上 下
7 / 38
1

6

しおりを挟む
 

 キアランに口付けの意図を聞けず数日が経った。
 今度こそ捕まえてやろうと三日に一回は副文官室で夜を過ごす。前回は運良く侵入者が丸腰で逃げられただけだったが、次は護身用に武器を携帯しているかもしれない。キアランにけがをさせる可能性もあることから一人で過ごした。
 月夜の中ふと思い出すのは薄いが柔らかだった唇の感覚。嫌ではなかったのだ。むしろもっと口付けしていたいとさえ……無意識に自身の唇に触れそうになるたびに首を振ってやめた。
 徹夜であると体が辛いため待ち伏せは床に座って浅い眠りをとる。しかし泥棒らしき男は現れなかった。そろそろ夜警の頻度を下げようかとアレックスは考えた。これだけ熱心に泥棒のことを追いかけるのはキスのことを考えないようにするためだった。
 キアランの態度は以前と全く変わらなかった。まるで夢の出来事と思うくらいに。キアランにとって挨拶程度のものだったのかもしれない。
 しかし、アレックスにとっては違った。
 
「今日はこのくらいにしておきましょう」
 
 他の文官が持ってきた書類を眺め難しい顔をしていたキアランが顔を上げアレックスに声をかけた。なぜか中段の棚を開き黒塗りの四角い箱をよく観察してこちらに聞こえるか聞こえないかくらいの大きさでため息をついた。何かミスでもしてしまったのだろうか。
 
「何か起きたんですか」
「アレックスさん、前見せた印鑑がありますよね。どうやら壊れてしまったらしくて。見てください」
 
 いらなくなった雑紙に朱肉をつけた印鑑が押される。角の一片が欠けているのと青いキラキラとした破片が混じっていた。
 
「この印鑑、壊れやすくて少しの衝撃でこんなふうにひび割れてしまうんです。ですから印を押した書類に訂正印をする必要があります。その作業は明日するとして……」

 印鑑を持って指先でくるくると回している。アレックスはひび割れた先の綺麗な色に惹かれた。深い青。黒塗りの印鑑はそんな素顔を残していたのか。

「その印鑑って捨てるんですか?」
「ええ。悪用されてはいけませんので粉々に砕いてから」
「じゃあ俺が貰ってもいいですか?半分に割って使えなくなるようにして。絶対に売りませんので」
「いいですよ。宝石が好きなのですね」
「ええまぁ……」

 キアランの持つ瞳の色に似ているそれになぜだか惹かれた。それを本人に言うには気恥ずかしくてできないけれど。
 帰ったら持ち運びしやすいように加工してみようか。お守りにしたらキアランが常に守ってくれそうだ。

「さて、気を取り直してまずは新しい印鑑を作らなければなりません。今日の業務は進められませんね……」
 
 それなら仕事が終わってラッキーだと思ったが、それだけでは終わらない。新しい印鑑が必要だからだ。
 さっそく王侯貴族御用達の印鑑屋を呼び出し文官室で見てもらう。印鑑屋は割れた印鑑を見ると渋い顔でこう言われた。
 
「ん~……これは……特殊な素材でできておりますので、材料調達も合わせると早くても6日はかかるでしょう」
「6日ですか。仕方がありません、ではお願いしますね」
「かしこまりました」
 
 すぐに渡すことができないと印鑑屋は恐縮して帰っていった。6日も仕事ができないとなれば、キアランはかなり困るだろう。どうするのかと静かに彼の後ろに立っていたところ、腕組みして何やら考えていたと思ったら引き出しから取り出した紙に何やら書き出した。
 
「……今から6日間、有給ということにしましょうか」
 
 書いていた書類は有給届だったらしい。休暇関連の文官の部屋に行き早々許可を取ると、帰宅のために荷物をまとめる。帰りましょうと言われアレックスも机の上に広げていた本をしまう。
 
「いえね、常々上からは休みを取れとしつこく言われていたので長期の休みもあっさり取れました」
 
 一人暮らしだと休んでもやることはないですし。と続け、王宮の門へと向かう。こんな昼間に部屋から出たらまたあのいけすかない貴族に絡まれるかと思ったが、気持ち悪いくらい静かだ。なんとなく嵐の前触れではとアレックスは不安に思ってしまう。
 とりあえず思いがけない休みができたので筋トレや部屋を綺麗にしたり、妹のところへ行って仕事を手伝うのもいいかもしれない。
 
「アレックスさん、そこでお願いがまたあるのですが……パスポートは持っていますか? 泳ぐことはできますか?」
「何だって?」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

偽物の僕。

れん
BL
偽物の僕。  この物語には性虐待などの虐待表現が多く使われております。 ご注意下さい。 優希(ゆうき) ある事きっかけで他人から嫌われるのが怖い 高校2年生 恋愛対象的に奏多が好き。 高校2年生 奏多(かなた) 優希の親友 いつも優希を心配している 高校2年生 柊叶(ひいらぎ かなえ) 優希の父親が登録している売春斡旋会社の社長 リアコ太客 ストーカー 登場人物は増えていく予定です。 増えたらまた紹介します。 かなり雑な書き方なので読みにくいと思います。

【BL】星座に愛された秘蔵の捨てられた王子様は、求愛されやすいらしい

かぎのえみずる
BL
主人公の陽炎は望まれない子供としてこの世に生を受けた。  産まれたときに親に捨てられ、人買いに拾われた。 奴隷としての生活は過酷なものだった。 主人の寵愛を得て、自分だけが境遇から抜けださんとする奴隷同士の裏切り、嫉妬、欺瞞。 陽炎は親のことを恨んではいない。 ――ただ、諦めていた。 あるとき、陽炎は奉公先の客人に見初められる。 客人が大枚を払うというと、元の主人は快く陽炎を譲り渡した。 客人の肉奴隷になる直前の日に、不思議な妖術の道具を拾う。 道具は、自分の受けた怪我の体験によって星座の名を持つ人間を生み出す不思議な道具で、陽炎の傷から最初に産まれたのは鴉座の男だった。 星座には、愛属性と忠実属性があり――鴉座は愛属性だった。 星座だけは裏切らない、星座だけは無条件に愛してくれる。 陽炎は、人間を信じる気などなかったが、柘榴という少年が現れ――……。 これは、夜空を愛する孤独な青年が、仲間が出来ていくまでの不器用な話。 大長編の第一部。 ※某所にも載せてあります。一部残酷・暴力表現が出てきます。基本的に総受け設定です。 女性キャラも出てくる回がありますので苦手な方はお気をつけください。 ※流行病っぽい描写が第二部にて出ますが、これは現実と一切関係ないストーリー上だとキャラの戦略の手法のうち後にどうしてそうなったかも判明するものです。現実の例の病とは一切関係ないことを明記しておきます。不安を煽りたいわけではなく、数年前の作品にそういう表現が偶々あっただけです。この作品は数年前の物です。 ※タイトル改題しました。元「ベルベットプラネタリウム」

俺をハーレムに組み込むな!!!!〜モテモテハーレムの勇者様が平凡ゴリラの俺に惚れているとか冗談だろ?〜

嶋紀之/サークル「黒薔薇。」
BL
無自覚モテモテ勇者×平凡地味顔ゴリラ系男子の、コメディー要素強めなラブコメBLのつもり。 勇者ユウリと共に旅する仲間の一人である青年、アレクには悩みがあった。それは自分を除くパーティーメンバーが勇者にベタ惚れかつ、鈍感な勇者がさっぱりそれに気づいていないことだ。イケメン勇者が女の子にチヤホヤされているさまは、相手がイケメンすぎて嫉妬の対象でこそないものの、モテない男子にとっては目に毒なのである。 しかしある日、アレクはユウリに二人きりで呼び出され、告白されてしまい……!? たまには健全な全年齢向けBLを書いてみたくてできた話です。一応、付き合い出す前の両片思いカップルコメディー仕立て……のつもり。他の仲間たちが勇者に言い寄る描写があります。

山本さんのお兄さん〜同級生女子の兄にレ×プされ気に入られてしまうDCの話〜

ルシーアンナ
BL
同級生女子の兄にレイプされ、気に入られてしまう男子中学生の話。 高校生×中学生。 1年ほど前に別名義で書いたのを手直ししたものです。

(…二度と浮気なんてさせない)

らぷた
BL
「もういい、浮気してやる!!」 愛されてる自信がない受けと、秘密を抱えた攻めのお話。 美形クール攻め×天然受け。 隙間時間にどうぞ!

「…俺の大好きな恋人が、最近クラスメイトの一人とすげぇ仲が良いんだけど…」『クラスメイトシリーズ番外編1』

そらも
BL
こちらの作品は『「??…クラスメイトのイケメンが、何故かオレの部活のジャージでオナニーしてるんだが…???」』のサッカー部万年補欠の地味メン藤枝いつぐ(ふじえだいつぐ)くんと、彼に何故かゾッコンな学年一の不良系イケメン矢代疾風(やしろはやて)くんが無事にくっつきめでたく恋人同士になったその後のなぜなにスクールラブ話になります♪ タイトル通り、ラブラブなはずの大好きないつぐくんと最近仲が良い人がいて、疾風くんが一人(遼太郎くんともっちーを巻き込んで)やきもきするお話です。 ※ R-18エロもので、♡(ハート)喘ぎ満載です。ですがエッチシーンは最後らへんまでないので、どうかご了承くださいませ。 ※ 素敵な表紙は、pixiv小説用フリー素材にて、『やまなし』様からお借りしました。ありがとうございます!(ちなみに表紙には『地味メンくんとイケメンくんのあれこれ、1』と書いてあります♪) ※ 2020/03/29 無事、番外編完結いたしました! ここまで長々とお付き合いくださり本当に感謝感謝であります♪

隣人、イケメン俳優につき

タタミ
BL
イラストレーターの清永一太はある日、隣部屋の怒鳴り合いに気付く。清永が隣部屋を訪ねると、そこでは人気俳優の杉崎久遠が男に暴行されていて──?

断れないおっさんのお話。

丸井まー(旧:まー)
BL
頼まれたら断れない『便利屋』ことユベール36歳。ヘタレなおっさんの癒やしは、筋トレ仲間であるマクシムの存在である。ある日、ユベールはマクシムに酒を飲もうと誘われて……。 穏やかな地味文官(26)✕ヘタレマッチョ騎士(36) ※リクエストをくださった祭崎飯代様に捧げます。楽しいリクエストをありがとうございました!! ※ムーンライトノベルズさんでも公開しております。

処理中です...