お人好しは無愛想ポメガを拾う

蔵持ひろ

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「君。大丈夫かい?」
「……キャン!!」

 大きな体をかがませた男は、吠える毛玉と目線を合わせた。はたからみたら抱き潰すことができそうな体格差は滑稽かもしれない。しかし本人は至って真面目だった。





「キャンディ!お風呂が苦手なのはわかるけどっ……わっぷ」

 大型犬であるゴールデンレトリバーが体を震わせ毛皮から泡を払おうとする。たとえ近くに服を着た人間がいたとしても容赦がない。
 わんこは男が泡が目に入らないよう両腕でガードした隙に、風呂場からするりと抜け出そうとする。トリミングサロン内の施設の風呂場は人間が使うものとは少し違う。犬が自分で入れるようにタイルの浅い浴槽とシャワー、広めの洗い場が設けられている。
 弟であるオーナー、夏樹のこだわりが感じられる。
 斎藤雪隆さいとうゆきたかは会社の休日である土曜日曜に不定期でトリミングサロンの手伝いをしている。華やかそうな世界でも体力勝負な部分が多い。特に夏樹の店は大型犬専門のサロンで、綺麗な部分だけを期待したアルバイトの離職率が高いのだ。人手不足になる時期がどうしてもできてしまう。会社に副業申請もしてある。
 それに、弟である夏樹の頼みは断れないのだ。昔から少し歳の離れた弟に甘えられるとどうしても言うことを聞いてしまう。雪隆が人に頼られるのに弱くなってしまったのはこうした生い立ちが関係していると言えるだろう。
 犬だって嫌いじゃない、むしろ、好ましいとさえ思っている。さまざまな犬種はいるが、皆愛嬌のある顔立ちで可愛いし、尻尾の動きは感情の動きがわかりやすい。最近では顔や動きを見ただけでどの家で飼われているわんこかわかるようになった。将来は大きな犬が走り回れるような家で可愛いわんこを飼いたいものである。

「こらっ!逃げるんじゃないって。よっ……と」

 Tシャツが濡れるのも構わず、雪隆は大型犬に抱きついた。逃亡はなんとか免れた。ほっと息をつく。
 夏樹が営むトリミングサロンの制服は白いワイシャツの上から紺のエプロンを着るのだが、基本犬達の体洗い専門である雪隆は、着替えやすいようまくった長袖のTシャツにハーフパンツを着ている。
 大型犬のお風呂ができているのは雪隆の大柄な体格とラグビーで培ったキャッチ力によるものだろう。
 
「きれいになったな~飼い主さんも大喜びすると思うぞ」
「兄さん、ありがとう。タオルドライが終わったらドライヤーをかけてくれる?」

 夏樹が風呂場の出入り口から顔を出す。雪隆と顔つきはどことなく似ているが、学生時代から文化系であった弟は標準的な成人男性と同じ背丈だ。
 きゅーんきゅーんと切なげな犬の鳴き声が耳元で漏れてくる。弟からご飯の匂いがしたのだろう。キャンディは食いしん坊だからすぐに察知したのだ。

「ごめんなーこれは僕と兄さん用だから」

 夏樹は申し訳なさそうに手を振っている。まるで犬語を解しているかのようにゴールデンレトリバーのおねだりを断った。

 予約された飼い犬達のサービスを終えて、帰路に着く。夕方というにはまだ少し早い時間。店の裏口の扉を開けた途端、鋭い横風が吹いてきた。風呂場にいた時は熱気で気がつかなかったが、外はすっかり冬の様相を示していた。

「さぶっ……」

 今日洗ってご機嫌になったわんこ達の顔を思い浮かべながら、雪隆の休日は過ぎていくのだった。


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