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 次の日、アレックスは留置所へと足を進めた。服はルークが差し入れたらしく文官服からプライベートの服に変わっていた。文官の制服から普段着へと着替えたらしく昨日よりかはくつろげそうだ。しかし彼の目の下のクマは濃い。

「寝れてるのか?」
「ええ……ベッドの中に入ったらすんなりと。文官室で三日間徹夜をしてその上仕事が残っている日よりはまだ良い方ですよ。それよりも、せっかく想いが通じ合ったのに貴重な時間を無駄にしてしまいました……あなたと同じベッドで寝られないのが残念です」
「キアランさん、相変わらずだな」

 思ったよりも精神的に消耗していないように見えて安心する。それでも貴族としての意地というか、高貴な身分として弱さを見せられないのかもしれないと気がついたのはすぐだ。
 アレックスにはまだ弱みを見せられないのだろうか。少しだけ心に引っかかった。

「ルークさんが来てお前の潔白を証明しようと動いてる。気を確かに持てよ。間違っても犯していない罪を自白なんてするんじゃないぞ」
「はい。大丈夫です。1日も早くあなたを抱くためにがんばりますよ」
「……全く」

 今まで猫をかぶっていたみたいに紳士的だったのに、恋人になった途端変態的な発言が目立つようになった。そんなにアレックスとセックスをしたかったのだろうか。呆れはしても恋心が冷めることはなかった。むしろ自分だけには心を許してくれてるのだと嬉しさが湧く。

「で、取り調べについてなんだが、近衛兵は気になることを言ってなかったか?」
「そうですね……言っていたとは違うのですが、証拠の印鑑に少し違和感を感じました」
「違和感……?」
「ええ。持つことは叶わなかったのですが、一瞬だけ見せられまして……綺麗すぎるんですよ」
「綺麗すぎる?」
「ほら、前に見せたでしょう?あの時……」
「面会は終わりだ!留置所へ戻れ!」

 キアランが本題を言おうとした時に近衛兵がそれをさえぎる。あっという間にキアランを連れて行ってしまった。
 その後キアランをせき立てた近衛兵に明日は取り調べのため面会を禁止された。よほど容疑者に情報収集をしてほしくないのだろう。キアランは疑いが晴れるまで留置所に収容されるという。一体いつ終わることやら。キアランの心細さを思った。

「……よし今から印鑑について調べるか」

 あの青い石の印鑑。それが綺麗すぎるとは。ダメ元で街中の印鑑屋を訪ねる。キアランの偽印を作った人物の手がかりが見つかるかもしれないと思ったからだ。
 問題は印鑑屋が小規模でも大規模でも複数店舗あったことだ。アレックスは地道に一軒一軒フィンレーの印鑑について聞いていった。仕事では足を使えと長年言われてきて自身も同感だと思っているからだ。

「なんでこんなに多いんだよ」

 意識していなかった時は気にしなかったが、余す事なく探すとなると、あちらにもこちらにもあると気がついてしまった。しかし聞き込みは思ったよりも捗らなかった。一端の憲兵であっても店の守秘義務のために情報を教えようとする店主はあまりいなかったのだ。いたとしても身内のみに注文を受けるこじんまりとした店で、いずれもキアランは注文していないと言われた。
 半分ほどの店舗を訪ねて鐘が鳴る。そうすると飲食店や夜の店以外は皆店じまいを始めた。アレックスも、今日の聞き込みは時間切れだと諦めた。
 結局成果はなし。自宅に帰ってルークに報告するために今日得た情報を記して休んだ。
 次の日、アレックスはルークの別荘へと向かった。情報のすり合わせをするためだ。屋敷には相変わらず強そうな護衛と侍女たちが滞在していた。

「僕の面会が制限された。貴族だから賄賂とか不正をするんじゃないかってね。しないよそんなの。とりあえず面会はそっちに任せるね。……あと五日で僕たちが冤罪の証拠を集めないといけなくなった」
「悪いんだが、ルークさん俺も面会を制限されちまった。誰にも接触されたくないようだ」
「あーもうなんなのーー!キアランに話を聞くこともできないじゃん!」

 時がゆっくりと流れていそうなこの部屋で、二人は向かい合っていた。ルークは優雅に色が濃く香りの良い紅茶を一口分口に含むとティーカップをソーサーに静かに置く。
 苦渋の表情を浮かべながらアレックスに大切な情報を伝え始めた。どうやら情報収集は芳しくないらしかった。さらによくない知らせが続く。

「五日目の昼にキアランの裁判が始まるらしい。裁判で証拠を持っていかないとほぼ黒……有罪になる。……いける?」

 アレックスから目を逸らしているが、余計なものの音がしないこの部屋はこちらに声がよく通った。ルークの眉間に皺が寄っている。鏡がないため自分の顔はわからないが同じ表情をしているだろう。

「いけるも何も、やるしかないだろう。俺の方からもいいか?」

 アレックスはキアランが感じた証拠品の違和感、印鑑屋を訪ね回ったことを話した。

「そりゃ見つからないよ。文官……特にキアランは副文官なんだから偽造されないような素材とかオーダーメイドしかしないお店に頼んだりするの」

 近衛兵たちの捜査は結構杜撰だ。事件をより早く、多く片付けるために少しの証言と信頼に値するか疑わしい証拠で犯人を決める。しかも、一度被疑者として捕まったらよほどの証拠がない限り結果は翻らない。近衛兵たちも国の中枢を守っているという余計なプライドを持つからか、自分たちの捜査が間違っていると認めたくないのだ。

「なら貴族のルークさんに印鑑屋の特定を任せてもいいか?本人は国に委託してもらったって言ってたから」
「もちろん。ツテを辿ればいけそう。あとは違和感の正体かな……『綺麗すぎる』って……?せめて本物があれば比較できるのに」
「本物?だったら持ってるぞ。壊れてるけど」
「え!どうしてそれを早く言わないのさ」
「持っててもどう証拠に生かすのか分からなかったからな」
「色々あるよ!印鑑屋に本物と偽物の違いを証言してもらうとか、偽物は一回も書類で使ったことがないって証明するとか……!」
「証明なぁ……待てよ、ずっと本物を使い続けてる……?……そうか!ならいけるかもしれないな。ルークさん、これを探すことはできるか?──」

 モヤモヤとした証拠への道筋がはっきり見えてくる。それを絶対に逃すまいと、ルークに協力を仰いだ。
 次の日、早速アレックスは具体的な証拠探しを行う。証人としての印鑑屋探しはルークに任せてアレックスは王宮の書類部屋へと向かっていた。

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