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「……アレックスさん、一緒に暮らしませんか」

 帰りの馬車でキアランに提案された。
 それはまた急だと思っていると、キアランがさらに言葉を続ける。

「王宮から貴方のご自宅までかなりの距離があるでしょう?毎日通うとなると刃物で刺されて怪我をしている貴方にとって大変だと思います。その点私の寮からですと半分の距離で済みますよ」
「キアランさん一人暮らしの家では?勝手に同居してもいいんですか」
「大丈夫です。手続きさえしてしまえばあとはどうとでも。それに部屋が余ってしょうがないので使ってください」

 恋人は結ばれたらすぐに同居するものなのかと疑問に思うところもあるが(少なくともアレックスはもう少し親密になってから住みたいとは思っていた)、通勤距離についてはもっともだ。だがアレックスがもっと懸念していることがあった。

「キアランさんの提案を飲みましょう。家賃は折半という事でいいですか」
「ええお願いしますね。それと敬語はやめてください。私と貴方の仲なのですから」
「はあ……それはあんたも同じだと思うけど」
「これはしょうがないんですよ。職業病のようなものですから」

 なんやかんやあってキアランの思い通りになることが多いなとアレックスは思った。現に休暇先までフィンレー呼びであったのにプライベートでは名前で呼んでくれと言われ受け入れることになった。
 引越しの準備は仕事の復帰後にすることとなり、大通りで別れる。アレックスの住む集合住宅の通りは馬車が通れるほど広くないからだ。ちなみに荷物はすでに送られている。

「では明日この場所に迎えに来ますね」
「はは……はあ」

 わざわざ馬車を呼ぶのだろうか。休暇先にバカンスで人気の地域を選んだことを考えると、この男ならやりかねない気がする。結局聞けなかった。

「じゃあまた明日」

 緩く手を振ると微笑み返してくれる。そのまま帰路に着いた。順風満帆な日、だからその時はまさかあんなことになるなんて思わなかったのだ。その不穏な影は、予感さえ感じさせなかった。

 疲れが溜まっていたのか、次の日の目覚めは良くなかった。胸がなんだかモヤモヤする気がする。何か大事なものを忘れてしまったような。自分の勘は当たることが多いのだ。
 アレックスはそういう日もあるだろうと流し、軽く体をほぐす運動をする。仕事の支度を行い昨日提案された待ち合わせ場所へと向かった。しかし、待てど暮らせどフィンレーはやってこなかった。まさか忘れてしまったわけでもあるまい、色ボケして寝坊をするのもあのきっちりしてそうなキアランにはありえない気がする。
 結局待っていたら遅刻すると思い、刺し傷の塞ぎ切らない腹を軽く押さえて王宮へと向かう。

「……どうした……?」

 アレックスは警戒心を強めた。見ない顔がいる。職場にさらに近づくとリンドールの部屋を出入りする男たちが多い。しかも皆服装からして王宮を守護する近衛兵たちだ。どうしてそんな役職がキアランの部屋なんかに。今更アレックスを差し置いて誰かを雇ったとか……それならキアランが真っ先に伝えてくれるか。キアランの影がないことに余計に不安を覚えてくる。早く会って安心したい。
 近くにいたヒラの文官を捕まえて噂話をするていで声をかけるとあっさり情報は得られた。

「どうしたんですか?」
「どうしたもこうしたもありませんよ。フィンレー副文官が女性に乱暴を働いたらしいですよ」
「はぁっ……?どういうことだ」
「だから副文官が……」
「そんなことはわかってる。どうしてあの人がそんな真似するってっ……」
「知りませんよ~真面目な顔して加虐趣味でもあったんじゃないですか?」

 そんな戯言をいう文官をおしのけキアランの部屋へと向かおうとする。今、彼は。しかし、近衛兵に侵入を阻まれた。

「なんで入れないんだ。お前らキア……フィンレーさんをどこやった?」

 強い口調で問いただすと、面倒臭げな雰囲気を隠さずに無表情で答えられる。

「フィンレー被疑者は留置所ですが。面会でしたら許可をとってからお願いします」

 呆然としていると近衛兵たちがいなくなった。遠巻きにことの次第を眺めていた野次馬たちも仕事に戻って、閑散とした光景が空いたドアから見えてくる。

「嘘だろ……あの人が暴行……そんなことするはずがない」

 野次馬たちから聞こえてきた噂話によると、キアラン本人はアレックスが待ち合わせ場所へついた時よりも前に自宅で連行されたらしい。先ほどの騎士たちは証拠となる書類や物品等を持ち帰っていったのか、仕事道具や本がごっそり無くなっていた。喪失感によってその場で立ち尽くす。流石に鍵のかかった棚は手出しが出せなかったのか剣で傷がついているだけで中身は取り出されていなかった。後日近衛兵が取り出すだろう。
 護衛をしようにもキアラン本人がいなければ意味がない。アレックスは少し痛む腹を抱え留置所へと向かった。
 面会はあっさり許された。だが近くに監視付きだ。会話した内容を記録して取り調べや証拠を得るためだろう。犯人と決めつけているのがありありとわかる。

「キアランさん、居心地はどうですか」
「まあまあです。やはり貴方と過ごしたホテルの方が居心地が断然いいですね」

 留置所に捕まった恋人に何を話していいのか。初めてで的外れな事を聞いてしまう。軽口をいえるくらいには精神的には追い詰められていないらしい。いや、意地を張っているのかもしれないが。彼は元々弱音を吐くことがない。今も辛いが我慢しているかもしれない。

「差し入れとか欲しいものはあるか?」
「そうですね……触り心地の良い毛布があるとありがたいです。こちらのものはちくちくしていまして」

 しばらく沈黙が続く。本当に聞きたいことはそれではない。アレックスはキアランの顔をじっと見つめて尋ねた。

「……なぁ、気を悪くしないで聞いてほしいんだが、あんたはやったんじゃないよな。俺は信じてもいいんだよな……あの告白のこと」
「ええ。あの時の言葉は嘘偽りのない真実です。私は今、貴方ただ一人を愛し繋がりたいと思っています。他の方に貴方の代わりは務まりません」

 留置所の、しかも監視がある中で熱烈に告白されて耳が熱くなる。もう少し周りのことを見てほしい。

「そんならいいんだ……また面会してもいいか?」
「はい。楽しみに待っています」

 そうして短い面会時間は終わった。次に憲兵舎の方へと向かう。アレックスの元々の所属はこちらであるから捕まっている間の指示を仰ごうと思ったのだ。
 留置所を出て少し離れた憲兵舎へ向かおうとした時、やかましい馬のいななきと車輪が止まる金切り音が耳につく。

「ちょっとキアラン!キアランはどこなの!こんなとこに閉じ込めるなんてさ!」

 護衛達と共に馬車から顔を出したのは、つい先日出会った馴染みのある顔だった。

「ルークさん……?」
「あ!なんでこんなとこにあんたがいるのさ。というか面会!アレックスはここでちょっと待ってて!いい?わかった?」

 頷くと大荷物を持った護衛と共に入り口へとズンズン入る。手持ち無沙汰で留置所近くの公園のベンチでぼーっと過ごす。
 明日からどうすればいいだろう。自分にできることは無いだろうかと再現なく思考は巡る。時間が過ぎるのもあっという間で、ルークに名前を呼ばれハッと気がつく。

「何辛気くさい顔してんの。ついてきて、作戦立てるよ」

 ルークがやってきて顎をくいとあげる。ついていくと馬車に乗らされ程なく動いた。振動を尻で感じながら外を眺める。方向的に貴族街へと向かうらしかった。

「キアランが捕まったって聞いて急いできたんだけどあんたは詳しいこと聞いてない?」
「いや俺は……女性に乱暴したってことくらいしか聞いてないです」
「あー……キアランの護衛なのに何やってんのさ……!昨日キアランの家について行けば逮捕されるのも防げたんじゃないの?」
「いや……」
「まぁいいや、情報は得たから着いたら整理ね」

 書類の束を振ってアピールする。留置所に行ったあの短時間で情報を得たのか。そもそもアレックスがそばにいない時に被疑者になったのだから連行されるのは防ぎようがないとは思うのだが。それを言うとルークからまた睨まれそうなので黙って座っておく。
 到着した場所は貴族の居住区域にある広々とした屋敷だ。庭が広く歩いて屋敷に着くのにも一苦労そうだ。

「久しぶりだから庭の手入れがなってないね、ここ、伸びすぎ。庭師呼んでおいて」

 アレックスの目には十分すぎるほど整った生垣や大木だが、ルークには不十分であったらしい。ぶつぶつ小言を言いながら屋敷へ入っていく。
 二人と護衛は静かに座れる部屋へと向かった。アレックスは客人の扱いで荷物やコートを預かろうと侍女たち近寄ってきたが、慣れていないアレックスは丁重に断った。
 久しぶりに来たとは思えないほどに室内の調度品は綺麗に磨かれている。ルークとアレックスが椅子に座り書類を置くと同時にティーワゴンがやってきた。

「で、これが事件の概要」

 お茶を一口飲むと早速書類を手渡された。ざっと読んで確認をする。専門用語の多いそれは自分の中で噛み砕いて理解するのに時間を要した。要約するとこうだ。
 キアランは数週間前、夜間に女への性的な乱暴を働いた容疑で近衛兵に捕まえられた。女の証言と、落ちていたキアランの印鑑から被疑者として浮かび上がった。
 この日付はアレックスがボランティアで文官室を夜間見張りしていた時期と重なる。つまり夜間のキアランの行動をアレックスが証言することはできない。

「……どうせあいつでしょ。名前は知らないけどキアランを狙ってたってやつ。嵌めたんでしょ」
「多分そうですね」
「あーもうむかつく!問題は犯人を見つけるよりもフィンレーが犯罪をしてないって証明する方が難しいってことなの」
「乱暴されたって事件は実際に起こったのか?」
「それはわかんない。僕も情報の裏取りはしてみるけどあいつの差し金で無実の罪を作ったって方が正しいかも。けど印鑑がなぁ……素人には真似できないように複雑な造形だからさ……どちらにせよ鍵付きの文机が開けば印鑑は偽物だってわかるだろうね」
「あー……それ難しいかもしれません」
「どうして?」
「印鑑は新しいのを作ってる最中だったんです。修理してもどうしようもないくらいのヒビができてしまって」
「はぁ?印鑑ってしかも王宮の書類で使うのはかなり丈夫って聞いてたんだけど」
「それが……泥棒らしき怪しいやつを捕まえようとしたはずみで……」
「ならダメじゃないのさ……この分だと印鑑をなくしたから新しいのを作ったってことになっちゃう!」
「とりあえず印鑑を頼んだ日の日付確認しないと」

 ルークは証言者の女と印鑑業者に聞き込みに行くらしい。

「しばらくはこっちにいるから何かあったらここまで来て。ここ、王宮から近いから」

 そう言って解散した。その後アレックスは憲兵舎の上司のもとへと向かった。今のアレックスは雇用主が捕まっているので身分としては護衛ではなく憲兵に戻る。そのため憲兵舎にいる憲兵長が上司に当たるのだ。
 相談したところ仕事はとりあえずキアランの判決が決まるまで待機と言われる。これは事件の情報収集をするチャンスだと思った。

「絶対に無実だって証明してやる……」

 家に帰ると乱雑だった机を片付けて紙を広げる。ペンを手に取り事件日程、場所、証言の整理をしていった。
 キアランが無実だと証明する方法を考えていると、腹が鳴った。そういえば午前中はゴタゴタしていて昼飯も取っていなかった。家にあったもので簡単に済ませ、そのうち部屋の中も薄暗くなってきたので照明をつける。
 結局、無実の証拠を見つける前にこれ以上頭を絞っても考えることはなかったので早めに寝ることにした。明日ルークに知恵を貸してもらう方がいいかもしれない。
 ……キアランはちゃんとした布団で寝られているだろうか。アレックスは泊まりの任務で寝具さえない状況で眠るのは慣れているが、キアランは貴族だ。きっとろくに寝られないだろうとは思った。その中で取り調べを受けるのは辛いだろうとも。

「……待ってろよ。絶対助けてやるからな」


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