宰相夫人の異世界転移〜息子と一緒に冒険しますわ〜

森樹

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魔導国家ヴェリス編

73話 円卓室の断罪5

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 「今後の国の事を考えて、国王陛下自らが結論を出せないのであれば…長兄であるブラウン殿下や長女であらせられるヴァイオレット殿下が、何らかの道筋を示してあげるべきではございません事?」

 これはあくまで提案ですけどね…と付け加えたクリスの眼差しは、他の選択肢を許さない意思を覗かせていた。

 しかし、何故かブラウンもヴァイオレットも、『クリスに認められたい』という気持ちが湧き上がり、国の為、エイルーク王家の為の最善の答えを導き出さねば、クリスに失望されてしまうという強迫観念が働いてしまっていた。

 立場で言えば、こちらは王族、かたや異世界で公爵家といえどこの世界では身分の無い冒険者(既に英雄と呼ばれ、一貴族よりも裕福ではあるが)なのにもかかわらず、その圧倒的存在感と実力に裏付けされた説得力で、年若いブラウンやヴァイオレット、ヘリオトなどはクリスという存在に憧れずにはいられなかった。

 異世界で外交を精力的に行っているかなりの実力を持ったクリスが、自分達を優秀だと言ってくれたのだ。それは、自分達の今までの頑張りを認めて貰えた様な気がした。

 自分達が今まで敬っていた両親をコテンパンにしたと言うのに、いや、だからこそ、クリスに王族の資格ありと認めて欲しいという欲求が無意識に湧き出てしまい、正しい責任とは何かをブラウン達は真剣に考えるのであった。

 「今、貴方達の両親の精神状態では、王族として責任を全う出来るとは到底思えませんわ。ブラウン殿下、ヴァイオレット殿下、王族としての矜持をお持ちであれば、どうすれば良いのか考えて指し示す事は出来ますか?。」

 今まで思うところがあれど、立場の問題や、父王の性格から話し合いそのものを『諦めていた』ブラウン達だが、場の空気とクリスの後押し、そして今後の魔導国家ヴェリスの事を考えると、自分達が責任を持って行動をしなければならないという勇気が芽生えた瞬間であった。

 「…父上、母上。今回の事件の原因はわかりきった事かと存じます。アンバーやアザレアからも指摘されておりましたが…特に父上の態度が全てを招いた原因かと。」
 「ですわね。お父様の今回の釈明に対する態度にも思うところがございます。正直、私もクリスティーナ様、ブラウン兄様と同意見ですわ。」
 「クリスティーナ様に追随するようでお恥ずかしい限りですが、冷静に考えると国の為、我々エイルーク王家の為にも…。」
 「次期王太子を選定の上、お父様には近いうちにご隠居頂く事で、これまでの騒動の原因となった責任をとって頂くのが、いいのではないかしら?」
 「あぁ。ヴァイオレットの言う通りだと私も思う。父上、ご自身でも不甲斐ないとお思いでしょう?むしろ、そう思っていないと言うのであれば、流石に国王として失格です。」
 「先にお父様の処遇を考えた後、我々でアンバーとアザレアの処遇も考えた方がよろしいですわね。父上は、きっといつまでたっても結論を先延ばしにしてしまいます。これまでがそうだった様に、自分で責任を持つのを極端に嫌う傾向がありますもの。」
 「父上、母上。これからもお力添えは頂きますが、まずは国王として、ご自分の責任をお認めになってください。」
 「第三者のクリス様にここまで言われて、いつまでも逃げ続けるなどと、情け無い姿をこれ以上、私達に見せないでくださいませ。」

 今を逃せば自分達の気持ちをハッキリと伝える機会は来ないかもしれない、そう考えたブラウンとヴァイオレットは、まるで事前に相談していたかの様に息の合ったセリフの掛け合いで、ヴァーミリオンへと責任を追及し出した。

 たとえ敬愛していた父であろうが、王族としての資質は常々低いと血の繋がった子供だからこそ感じていたのだ。
 しかし、幼い頃から自分の親がやっている事が正しいのだと、身内びいきで思い込もうとし、またそう教育されてきたブラウン達は、今回の様に父王に対してして強く意見を言うことは皆無であった。

 その為、ヴァーミリオンもシアンも、長男と長女が二人揃って責任を追及してきた事に対して非常に驚愕し、ショックを受けたのだ。子供達は自分達に従順であると思い込んでいて、噛み付いて来るなどとは思いもしなかった。

 いや、今までであれば、内心思うことはあれど、父王の言うことを従順に聴いていた為、その思い込みはあながち間違いではなかった。

 しかし、クリスという劇薬とも比喩出来る存在が、ブラウンやヴァイオレット、ヘリオトも含めて父王に対して意見を言う勇気と、事件に対しての王族の責任という当事者意識を持たせたのであった。

 「…我は、国王陛下ぞ?何故、殿下の身であるそなたらに、責任を追及されねばならぬのだ?」

 ヴァーミリオンは、今この時点でも、自らの責任を認めようとせず、立場を持って誤魔化そうとした。
 その意思と姿勢は、ブラウンやヴァイオレットにとって見るに耐えない醜悪さであり、自分達の父王はこんなにも愚者であったのかと情けなくなってしまった。

 「…つまり、父上は、今回のクリス様のお言葉も、我々の言葉も、何一つ響いていないのですね?」
 「お父様。私は、情けなく思います。これ以上醜い性根を見せないでくださいませ。結論を先延ばしにし、自分の責任は認めようとしないで逃げ続ける…。今までの小さな失態などであればそれで済んだかもしれませんが、今回はそれでは済ませる事は出来ません。王族同士の暗殺未遂などと…アンバーとアザレアに王族として責任を取らせる為には、管理責任としても、お父様に自ら責任を持って頂きとうございます。」
 「腹をくくってください。父上は国王として向いていないと、ご自身でも薄々感づいていらっしゃったでしょう?ただ魔力が高いだけの愚者だと、第三者のクリス様に指摘されるほどなのです。不敬だと謗られようが、この機会を逃すとまた父上は今までと変わりなく逃げ続ける事でしょう。今後、これ以上の失態があった場合にどう責任を取るおつもりなのでしょうか?」
 「私達も、幼少の頃はお父様が王である事に誇りを持っていました。ただ、成人し、国政に携われば携わる程にお父様の先見の明の無さや思い切りの無さが見えてしまい、また立太子選定についても、いつまでたっても決める事が出来ない優柔不断さに苛立ちも感じておりましたわ。」
 「さて、父上。いつまで逃げ続けるおつもりでしょうか。」

 結局のところ、ヴァーミリオンは愛する子供達に嫌われたくないという完全な個人的な感情で、様々な事から目を逸らし、逃げ続けてきたのだ。
 そのツケが巡り巡って、現在その愛する子供達より責任を追及されると言う皮肉な状況に追いやられていた。

 ブラウンとヴァイオレットという、もっとも子供の中で信のおける2人から責任を問われたヴァーミリオンは、胸の奥で『ポキリ』と何かが折れるのを感じた。

 ヴァーミリオンは感情の読めない表情を浮かべ、目の焦点がどこにもあっていない状態で、ボソボソと話し始めた。

 「…わかった。全てが、我の判断ミスから始まっていたのだな…。もう、良い。我が判断すると、物事が悪化するのであろう?お主らに任せる。もう、良い。我は疲れた…。」

 その弱った姿は哀れみを誘うが、結局は開き直り、全ての責任から逃れようとする態度にブラウンは怒りを通り越して、心がどんどん冷めていくのを感じた。

 もちろん、ヴァーミリオンのその態度を見たクリスも(本当、国王としてあり得ない回答ですわね。)と内心呆れかえっていたが、せっかくブラウンとヴァイオレットが奮起して王族としての責任を全うしようとしているのだ。

 ここで、クリス自らが場を収拾するのは楽だが、それだとブラウンやヴァイオレットの勇気を出して前向きに国を良くしようとする心意気を無駄にしてしまい、また2人の成長の邪魔にもなる為、クリスは敢えて静観していた。

 どうにもならなくなったら力技ででも抑えてみせよう、そう思いブラウン達の次の行動を見ていたら、思わぬところから邪魔が入った。

 「ブラウン兄様!ヴィオ姉様!どうしてそこまでお父様を責めるのですか!?」

 今まで、自己紹介以降一言も喋らず、静かにしていた第三王女であるシェンナから、ヴァーミリオンを庇いだてする言葉が飛び交ったのだ。

 「アンバー兄様も、アザレア姉様も確かにラファエルを殺そうと動いたのでしょうけど、でも未遂で終わっているではないですか!結局無事だったのなら、もうそれでいいじゃないですか!それでお父様に監督責任とか、意味が分からないです!」

 ブラウン、ヴァイオレット、ヘリオトも、そしてシアンも含め、ヴァーミリオンを除く王族が信じられない目つきでシェンナを見やる。

 「なんで責任問題で、お父様の隠居まで話が進むのですか!?まだこの事件は一部の者しか知らないのでしょう?なら揉み消して、余計な混乱を招かず表沙汰にしなければ一件落着では無いのですか!?」

 王族としての責務を理解せず、揉み消す事のリスクを理解しないシェンナの言葉はまだ幼いからといって見逃す事は出来ない。

 クリスは冷めた目でシェンナを見た後、そのまま視線を流すように王妃であるシアンへと移動させた。

 「…シアン王妃陛下。」

 ただ、一言。14歳の王女の教育責任を問う視線を受けたシアンは、静かに立ち上がり、シェンナの元へと歩いていく。

 「シェンナ。ごめんなさいね。後ほど、ゆっくりと説明しますから、今はこの席から離れなさい。」
 「お、お母様!?何故ですか!?私、何か間違った事を言っていますか!?」
 「…そうね。全ては、私と陛下の教育が間違えていたのでしょうね。いいから、下がりなさい!」

 母親であるシアンからの厳しい口調で下がるように命ぜられたシェンナは、戸惑いの表情を隠すことも出来ず、オロオロとしながらも席を立ち、言われた通り静かに退室していった。

 「ブラウン、ヴァイオレット。申し訳無いです。シェンナの浅はかな言葉で、私も目が覚めましたわ。陛下が行なっていた行動は、シェンナが言ったセリフそのものを実行しようとしていたのですよね。何故かしら。自分の子供の事であれば、冷静に客観的に見る事が出来て、陛下や自分の事だと、冷静になれないでいました。お恥ずかしい限りです。」

 そう言って、シアンはクリス含む、円卓室の一堂に深く頭を下げた。

 「…!母上、頭を下げないで下さい!」

 ブラウンが慌ててシアンを止めるも、シアンは頭を下げたまま動こうとしなかった。
 そして、そのまま嗚咽交じりに喋り出した。

 「…陛下が、この様に責任を逃れるようになったのも、私やカッシュ宰相が、色々な事から心の弱い陛下を守ろうとし、政務や外交も全て、陛下へは結果のみを伝え、敢えて交渉の場に立たせなかったせいでもあります。ラファエルの件については、私も、正室としての意地や嫉妬、その他様々な感情が当時ひしめいておりました。私も、どこかでフェアリアの側室の息子であるラファエルに、思うところがあったのは事実。ラファエルが王宮内で孤立しているのを放置していたのを窘めなかった件は、私にも責はございます。」

 (愛する夫を盲目的に庇いだてする所以外は、しっかりとした視線で物事を見れるのね。この方は。色々と惜しい人ですわ。)

 クリスはシアンという女性の事を、過ちを認める事の出来無い狭量な王妃だと思っていたが、そうでは無かった事に安堵していた。

 この調子であれば、一度冷静になった後にでも話し合えば良い。ヴァーミリオンからも言質は取れている。

 「ブラウン殿下。提案なのですが、ヴァーミリオン陛下からはブラウン殿下達にお任せするとの言葉を頂いています。後ほど、時間を開けて冷静になってから、お話し合いをしません事?その時は、シアン陛下、ブラウン殿下、ヴァイオレット殿下、私、そしてこの場には居ないカッシュ宰相を交えて話をしましょう。」

 暗にヴァーミリオンがいるからこそ話が先に進まないと指摘をするクリスの言葉に、ブラウンは頷き、二刻後にクリスの指定した面子で話し合いを再開する事となった。

 周りで話が勝手に進んでいく中、ヴァーミリオンは相変わらず、焦点の合わない視線で虚空を見つめたまま、何を考えているのかサッパリと読めない表情をしていた。
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