愛夫弁当はサンドイッチ─甘党憲兵と変態紳士な文官さん─

蔵持ひろ

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 翌朝、懸念していたキアランの態度は通常のように柔らかいものへと戻った。副文官だからか部下の失敗を受け入れ気分を切り替える術を身につけているのだろう。
 朝食を二人でとった後、キアランとルークは話し合いがあるらしく一人放り出されてしまった。

「うわっ……結構ひどいな……」

 アレックスは膝の擦過傷と点在する青あざを見やる。アクティビティの楽しさと、帰宅後はキアランに冷たい態度を取られていたことばかり気になって気が付かなかったが、体のあちこちに擦り傷や青あざを作ってしまっていた。
 肝心の護衛で傷が気になって素早く動けなければ職務怠慢だ。そうすれば昨日以上にキアランに軽蔑されてしまう。早く治るための塗り薬が欲しい思いと薬局を探すことにした。
 街中をぶらぶらと気の赴くままに歩いていると、深緑色の看板を掲げた店が見える。文字が書いてあるがはげていて読みづらい。軒下に乾燥した複数の植物が山盛りに置いてあり独特な香りがする。もしかしたらお目当ての塗り薬があるかもしれない。入ってみたらどんな店かわかるだろうと入り口に入る。昼だと言うのに客はおらず、奥の方に新聞を読む親父がいるだけだった。顎髭を綺麗に整えている。

「こんにちは、ここはなにを売ってる店なんだ?」
「あー……わからんってことはあんた観光客か……そうだなぁ大人を元気にする薬だよ」

 何かの動物の尻尾や木の根っこが乾燥して吊るされている。どうやら漢方を扱う店のようだ。
 その中に元気になる薬と書かれたものを手に取る。かすれた文字は単語がわかるレベルである。
 キアランにお土産として買って行こうか。あの分だと今日も一日中ルークに連れ回されているだろう。賑やかな彼とだったら大人のキアランは疲労困憊になることは目に見えている。今日も疲労で不機嫌になって帰ってきてもこれを飲めば柔和な彼になってくれるかもしれない。
 何かキアランが笑顔になることがしたい。自分が護衛として役立てていないのではないかと言う焦りがあった。

「これ一個貰えるか?」
「ん~……あんた新婚さん?」
「えっ……いやそれは……」

 突然何を聞いてくるのだろうか。その時点で護衛だとはっきり言えば良かった。他国の王宮の副文官がこの国に来ている情報は漏らさない方がいいかもしれないと言葉を濁す。新婚ではないが好きな人だ。そして、守り切りたい人。
 アレックスの紅潮した頬を見て勘違いしたのだろう、肯定と受け取った店主は紙に包まれた薬を手渡した。

「いいかい、効きすぎると後が大変だから半分使うんだよ。二人で一包だからな」
「あ、ああわかった」

 言われたこともそぞろに薬を受け取る。
 それから美味しそうな匂いを漂わせていた屋台で、夜食にしたいものを見繕い広場のベンチでぼーっと物思いにふけった。
 最近は護衛をずっとしていた。一人の時間といえば家に帰って寝る時間くらいだったため、久しぶりに周囲への警戒が緩くなった。もちろん財布は懐にしまって盗まれないように気をつけていたが。
 時間の指定はされていなかったので一旦ホテルへ帰る。名前を言わなくても顔パスで部屋まで案内されたのはさすがリゾート地と言おうか。
 アレックスは部屋に戻ると、身につけているものを綺麗にする。警棒を分解して、専用の油を刺し目の細かい布で磨く。それを終えると靴と洋服の埃や毛玉をとっていく。士官学校で服等身だしなみを整えることは習っていたが忙しさを理由に手を抜いていた。少しでもいいからキアランにふさわしい護衛でいたい。
 そういえばルークが連れている護衛たちは綺麗に磨かれ鏡のように反射した靴、胸元につけたバッヂも金属も傷ひとつなく貴族が身につける装飾品の如く新品に見える。服にもチリ一つなく隙がなかったがいつ身につけるもののメンテナンスをしているのだろう。自分でと言うよりは、それらをする小間使いをルークが雇っているのだろうか。貴族ならありうる。そんなことをつらつらと考えていたら、一番考えたくもないことが思い浮かんでしまう。
 ……キアランはアレックスを解雇するだろうか。雇い主から言われたらアレックスにはどうすることもできない。だが足掻いてみようとは思う。アレックスはキアランのそばにいたいし守ってやりたいのだ。
 最初は貴族だからいけすかないやつだろうと偏見を持っていた。こいつも他の家族と同じように自身のことを便利なコマの一つとしてしか見ていないだろうと。だが蓋を開けてみれば常に国民のことを考え仕事をしている姿、照れたように大きなサンドイッチを頬張る姿、貴族は嫌なやつだと思っていたのにどんどんキアランに惹かれている自分がいた。花びらが川に落ち流れ海へ辿り着くように、自分の気持ちがどこへ向かっていくのかわからない。だが、恋をすることの心地よさを感じていた。
 そうして時間を潰していると入り口のドアの方から話し声が聞こえてくる。遮音性の高い建物とはいえ耳のいいアレックスは容易にわかった。
 護衛としての身だしなみを整え、ドアの前に立つとキアランとルークそして彼らの護衛が立っていた。

「ちょうどよかったアレックス、何回も言ってごめんね。君には護衛の仕事をやめてもらうから。国に戻ったら王宮に来なくてもいいよ。君にとっても憲兵に戻った方が気楽でしょう?それにキアランも一日いてわかったでしょ?僕の私兵の方が安心感が違うんだよ安心感が」

 顔を見て一番はじめにルークの口から出て出てきた言葉がそれだったのだからアレックスはいい加減に呆れた。
 続けて今まで頑張ってきたお小遣いもあげるし、と札束を差し出されたが丁重にお断りした。年下に金を恵んでもらうなんてアレックスのプライドが許さない。断りの言葉は自然と出た。
 
「……ルークさん、あんたは平民を馬鹿にしすぎだ。憲兵如きってなんだよ。民間人を守るのも貴族を守るのもどっちも大事な仕事じゃねぇか。それに俺は施しを受けるほど落ちぶれてもいねぇ」
「ふーん……そう言うんだ」
「それに、お前は昨日からフィンレーさんの言うことを聞いてはいるけど理解してない。この人もいい歳した大人なんだから自分のことは自分で判断できるだろ」
「この僕をお前呼ばわりとはいい度胸だね?いいやそれよりこの僕がキアランのことを理解していないなんて言いがかりいいところだよ!」
 
 ……確かに先ほどルークの言ったことも一理ある。アレックス一人では人混みの中で長時間護衛するのは難しいかもしれない。悔しさで無意識に掌を握る。
 けれどもアレックスにも譲れない部分はあるのだ。自分は、仕事に誇りを持っている。人々を守れることを生き甲斐としている。侮蔑の言葉を言われてようやく憲兵の仕事を、護衛の仕事をしてきてやっと強く思うことができた。
 
「もっと俺たちのことを見てから文句でもなんでも言いやがれ!」
「……!」

 ルークは目を開いて動きを止めた。唇を噛み締め、再び口を開く。

「じゃあ、それを僕に証明して見せてよ!」
「おう!それでダメなら解雇でもなんでもするんだな!」
「言ったな~!なら明日やってもらうからね!ぜったいに!」

 ルークは後ろにいた護衛を呼び寄せると、自宅へと帰っていった。
 護衛を始めた頃のアレックスならば、ボーナスも貰えてこれ幸いとルークの解雇の提案を受け入れただろう。けれども今はそれを拒んでいる自分がいる。もっとキアランの力になりたい。……たとえ共にいるのがあとわずかな時間だとしても。代わりの護衛が見つかるか、法律が制定されればアレックスの役割は終わりだ。二度と王宮に足を踏み入れることはないだろう。憲兵は街を守る職業人だ。平民である自分はもう呼ばれることもない。
 それでもいい、彼のためになるのなら。

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