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11(本編終わり)

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「……仕事に困ったらいつでも帰ってきなさい」

 王都へ向かう馬車に乗りこむふたりに視線を逸らしたウドリゴは言った。照れているのだろうか、いつも鉄仮面のような表情をしていたウドリゴが。少しだけ心の氷が溶けたようでアレックスは安心した。キアランの方を見ると、すごいものを見たとでも言うような驚愕の表情をしている。しかし、普段から表情を取り繕うのに慣れているからか次見た時には薄く口の端を微笑ませて返事をする。

「そうはなりませんが」
「いや、……すまない他意は無い」
「……ですが、困っても困らなくても時々こちらに帰ります」

 そう言ってウドリゴとロドルフォ、使用人達が見送る中二人は帰って行った。

 
 帰宅の道中、セクシャルなことで色々あったのだがそこは割愛して我が家へと戻ってきた。たった一週間であったのにそこで出会った人、あった事柄が濃密すぎてその倍以上の時間を経た感覚があった。キアランとは家の前で別れた。馬車の中で引越しの日程は決めたのであとは準備をするだけだ。先ゆく新生活に心を躍らせていると、扉の下に差し込まれた手紙が目に入った。留守中に誰かが尋ねてきたのだろうか。

「……なんだこの手紙……憲兵舎!?」

 そうだ、勤務途中でウドリゴに拉致されたのだから仕事をすっぽかしていたはずだ。急いで向かわなければ。まだ鐘は二つなっていないから昼にはなっていない。まだ昼休み前で憲兵長はいるはずだと慌てて職場へと向かった。憲兵長は昼になると会議等で別部署へと向かうことがあるのだ。そのため何かしら用事がある時は午前中に向かうといいと知っていた。

「急にすみません。憲兵長はいらっしゃるでしょうか!」
「私が何かね……ああアレックスかお疲れさん」

 憲兵長はいきなり訪ねて来たアレックスに嫌な顔ひとつせず出迎えた。むしろ労られているように感じる。咎められると思っていたのだが。

「帰って来たのかね」
「はい。憲兵長、無断欠勤をして申し訳ありませんでした!」
「無断欠勤?何を言ってるのかね?」

 いつも通りの態度にアレックスは混乱する。むしろ向こうが訳がわからないと言うように混乱した表情を出していた。
 もしかしてもう首を切ると決定したのだろうか。憲兵はシフト制ではあるが全体で言えば休みのない仕事だ。無断欠席が許されるものではない。

「フィンレー家からしばらく君は護衛に使うと聞いたから、こっちの仕事は欠勤扱いにはならないぞ。無理に当てはめるなら出張だな」
「そうだったんですか……?」

 どうやらウドリゴが使いのものに『アレックスは仕事でフィンレー家の領地まで行っており憲兵の仕事の休みを取る』と一言言ってくれていたらしい。それを早めに言ってくれれば焦ることはなかったのだが……

「まぁ、いい。護衛の仕事は終わったんだな?アレックスに手紙が来ているぞ。最近引くて数多だな」
「ここで読んでいいですか」
「ああ、今後にかかわることだと思うからな」
「ありがとうございます」

 アレックスは手紙の表裏を眺める。蜜蝋で正式に封をなされた封筒は厚手で質がいい。表面にはアレックスの名が、裏面には見知らぬ貴族の名が記されていた。

「バーデット家……ですか」
「バーデット家を知らないのか?最近王都に越して来た新興貴族だそうだ。お前に何の用だろうな」

 不審に思いながら手紙を開くとそこにはこう書いてあった。
『この前のお礼が言いたい。この手紙を受け取った後屋敷に来るように。地図を同封しておく』と
 この前の礼とは。
 結局仕事に行くことなく指定された屋敷とやらに向かう。今更キアランの施策を阻止していた貴族家とは関係がないだろう。復讐だとしても脅しの言葉一つ書いてなかったし手紙が読まれない可能性もあるため回りくどすぎる。罠である確率は限りなく低い。憲兵舎の食堂で軽く食事をとってのんびりと向かった。数日待たせているのなら今更1時間遅くなったくらいで何かが変わるわけでは無い。

「ここが……」

 屋敷に着いた頃には鐘も二回鳴り終わり午後の勤務が始まる頃だった。白を基調としたシンプルな建物で、キアランが好きそうな質素さだと思った。建物自体簡素ではあるが、屋敷に使われている土地自体が広大で有り余る財産を所有しているのだとすぐにわかった。そんな貴族がアレックスに何の用事か。
 門番の若い男に手紙を渡すと不審がられずスムーズに通される。報連相がうまくいっているのか。アレックスが不審な動きをしたとしてもすぐ対処できる自信があるのだろう。
 門番から侍女、侍女から執事の元へと向かい客間らしき場所へと通された。臙脂えんじ色のソファに座っているとふくよかで身なりの良い男……どこかで見たことがある気がする。

「あの時は世話になったね」
「あの時……?」

 それでもアレックスが思い出せずにいると、主人らしき男は、財布を取り出した。

「ほらこれで思い出さないかね」
「財布?……ああ!泥棒を捕まえた時の商人!」
「恐れながら、このお方は商人ではございません。バーデット家後当主様でございます。王都をご自分の足で歩きたいとおっしゃったためああして商人に扮した次第でございます」
「そういうことだよ」

 アレックスが思わず呟くと、そばにいた執事が慇懃無礼に訂正して最後に当主が言葉を添える。

「それで君に提案したいことがあるんだが。どうだろう、私の家の護衛になってもらうのは」
「へ……どうしてまた俺なんかに」
「ほら以前財布を取り返してくれただろう?そのお礼と憲兵長に聞いたんだが副文官の護衛とフィンレー家の護衛をしていたのだろう?身元は十分だと思ってな」

 豊かに笑う当主にアレックスは気になることを尋ねる。

「で、返事はどうだね?もう少し考えるか?」
「それは、ここで護衛ということでいいんですか」
「もちろん。まぁもしかしたら視察で他の地域に行くかもしれんがな。せいぜい一ヶ月だろう」

 それならキアランもアレックスも働き続けられる。興味が湧いて来た。

「……お願いします!」
「そうかそうか。いやぁいい人を雇えた。お礼を言おうにも誰かわからず困ったがな。お前さんが共にいたホルン家の長男に聞いたらあっさり教えてくれた」
「彼も関与していたんですか!?」

 一言も言っていなかったが、もしかして隣国でのゴタゴタの罪滅ぼしのつもりだったのだろうか。何も言わないのが彼らしい。ルークにも推薦されていたということか。

「ではこちらを」

 執事が紙を渡してくる。続いて書類について説明し始めた。

「雇用契約について書いたものです。こちらはその場で貴方のサインを。こちらは職場に書いていただくために持ち帰ってください。よろしいですね?」

 そう言った細々とした手続きを終えると、かえっていった。


※※※※※


「……なんてこともあったなぁ」

 アレックスはパリッと焼けたチキンの皮にナイフを進めながら呟いた。向かい合って温野菜のサラダを口に運ぶキアランは、目の端を下げ本当に幸せそうにしている。
 あの後、憲兵をやめ仕事を新しくする前に二人の住居を決めた。結局キアランのところに転がり込む感じになった。役所に転居届を出すのと同時に婚姻届を出した。家族の反応は驚きと共に祝福してもらえ、式をあげることはなかったが家族の顔合わせを計画しているところだ。
 生活習慣の違いから言い合うこともあったが、少しずつ少しずつ二人の暮らしを合わせていった。
 キアランの実家で働くという選択肢もあった。だが、アレックスが遠くの気候も文化も違う土地で一から生活を作り出さなければならないこと、キアランのやりたい仕事を考えると引き受けるわけにはいかなかった。血のつながった家族がいつも共にいる必要はない。
 今の屋敷の護衛は慣れるのは大変だったが、キアランと共にいられる。住み慣れた王都にいられるのが魅力的だったのだ。
 やりがいのある仕事と共に食卓を囲える暖かい家。ここがキアランとアレックスの居場所だ。

「どうしましたか?」
「いいや、なんでもない」

 口元を緩め、美味しい夕飯をすすめていった。
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