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しおりを挟む容疑が解かれたキアランと二人で過ごした数日間。自宅での護衛名目のハネムーンは、まさに爛れた時間だった。今まで生きてきて一番セックスに明け暮れた日だったと思う。風呂でもダイニングでも触れ合えばどこでも性交してしまう。アレックスとキアランは離れていた期間を埋めるように、お互いがお互いを貪り合った。
休暇後、二人は裁判所を訪れた。キアランの冤罪を企てた男──カール・ヨハンソンの裁判を傍聴するためである。
キアランが拘束された後に散々嫌味を言っていた男が、今度は被疑者として呼ばれ証言台へと立つ。腰を低くしておどおどと周りを見渡し、裁判員に対しては媚び諂うような視線。その態度はキアランが捕まって証言台に立った時とは大違いである。同じ貴族でもこんなに様子が違うものなのかと驚いた。
カール氏の罰が決まり、項垂れて近衛兵に連れられて去っていった姿が消え裁判が終了した。そのあとは王宮へ向かい、次の日の仕事に向けて部屋の準備を進めた。
具体的に言うと証拠として没収されていたものが箱に入れられたままで帰って来たのでそれを戻す作業だ。近衛兵たちは犯人逮捕のために部屋を引っ掻き回したが、現状復帰はしないらしい。没収した物品が多すぎてどこに何があるのか兵たちは把握していないから自分たちでなんとかして欲しいと言うことか。なんとかやるべき作業を日暮れまでに終え、ついでにキアランと食事をし、アレックスは帰宅した。
「静かだな」
つい先程までキアランと共に過ごしていたからか余計そう感じる。
あのおしゃべりな変態紳士は隙さえあればアレックスを口説こうとするのだ。やれ、食べる姿がエロティックだの、座る姿が凛々しいだの。結ばれてから拍車がかかっている。そんな甘い言葉で落とそうとしなくたってとっくの前に好いているのに。
以前、フィンレーからの同棲の誘いがあった。それも忘れていない。もちろん快諾するつもりだ。引っ越しの準備であったり家族や職場への住所変更の知らせだったりを済ませなければならないので、一旦自宅に帰ってきた。
この日は夜も遅かったため寝支度をしてすぐ就寝した。
次の日、アレックスはいつもより早めに王宮へと向かった。予想通りフィンレーが副文官室にいる。いつも以上に部屋が片づけられている気がする。具体的に言うと、書類関連のものが少なくなったのか。
「キアランさん、おはようございます。なんだか片付きましたね」
「おはようございます。ええ、ついに法律の施行準備が整ったので使用したものは資料室へとしまっておきました」
「できたんですか」
「はい、これもアレックスさんのおかげです」
カール氏が阻んでいたという法律のことだ。それは喜ばしい。続いてキアランが言葉を発する。だがいつも饒舌な彼が珍しく言い淀んでいた。
「それで……ですねアレックスさんの今後についてなのですが」
「…………?あっ」
その理由がアレックスも少し考えて思い当たった。雇用についてだ。
元々キアランの護衛として王宮では常時そばにいたのだ。アレックスの護衛が必要がなくなったということは、目の前の恋人と共にいられ無くなるということだ。
「そういえば憲兵舎に来るようにって言われてました。多分そのことだと思います、すぐに行ってきます!」
「……はい。指示がありましたら報告してくださいね」
「いってきます」
昨日は文官室の片付けを手伝ったので業務が終わったが、今日はやることがない。護衛の職務は必要ないからだ。すぐに憲兵長に知らせたほうがいいだろうと早足で憲兵舎へと向かった。
「──……こちらこそ、お世話になります……」
ノックしようと憲兵長室の扉に向かった時、憲兵長と何者かが話している声がドア越しに聞こえてきた。相手が出てくるまで待ったほうがいいだろう。
入口近くで立っているのも早く終わって欲しいと圧をかけているみたいで相手も焦らせてしまうだろう。一度出直すかと思っていたら、ちょうどいいタイミングでドアが開いた。憲兵長と見知らぬ男が出てくる。
「では」
「はい、本人に命じておきますので……」
憲兵長がわざわざ見送っている。かなり珍しい光景だ。誰なのかと気になって失礼にならない程度に顔を見てみようとしたら一瞬だが目が合った。すぐに興味がなさそうに目を逸らされる。金色の長髪をまとめた後ろ毛が歩くことでなびき、壮年の男のブラウン色の瞳はこちらを睨んでいなくても鋭く、眉間に皺を寄せていた。
自分より年上そうだが、顔に刻まれた皺は多くの経験と苦労を味わったのだろう。背筋をまっすぐに伸ばして音も立てず消えていていった。
「アレックス来ていたか。ちょうどいい」
「はい」
「先ほど来ていたのはフィンレー家前当主、ウドリゴ・フィンレー公爵だ。彼が仕事を依頼してきた。喜べアレックス!栄転だ!」
憲兵長にでかしたと腕を叩かれる。どうやらアレックスがキアランの護衛をしていたことがフィンレー家の耳に入り、ぜひ自身の家の護衛をして欲しいということだ。
平民からなる憲兵にとって貴族付きの護衛になることは名誉である。大抵の下っ端は二つ返事で採用されに行くはずだがここはアレックスである。少し考えさせて欲しいと保留にした。
「いらっしゃいませ」
悩んでいる時はいつも足を運んでしまう。行きつけの喫茶店。入口ドア上部にかかっている鈴が鳴ると、ウェイトレスが挨拶をしてくれた。甘味を食べる気分にもなれなくてブラックコーヒーのみにする。自身の進退をが決まってしまう今、無理に頼んでも楽しめない。
「コーヒーを一つ」
「あら……デザートはよろしいんですか?」
「ああ……お腹がいっぱいで」
あまりにも通いすぎたせいかデザートを頼まないと驚かれる。甘さの癒しを求めるときにここに来ていたのだから珍しがられるのは当然か。木のテーブルに触れる。そういえばこの喫茶店ははじめてスイーツを食べた場所だ。あれから何年経っただろう。この王都で骨を埋めるつもりでいた。まさかこの土地を離れるかもしれないなんて。どうしてすぐ行くと言えなかったのだろう。
今日頼んだコーヒーはいつもよりほろ苦いものだった。
「──こちらの人と相席をするから大丈夫だ……少し、よろしいだろうか」
一人の世界に没頭していたら、低く聞き取りやすい声が耳に入る。入口と反対向きに座っているので誰なのかはわからないが、男性らしき人物はアレックスとすれ違うと向かい側に座ってくる。店内はそう混んでいないのに相席してくるとは珍しい。不審に思って男をよく観察すると、先ほど見知った人物であった。
「貴方に話したいことがある」
金色の長髪をまとめ、背筋の伸びた壮年の男、ウドリゴ・フィンレー──キアランの父親がいた。
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