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しおりを挟む「場所を教えてくれ!」
アレックスの叫びで弾かれたように若者たちは返事をした。
「ああ!」
「ついてきなよ!」
「……私はルーク様に知らせる。残りはあなた方についていこう」
護衛の一人が率先して指示をしてくれる。今にも飛び出したかったが、それを聞いて行動を開始した。
若者の一人の案内に従って薄暗く狭い路地へと向かう。段々と日光が届きにくく薄暗い路地へ、人々の衣服も一等地の人が着るものからほつれや穴が目立つ服装を身につけている人々が多くなってきた。心なしか下水道のような匂いもうっすらとする。路地に座り込んでいる汚れた老人は浮浪者だろうか。
華やかで明るい観光地とは裏腹にこういった人々が貧しい暮らしをおくる場所もやはりあるのだろう。アレックスが憲兵をしていた時もこう言った裏路地の警戒は怠らなかったし、無くなる事はなかった。
街は、国は綺麗な部分だけではあぶれるものがあるその受け皿がこの裏路地のような存在かもしれない。国全体が豊かになっても恩恵を受けられないものがどうしても出てくる。キアランがそのことを聞いたらどう思うだろうか……軽蔑されるだろうか。彼ならばすべての人を余さず豊かになれるように尽力する気がする。
ふと思考を巡らせると必ずキアランに結びついてしまう。アレックスは両頬を叩いて気合いを入れ直した。
「ここです」
案内された場所は寂れた空き家だった。夜逃げをしたように生活用品がそのまま残っていてその上に埃が降り積もっている。
一般人である若者には下がってもらい、アレックスとルークの護衛は音を立てないよう中に侵入する。すぐにキアランの後ろ姿が見えた。椅子に縛り付けられ逃げられないようにしている。連れて行かれるときに揉めたのか所々服が黒く煤けていた。ドアの奥の方には犯人らしき人相の悪い男がキアランを睨む。
「…………私を拐かしても意味はありませんよ」
犯人が何を言っているか聞き取れなかったが動きは見えた。彼または彼女はためらいなくキアランの顔をはたいた。彼の犯人に媚びることのない頑なな態度に苛ついているらしい。賢いキアランのことだ、煽るような事は言わないだろうが犯人が短気な場合は意味を為さない。
次に出したのはナイフ。アレックスの背筋が怖気立った。まさかキアランを傷つけるつもりか。
「やめろっ……」
「待ってください!アレックスさん!……」
後先考えず、体が勝手に動く。護衛の仕事を全うしようだとか関係ない。ただ、好きな人のことを守りたい。そのために自分の身など関係ない。
隙間の空いていたドアから飛び出して犯人の腰に飛び掛かる。不意打ちで犯人を押さえつけようと、抵抗されるのも構わず地面に押し倒そうと力任せにいく。キアランを怪我させたくない一心で、憲兵としての犯人の捕まえ方などすっかり頭の中から取っ払われていた。
「アレックスさん!」
護衛に名前を呼ばれ、動きをゆるめるとルークの護衛が素早く犯人を縛る。観念したのか抵抗するそぶりは見せない。いつの間にか解放されていたキアランがこちらに駆け寄ってきた。
「あなたは!無茶をして……!!」
その声色に焦りと軽い怒りを感じた。叱られることなんて今までなかったから、そんなに悪いことをしたのかと戸惑う。
と同時に安堵から体の力が抜けてくる。疲れていないはずなのに勝手に体が言うことをきかない。不思議だ。フィンレーが腹を直視するので視線を辿ると横腹にじわりと血が滲んできた。それが衣服を赤黒く染めていく。犯人と揉み合っていた時はアドレナリンが湧いて何も感じなかったのに、ジクジクと痛みが襲ってきた。
「布はありませんか……!早く血を止めないと!……アレックスさん!」
血を失ったからか目の前が薄靄にかかったように朧げになる。寒くないのに冷や汗が全身から吹き出して風邪の前ようなだるさ。ずんと重い痛み。歴代の痛みの記録を塗り替えてしまいそうだ。
「あ……おれ……」
「動かないで!横にしますね……医師を呼んでください!」
舌が痺れて満足に言葉が紡げない。周囲の慌てぶりと、手を鮮血で汚して止血しようとするキアランの様子に事態の重大さを察する。慌ててナイフを抜こうとしているのを護衛に止められている。
失血しているという衝撃で頭が呆然としてくる。それと同時に死んでしまうのではという恐れがアレックスの中で支配している。いやだ、死にたくない。まだキアランのことを守りきれていない。
「フィンレー……さん……」
「アレックスさん!ああ……絶対に目を閉じないでください……」
「……フィ……」
「ごめんなさい、私が不誠実でした。私の方から口付けをしたというのにその後何もなかったように振る舞って、若者と貴方が親密なのに嫉妬してつまらない態度をとってしまいました……臆病で、意地の悪い私を許してください……こんなことになるならもっと貴方を大切にしたのに……」
朦朧とする中で聴覚だけははっきりと機能していた。目の前の光景はぼんやりとしていたがキアランがはらはらと涙をこぼして懺悔する様は誰よりも美しかった。
「そういう……だいじな、ことは……ゲホッ……もっとはやく……いってくだ、さいよ……」
ようやく絞り出した声もむせこんで吐血した。キアランがアレックスの止血をやめずに言葉を紡ぐ。
「何か、帰ったらやりたいこととかありますか?ほら、ホテルにこもったりゆっくりするのできていないでしょう?それに、あなたが行きたがっていたカフェの予約がとれたんです。絶対に行きましょうね」
意識を無くさないように一生懸命話しかけてくれてるのがわかる。こんな時に不謹慎かもしれないが自分のためにこんなに慌てふためいてくれるのが嬉しい。ただぼんやりと、思考がはっきりとしない。
「……はは……なら一つだけ伝えてもいいですか……」
「一つだけじゃなくていくらでもいいですからっ……」
「おれさ……あんたのこと、すきだったみたい……」
このまま自分の胸に秘めていることもできた。だがどうせ死んでもう会えないならばと思いが口をついて出た。身勝手だとは思うが、自分の気持ちを知って欲しかった。
目の前の心残りを一つ達成できて満足する。あとは妹に一言伝えたいなとつらつら考えていると意識がさらに鈍る。そのままキアランの返事を聞かずアレックスは瞳を閉じていった。
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