宰相夫人の異世界転移〜息子と一緒に冒険しますわ〜

森樹

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魔導国家ヴェリス編

83話 【閑話】ブラウン殿下の腹の内

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クリス達がゴーストと追いかけっこをしている時の、ブラウンとヴァイオレットのお話です。
ーーーーーーーーーー

~ヴェリス第一王子ブラウン視点~

 クリス様がラファエルを連れて、アルヴィジョに旅立ってから、数日間。彼女達の規格外な強さがあると言えど、異母弟が無事にしているのか、心配になる。もっとも、そんな心配など出来る立場では無いのだが。

 私は今、大きな政変に関する後始末や今後の予定などで追われており、全くもって仕事が追いつかない状況だ。父上である現国王が、完全に腑抜けてしまったのもあり、政務室にこもりっきりになってしまっている。

 自己愛の塊だった父上は、クリスティーナ様や我々からの容赦のない言葉に打ちのめされ、その言葉に奮起する事なく心が折れてしまった様子だ。今日もまた、ただ王室にこもり、母上が用意した書類に判子を押すだけの、何も考える事のない仕事をしているのだろう。我が父上だというが、国王として憐れな末路だと思う。クリスティーナ様から発せられた容赦のない言葉の刃は、正論であるからこそ逃げ道が無く、己の殻にこもるしか無くなったのであろう。

 「ふん…。昔は尊敬していたが、曇った眼鏡を取り払ってみると、いかに無能な王だったかが分かる。母上は人を見る目もあるのに、なぜ父上にああも甲斐甲斐しく世話が出来るのだ?」

 口に出したつもりは無かったが、思わず呟いていたらしい私のセリフを、妹のヴァイオレットが聞き逃さなかった。

 「ブラウン兄様?まだ父上は国王なのですから、不敬ですよ。それに、母上も父上の良いところを沢山知っているからこそ、捨てきれないのでしょう。」
 「あぁ、すまない。あの父上なりに頑張っていた、とは母上の言葉だったな。…どうやら大分ストレスが溜まってきているようだ。」

 ヴァイオレットは出来た妹だ。非常に高い魔力で人を惹きつけ、合理的な考えの元に人を動かすことが出来る。魔道具発明の実績もあり、私よりも余程、次期国王として相応しい。自慢の妹であり、国を共に支えるパートナーでもある。ヴァイオレットの婚約者であり、将来の王配であるセージ殿も、私と肩を並べ政務に取り組んで頂いている。義弟としてみても素直で素晴らしい男性だ。

 ヴァイオレットとセージ殿をしっかりと支える為にも、今、この大きな流れを掴み、国を発展させて行かねばならない。隣国スウェントル王国の発展ばかりが目立ち、話題になっているのも悔しいからな、ヴェリスも負けてはいられない。

 余談になるが、何度か謁見したことのあるスウェントル王国のフィクサー陛下とジェニファー王妃陛下は、仲睦まじいだけで無く、政治力も素晴らしいものがある。民と貴族双方の意見をバランスよく汲み取り、絶妙な政治をしている、素晴らしい御仁で、見習うべき所が沢山ある。全く…父上に、フィクサー陛下の爪の垢でも煎じて飲ませてやりたい気持ちだ。

 「さて、そろそろ軟禁しているアンバーとアザレアの面談もしなければなりませんわね」

 ヴァイオレットより話しかけられ、大きな事件を起こした弟妹の事を嫌が応にも考えなければならず、気分が落ち込むのがわかった。
 ヴァイオレット自身も、やや疲れた表情をしており、似たような感情を胸に抱いているのが伝わってくる。普段、感情を悟らせないヴァイオレットがなんとも珍しい。よっぽど疲れている様子だ。

 「最近、アンバー達も精神的に落ち込んでいる様子ですが…。兄様はアンバー達との面談の際、何をなさっているの?」
 「なに、自分達のしでかした事を、私の前で発言させ、今の現状と結果を自ら話させた上で、その感想を聴いただけだ。いかに自分達の行いが無駄で無能であったかを理解させ、反省を促しているんだよ。」
 「まぁ、中々に意地悪な事ですわね。」
 「血を分けた弟を殺そうとするだなんて、腐った性根を叩き直してやっているだけだ。それに、私自身の反省でもある。これは、私自身にもダメージがくる。ここまで放置してしまっていた私の責任でもあるのだ。次は絶対に失敗しない、という決意と共にな。」
 「兄様、王族全員が反省しなければならない事なのですから、あまり自分を追い込まないでくださいね。」

 今の会話にもあった通り、アンバーとアザレアには個人的に罰を与えている。継承権剥奪と、辺境の地の発展という名の【追放】になったわけだが、それでも、国を揺るがす大事件を起こした自覚を持ってもらわなければならない。

 「あの双子は、頭は悪くない。これから矯正のチャンスはいくらでもある。ラファエルの母親の被害者だったのが、不幸の始まりなのだ。しかし、やらかした事の大きさは理解してもらわなければな…。」

 彼らの本当の辛さはこれからだ。辺境の地の開拓と言えば格好いいが、無法地帯をまとめ上げるのにどれだけ力を使わなければならないか。

 更には、先行して規格外のクリスティーナ様御一行が、アルヴィジョ中央部を探索しているとなると、クリスティーナ様達は高確率でしっかりした結果を出すだろう。何せ英雄なのだ。

 アンバーとアザレアは、英雄達と同等以上の結果を、従える民や貴族達に無意識下に求められるのだ。それは、尋常ではないプレッシャーだろう。しかも、自らが害そうとしたラファエルも英雄に同伴しているのだ。負けていられないという気持ちも出てくるだろう。

 …そんなの、しんどすぎる。同情もするが、自業自得とも言える。

 「…しかし、クリス様はラファエルを連れて行って、どうなさるおつもりかしら…。」
 「…ラファエルがエイルーク王家から抜けたのは、アンバーとアザレアの件はきっかけに過ぎないだろう。幼少の頃からの不信感が積もり、爆発したのではないかと、思う。」
 「えぇ、今になって、もっと姉として、ラファエルと面と向かって話しかけておけば良かったと思います。過ぎた事ですし、失った信頼は取り戻す事は難しいですわよね…。もう、ラファエルは王宮には戻って来ないつもりでしょうか…。」

 ヴァイオレットの言う通り、もうラファエルは【戻って来ない】という確信にも近い予感がある。ラファエルは、我々に対して兄弟の情は多少あるだろうが、信頼はしていないだろう。血を分けた兄姉に殺されかけたのだ。死にかけて絶望している時に、ラファエルに差し伸べられた英雄御一行からの救いの手は、ラファエルにとって求めてやまないものが詰まっていたのでは無いだろうか。

 アクセル様という親友という役割、そしてラファエルにとって幼い頃に奪われた母親としての役割を担うクリスティーナ様。またポール様やモニカ様という、クリスティーナ様の従者ではあるが、過大な遠慮をする事なく接してくれて、誤った事をすればそれと無く指摘をしてくれる兄や姉のような存在。

 もし、ラファエルが心から落ち着ける場所が、クリスティーナ様一行の元であるならば、無理に連れ戻すことなぞ出来るはずも無い。

 「…たとえ、ラファエルが王宮に戻ってくるつもりが無くても、ヴェリスの第五王子としての立場と役割はあるのだ。いつでも戻って来ても良いようにしておくさ。」
 「ふふ、ブラウン兄様、ここ数週間で、一気に良い男になりましたわね。」
 「今までがダメみたいな言い方だな。ヴァイオレットも、女王としての貫禄が出て来たぞ。」
 「あらやだ。貫禄だなんて。乙女に向かって失礼ですこと。」
 「ん?女傑はいても、乙女なんて者は私の目には映っていない……ちょ、ヴ…ヴァイオレット?右手に込めた魔力から殺意を感じますよ?謝るからやめましょうね?うら若き乙女のヴァイオレットさん?」
 「はい、判れば宜しい。」

 この様な悪ふざけをしつつも、政務にしっかりと取り掛かる。今後、女王の重責を担うヴァイオレットの肩の荷が少しでも軽くなる様に、影に日向に、国と民、そして次期女王である妹を全力で支え、守っていく事が、今までの私の罪滅ぼしなのだ。

 「さて、やる事は沢山あるぞ。気合いを入れていこうか!」
 「えぇ、兄様。ヘリオトにも手伝って貰いましょう。」

 まだまだ、ヴェリスの改革は始まったばかりだ。今後のヴェリスの未来を思い、気持ちを新たに気合いを入れ直したのであった。


 しかし、私の見通しはまだまだ甘かったと、心底反省する事になる。


 近日中に、クリスティーナ様御一行がラファエルと共にアルヴィジョ跡地より戻って来た際、とんでもない『者』を持ち帰って来た事で、一時的に政務どころではなくなり、ラファエルも規格外の仲間入りした事となり、私もヴァイオレットも、前代未聞の出来事に遠い目をする事になるのであった。

ーーーーーー

久しぶりに連日投稿しました。

初めての一人称視点が、まさかのブラウン。
今後、メインは三人称で進めていきますが、閑話では一人称視点をちょくちょく、入れていこうと思います。

あー勉強が嫌になってちょっと逃げてます。これからも亀更新ですが、宜しくお願いします。
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