お人好しは無愛想ポメガを拾う

蔵持ひろ

文字の大きさ
上 下
8 / 13
1

一人遊びの手助け※

しおりを挟む
 先月の三月で三年が経った今でも、夢にまで見るあの日の出来事。

 その頃は奈穂がまだ小さくて、今とは別の意味でバタバタとはしていたけれど、それなりに平穏に暮らしていたと思う。


 ──あの事故が、起こるまでは……。


 それは、中学一年生の三学期の終業式を終えた帰り道でのことだった。


 桜のつぼみが膨らみ始める中。珍しくその年の春に風邪を引いてしまった私は学校帰りに病院に寄って帰ろうと、下校時、学区外のいつもと違う道を歩いていた。

 病院を目前とした十字路にある、花町三丁目交差点を渡ろうとしたとき、悲劇は起こった。


「──ちょ、危ないっ!」


 歩行者の信号が青なのを確認して横断歩道を渡り始めた私の背後から聞こえたのは、切羽詰まったような男の人の声。


 その声に驚いて後ろをふり返ろうと顔を上げたとき、視界の隅にとんでもない光景が飛び込んだ。


 大型のトラックが、こちらに向かって前進してきていたんだ。

 歩行者の信号は、確かに青だった。

 風邪を引いて頭がぼんやりしていた私は、信号は見ていたものの、信号無視の車に気づけなかった。


 逃げなきゃ……っ。

 そうは思うけれど、突然の出来事に足は地に張り付いたように動かなくて、その一瞬の間に死を覚悟した。


 次に聞こえたのは、ドンと何かが弾け飛んだ鈍い音と女の人の甲高い悲鳴。


 私の身体は後方から何かに突き飛ばされるように、思いっきり前方に吹っ飛んだ。


 それから少し離れたところで、ガシャンと何かが衝突する音が響く。


 あれ、私、生き、て……る?

 どういうわけか無事だったことに安堵する中、状況を確認しようとアスファルトに打ち付けられた身体を動かす。

 目の前、数メートル先にある電信柱には、正面からトラックが突っ込んで、その破片が路上に散らばっているのが見えた。

 間違いなく、先ほど私の方へと突っ込んで来たトラックだ。


 そして次第に大きくなる喝采の方へ振り返ったとき、私は助けられた身なんだと把握した。


 さっきまで私のいた場所には、思わず目をそらしたくなるくらいに痛々しい姿の男の人と、その傍に立つ青ざめた女の人の姿があったのだから。


 一目見て、その血まみれの男の人が私の背中を押して助けてくれた代わりにトラックにはねられたんだということが、嫌でもわかった。


「大丈夫か!?」

「おい、しっかりしろ!」


 通りすがりの男性が二人、血まみれのお兄さんの傍へ駆けていく。


「ダメだ。全く反応がない。救急車だ!」


 一人の男性が電話をかける中、もう一人の男性が、絶望に染まる表情で事故に遭ったお兄さんを見つめていた女の人に声をかけた。


「きみは、この兄ちゃんの知り合い?」


 女の人は、お兄さんを見つめたまま力無くうなずいた。


「……はい。私の彼氏です」


 自分でもよく聞き取れたと思うくらいに小さな声で、女の人は確かにそう言った。


「そっか。辛いだろうけど、この兄ちゃんのご家族に連絡お願いしてもいいかな?」

「はい……」


 そのとき、鞄に手をやる女の人が、ようやく視線をお兄さんから外した。涙がこぼれ落ちる二つの瞳が、偶然なのかこちらに向けられる。


 綺麗なストレートの長い黒髪の下に見える瞳は私を捉えるなり細められて、まるで恨みがましく睨んでいるようだった。


 私はそれ以上身体が動かなくて、目眩が激しくなる中、その光景を見ていることしかできなかった。


「あなたは、大丈夫?」


 そのとき、また別の年配の女の人が私の方へ来るのが見えた。それが、私が事故当時の最後の記憶だった。


 というのも、私はその直後に意識を手放してしまったからだ。

 恐らく、転んだ弾みで頭を打ったのだろうと、意識が回復した数日後に聞かされたが、特別脳に異常はなかった。

 あとは、私は膝元に大きな傷を負った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悩める文官のひとりごと

きりか
BL
幼い頃から憧れていた騎士団に入りたくても、小柄でひ弱なリュカ・アルマンは、学校を卒業と同時に、文官として騎士団に入団する。方向音痴なリュカは、マルーン副団長の部屋と間違え、イザーク団長の部屋に入り込む。 そこでは、惚れ薬を口にした団長がいて…。 エチシーンが書けなくて、朝チュンとなりました。 ムーンライト様にも掲載しております。 

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

そんな拗らせた初恋の話

椿
BL
高校生で許婚の二人が初恋拗らせてるだけの話です。 当て馬と受けが一瞬キスしたりします。 Xのツンデレ攻め企画作品でした! https://twitter.com/tsubakimansyo/status/1711295215192121751?t=zuxAZAw29lD3EnuepzNwnw&s=19

そんなお前が好きだった

chatetlune
BL
後生大事にしまい込んでいた10年物の腐った初恋の蓋がまさか開くなんて―。高校時代一学年下の大らかな井原渉に懐かれていた和田響。井原は卒業式の後、音大に進んだ響に、卒業したら、この大銀杏の樹の下で逢おうと勝手に約束させたが、響は結局行かなかった。言葉にしたことはないが思いは互いに同じだったのだと思う。だが未来のない道に井原を巻き込みたくはなかった。時を経て10年後の秋、郷里に戻った響は、高校の恩師に頼み込まれてピアノを教える傍ら急遽母校で非常勤講師となるが、明くる4月、アメリカに留学していたはずの井原が物理教師として現れ、響は動揺する。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

処理中です...