを感じた。一瞬、スリを目撃されたのかと危惧したが、どうやら目の前の少女は案内人を探していただけらしい。安堵と呆れから一つ小さなため息をつく。
「つまり、迷子ってことか?」
「はい……」
「へえ、こんなとこにアンタみたいな女が一人でいるのもなかなか珍しいけどな」
「そうなのですか?」
「ああ……そこそこ普通に暮らせてる奴らはここには来ないからな」
「へえ、結構面白い場所なのに」
(面白い、ね)
もったいないですねぇ、と残念そうに辺りを見回す少女を、カイは本人にはばれないように軽蔑の視線で見ていた。スラム街を“面白い”などと言ってのけるこの子供は、恐らくどこぞの裕福な家の令嬢がお忍びで遊び半分に訪れて、後先考えずに無鉄砲に歩き回っていたのだろう。彼が一番嫌う部類の人間だった。しかしそんな心中とは裏腹に、彼は出来るだけ人当たりの良さそうな笑みを浮かべた。
「……で、アンタはどこにいきたいわけ?」
「!」
「アンタが分かるところまで連れてってやるよ」
「あ、ありがとうございます!」
フードからかろうじて覗く少女の口元がふわりと笑った。それを見たカイも、新たな獲物に自然と口角が上がるのかわかった。
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※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
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