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魔導国家ヴェリス編

82話 研究材料にどうかしら?…冗談ですわよ?

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 アルヴィジョ王城跡地、最下層のボス部屋は、今混沌とした空気に包まれていた。

 『い…いやぁぁぁ!純粋に成仏させてくれたらそれでいいのです!実験なんて嫌よ!来ないで!』

 美女の亡霊は、凄い勢いで文字通り飛びながら逃げ回っている。美男の亡霊と並んで逃げているが、時々美女の亡霊が美男の亡霊を《ドンッ》と押しているのが見える。

 『ミリアぁぁぁ!?この300年、一緒に封印されてた僕をスケープゴートにでもする気かぁ!?』
 『ダナン!そんな情緒なんて、こんな規格外の前では塵も同然でしてよ!先の少年二人に王道に滅せられたいの!こんなサイコ魔女が後出しで出てくるなんてぇ!』

 美しい亡霊の背後には、クリスがローブを両手で摘むようにたくし上げながら、美しい蕩ける様な笑顔で、凄いスピードかつ優雅な姿勢を崩さずに、亡霊を追いかけ回していた。

 ローブに隠れて見えない足元から《シャカシャカ》と布が高速で擦れる音が待機しているモニカやポール達の所まで聴こえてくる事から、クリスが凄い勢いで走っているのは伝わってくる。

 しかし、クリスの上半身は一切ぶれる事なく優雅な姿勢を保っており、素早く走る速度と上半身のブレの無さによる違和感で観ている者達に形容し難い不安感と微妙な恐怖心を植え付けることに成功していた。ただし、「母上、カッコいいです!」と、一人興奮しているアクセルを除いて、と注釈がつく。

 「うふふ。痛く致しませんわ!すこーし、お話をお聞かせ頂きたいだけですの。」
 『嘘だ!さっき、【あら、成仏したいのなら、私の実験に付き合ってくださいませ?】って言いながら、禍々しい魔力を纏った宝石を取り出した女の言うことなんて、信じられるか!』

 亡霊が生者であるクリスに怯えて逃げ惑う光景は、なんとも最初のアクセルとラファエルが亡霊と対峙した最初の緊張感からかけ離れており、ラファエルは何故こうなったのかを思い出していた。


 少し時間を遡って、何が起きたのかを観てみよう。


 『我々に慈悲を…』

 女性の亡霊がそう呟き、アクセル達に救いを求めるように近づいてくる。
 美しい顔立ちをした青白い顔色をした美男美女が近寄ってくる様は、ただそれだけで年若い少年達に恐怖を植え付けるのに充分であった。

 「…貴方達は一体…何者なのですか?」

 アクセルがラファエルを背に守る様に前に出、亡霊達と相対し会話を試みる。目的としてダンジョンの踏破だが、少年特有の好奇心から、彼らから感じる敵対心の無さを持って、彼らは一体何者なのか、このアルヴィジョ跡地に『縫い付けられた』と表現したその意味を伺おうとする。

 『我は、アルヴィジョ聖国の後継者たり得た者、第二王子ダナンである。』
 『私は、その妻。ミリアですわ…。』
 『過去、人族至上主義を掲げ、エルフや獣人を殺戮していたアルヴィジョ聖国の王族の一人。』
 『私たちは、その殺戮を止めるべく、アルヴィジョに敵対する他国へと内通していました。しかし、ことが発覚し、聖王と神官達に呪い殺されたのが私達なのです。』
 『外部の力を借り、アルヴィジョを良くしようとしたのだ。もう、あの時、内部からではどうしようもなかった。』
 『他国に借りを作ろうとも、国が残ればやり直せると…。』
 『だが、志半ばで我らは死に絶えた。』
 『私達が殺された事が発端となり、既に提供していた私達の情報を元に、他国連合は容赦なくアルヴィジョを滅ぼしました。』
 『我らの行動が元となり、我等が国と民が滅びた。』
 『国が滅びる前に呪い殺された私達は…地下深くに打ち捨てられたまま。今もこうして後悔と共に、この地から動けずにいます。』
 『聖国跡地が、魔物の巣窟となっていくのを黙って見ているしか出来ない無力感。』
 『王城跡地が冒険者に荒らされる屈辱感。』
 『…もう…良いだろう。頼む。我々を…解放してくれ。』
 『お願いします。我々に慈悲を…。』

 無抵抗のまま、自らを解放ころしてくれと言ってくるダナンとミリアに対して、アクセルもラファエルも、完全に尻込みをしてしまった。

 彼らも、アルヴィジョ聖国の被害者なのだ。国を思うが故にクーデターを起こそうとして失敗し、殺された王子と王子妃。クーデターが失敗し、国が滅ぶきっかけになったのは間違いないだろう。しかし、魂魄から呪われ、成仏する事も叶わずずっとこの地に留まり続けていた彼らに対し、無情にも手を下す事など少年達には出来なかった。

 「…そ、そんなの…。悲しすぎるよ…。貴方達に、一つも救いが無いじゃないか…。」

 ラファエルは震えながら、ダナン達に話掛けたが、緩く首を振ったダナンは、悲しさを抱えた瞳でラファエルを見やる。

 『少年よ…。どうか…頼む。』

 無抵抗のまま、手を広げ攻撃を促すように懇願するダナンに対して、ラファエルは首を横に振り、戦意を完全に喪失してしまっている様子だった。

 「ラファエル様!彼らの願いを叶えて差し上げなさいませ!苦痛しかなかった、長い封印より解放してあげるのです!」

 クリスからの叱責に肩をビクつかせるラファエルとアクセルだが、ダナン達への同情心が上回ってしまったのか、二人してすがるような目線でクリスを見つめる。

 (…まったく。お二人ともまだまだ甘いですわね。…二人してウルウルした瞳が可愛いじゃあありませんか。後で、二人まとめて撫で回しの刑ですわ。)

 後ろから見守っていたクリスが一歩前へ出て、後をついてこようとしたモニカとポールには念のためジェンガ達を守っておくように伝える。

 「アクセルさん、ラファエル様。甘さは弱さにつながりますわよ。…まぁ、私はその甘さ、嫌いでは有りませんが…。お説教は後ほど、少し下がって見ていてくださいませ。」
 「!…母上、不甲斐なくて、申し訳ありません…。」

 尊敬するクリスからの滅多にない叱責は、アクセルを落ち込ませるのには十分で、しょぼんとした顔でアクセルはラファエルの手を繋いで数歩下がった。
 ラファエルも同じくしょぼんとした顔立ちで、唇を尖らせて泣きそうな顔を晒していた。

 「あぁもう。アクセルさん、ラファエル様。悲しそうな顔をしないでください。ただ、お話はこの冒険が終わってからですわ。貴族の心構えにも通じる物ですので、今は心を強くある為にはどうすれば良いのか、ご自身でも考えなさい。自ら考える事で、成長に繋がりますのよ。」

 ダナンとミリアの亡霊の前にクリスが対峙し、クリスは優雅な笑みを浮かべて二人を見つめていた。

 『そなたも、凄まじい魔力を持っているな…。どうか頼む。我々に慈悲を…。』
 「そうですね。私が貴方達に慈悲を与えるとして、私へのメリットは何なのか、提示頂けますか?」
 『…は?』
 「私にダナン様達の成仏を手伝って欲しい。はい、それは依頼としては、分かりました。では、ダナン様は私達に何を提示して頂けるのでしょうか?…もしや、元王族ともあろうお方が、自分の要求だけ伝えて、それに対する見返りは無いとでも仰いますの!?」
 『え、いや、我々、既に亡霊だし…。』

 このアルヴィジョダンジョン奥深くまで、何があるかわからない中潜ってきた冒険者が、まさか魔物と化した自分達に要求をしてくるなど思いもしなかったダナンとミリアは、思わず目が点になって狼狽えてしまった。

 そもそもが無条件で攻撃されて、そのまま倒されてもいいとすら思っていたのだ。

 「いえいえ、亡霊だの何だのは、この際関係ありませんわ。」
 『え?関係ないの?』
 「貴方達は、成仏したいという意思と欲求がある。それを叶える為に、我々に依頼を提示したような物なのです。依頼したからには、それに伴う報酬を要求するのが当然でございましょう?」

 クリスがそう伝えた瞬間、背後でジェンガ達が「成る程…確かに。」とジェンガがつぶやいているのが聴こえてきたが、同時に「え?ずっと封印されていた亡霊でも頼む物なんっスか?」とスピナーの突っ込みも入っていた。

 「亡霊の癖に、何狼狽えた表情をしておりますの?あぁ、そうですわ。私、意思のある亡霊って初めて見ましたの。ここから出る事が叶わないと仰っていましたが、封印する場所を変更したら持ち運びとかできるのかしら…?」

 そう言って、クリスは空間収納から黒い数珠つなぎになったブレスレットサイズの聖宝石を二つ取り出した。

 「うふふ。このブレスレットは、破邪のブレスレットでして、ゴースト系アンデットを封印した上で、使役する事が出来ますの。地下深くに封印された強力な地縛霊でも効果があるのか、実験させて頂けませんか?」
 『は?実験?我々を?』
 「あぁ、実験だと言葉が悪いですわね。ここから、お外に出られる可能性にかけてみませんか?失敗しても、どうせ死んでいるんですし、最終的には力技で成仏させてあげますわ。是非、ダナン様ミリア様のより良い成仏の為に、私の知的好奇心を満たさせてくださいませ?それで報酬といきましょう。」
 『あ…貴女という人は、鬼の所業か!300年、二人で封印され、自分の行いを悔やみ続けてきた我々にそのような提案をするなど!』
 「生前の意識の残ったままの亡霊なんて、滅多に無いんですもの。ついでに言うと、貴方達を使役して、証拠として提出の上、今までの出来事を王宮の研究者の前で発表してくれると、より使い道が出来るわね。」
 『嫌だ!とにかく滅してくれ!自分達では消滅できない呪いなのだ!』
 「では、私の提案に協力してくださいまし?」

 ニヤリ、と微笑みを浮かべてダナンとミリアに近づくクリス。
 亡霊なのに後ずさりするダナンとミリア。

 そして、冒頭の追いかけっこが始まったのであった。

 「ねぇ、アクセル君。クリス様って、本当にすごいね…。」
 「えへへ。自慢の母上なんだ。僕も早く、母上の様になりたいな。」
 「え…いや…。まぁ…」

 今、美しい微笑みを浮かべて、亡霊を追いかけ回す高貴な婦人を見つめた後、アクセルがアレになりたいというセリフに、どこか同意しても良いのかと葛藤するラファエルなのであった。
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