宰相夫人の異世界転移〜息子と一緒に冒険しますわ〜

森樹

文字の大きさ
上 下
72 / 84
魔導国家ヴェリス編

72話 円卓室の断罪4

しおりを挟む
 クリスは、無言のヴァーミリオンを気にかける事なく、矢継ぎ早に質問を続ける。
 問題点の本質を抉る様な質問は、今までブラウンやラファエルがそれとなく聴いても答えてくれなかった問題にて、場の空気はヴァーミリオンに回答を求める様、訴えていた。

 「ラファエル様の継承権放棄、ブラウン殿下の継承権放棄を共に却下の上、碌な説明をせず、国内の貴族や研究者達に余計な派閥を形成させたのは何か理由がおありなのでしょうか。結果的に派閥が別れ、国の混乱の元となっています。」

 クリスの指摘は続く。ラファエルの継承権放棄の却下の理由も、きちんと説明しておけば、双子の暴走は最小限に抑えられた可能性も高いのだ。

 「…ラファエルは…フェアリアの血を引いておる。既に、フェアリアから譲り受けた側室を病死扱いとしているのだ。これ以上、余計な摩擦を起こしたく無かった。ブラウンは…真剣に次代の王としてどうかと考えていたのだ…。悩んでいたのだ。」
 「では、何故それを説明しなかったのでしょうか?」
 「ラファエルを、政治の道具として扱っている様な空気を出したく無かった。末息子で、可愛い子なのだ。」

 クリスからしてみれば、意味のわからない言い訳であった。
 ラファエルは聡い子だ。理由を説明すれば、きちんと納得したであろう。それもこの程度で何かを思うほど、ラファエルは狭量では無い。

 そもそも王侯貴族は生まれ持って政治の道具である必要がある。定められたしがらみの中で、自分に出来ることをやっていき、生きがいを見つけていくのだ。時には家や草民の為に自分を押し殺す必要もある。

 それが嫌なら、市井に降りるべきなのだ。
 ラファエルは王宮内の確執や直近では暗殺未遂など特殊な環境も背負っているが、それら含めてしがらみが辛かったからこそ、継承権放棄の上での臣籍降下の訴えや、王宮からの離脱を希望しているのだ。

 よほどヴァーミリオンの子供達の方が物分かりがよく、優秀である。

 「大局観がございませんのね。自分の感情優先で、国内の派閥事情には頭が回らなかったという事ですね?」
 「…」

 図星を突かれる度に無言になるヴァーミリオンに対して、クリスは特に回答を待つ様な事をしなくなっていた。
 ヴァーミリオンに対する期待を放棄したのである。そしてそのまま、立て続けにヴァーミリオンの心を抉りにかかったのであった。

 「さて、ラファエル様の事を可愛い子と言いながら、兄弟同士で暗殺未遂に発展するまで仲が拗れるのを放置していたのは何故なのかしら?」
 「…勇気が…出なかったのだ。子供達に嫌われたく無い…どう接すれば正解なのか分からないでいた…。」
 「なるほど。陛下は陛下自身が楽な方に流れ、考えるのを放棄して、事態が悪化するのを指を咥えてただ見ていただけなのですね?」
 「…。」

 あくまでも自己保身かつ自分の感情が優先で、周りを見ることのできないヴァーミリオンに対し、クリスは呆れ返っていた。

 「最悪な結果を導き出しておきながら、その理由が『自己保身』とは、王族の責務を放棄していらっしゃる様で。ブラウン様やラファエル様に同情致します。」

 クリスの辛辣な意見に倒し、王妃のシアンが声を荒げる。クリスの威圧に押され、無言であったが我慢の限界がきた様だ。

 「クリスティーナ殿!?さっきから、何なのですか!陛下も父としてずっと悩んでいたのですよ!?それを知りもせず、どうして第三者の貴女がそこまで酷い事を言うのです!不敬以前の問題で、人としてどうなのですか!」

 シアンは顔を赤くして、クリスに好き放題言われた事に対する意見を返すも、クリスはどこ吹く風な態度で優雅な姿勢を崩さず、紅茶を一口飲んでから、涼やかな声で反論をする。

 「何度も言わせないでくださいまし。シアン王妃陛下。後顧の憂いを無くし、ラファエル様を安全にお預かりする為ですわ。それに、王族であればなおの事、です。悩んでいたからなんだと言うのです?悩んだ結果、最悪な状況が起きているのであれば…それは只の無能ですわ。」

 暗にそれを気付かない貴女も無能だ、と言わんばかりにシアンを冷静に見つめるクリスは、優雅な笑みの中にシアンよりも強者のオーラを身にまとい、圧倒していた。

 「そもそも、『人としてどうか』と問うのであれば、ヴァーミリオン陛下はどうなのでしょう?判断は遅いし、優柔不断で頼りない。王としてただ悩んでいるだけで、許されるものでは無い事を理解なさい。少なくとも私の世界ではこの様な国王は不要ですわ。付き従う価値など見出せません。余計な混乱を招くだけの愚鈍は罪ですわよ。また、父親としても子供が苦しんでいるのに気がつかないだなんて、父親失格ではありません事?」

 クリスの経験則からくる言葉には説得力があり、自国の魔力至上主義をモットーに国王を崇めていた自分達の至らぬ点を、次々と指摘されシアンも反論出来ないでいる。

 「それに…シアン王妃陛下も母親として、子供が暗殺未遂をするまで思い悩んでいたのを見逃していたという情けない結果が出ております。それは人として母として、どうなのでしょうね?」
 「あ、貴女にそこまで言われる筋合いはありませんわ!私だって色々とやってきたのです!その努力を知りもしないで!」

 色々とやってきたというのは事実だろう。ヴァーミリオンの代わりに宰相のカッシュやブラウンと共に国王の代わりに政治や重要な判断を行ってきたのだ。

 だが、それと今回の双子の起こした暗殺未遂は全くの別件であり、またずっと子供達が確執を持っていたのを放置していたのも事実だ。

 「シアン王妃陛下。王族であれば、努力の過程を語るのでは無く、結果を重要視なさい。努力を誇れるのは結果が出てこそ始めて誇れるのですわ。シアン王妃陛下が色々やってきて、その努力の結果が『子供同士の暗殺未遂』でした…って、言いたいのであれば別に構いませんが。」

 努力した結果が『子供同士の暗殺未遂』と指摘され、自分が感情的に発言し愚かな母親として指摘された事に、シアンはやや冷静になるも、憤りは冷めてはいない様子だ。

 「っ…。…クリスティーナ様、貴女の言っている事はごもっともですわ。ですが、貴女にそこまで言われる筋合いは、ございません事よ。」
 「ですが、私の様に発言力のある者が言わなければ、誰も指摘しないでしょう?事件を内密に揉み消して、結局は何も変わらないままでしょう?ラファエル様の意見を聴こうとしていたのも、お優しいラファエル様ならきっと温情を与えてくれるだろうから、それで穏便に抑えて、揉み消そうという小狡い考えをしている事くらい、わかっていましたわ。小者の考える事など、世界を違えどあまり違わないでしょう。」

 事実、揉み消しも検討していたヴァーミリオンにとって、自身が考えていた事を見透かされていた事と、またその考えていた事に対し『小物』と表現された事に、少なからずショックを受けていた。

 余談だが、シアンはヴァーミリオンが政治的に弱くとも、陰では出来ないなりに試行錯誤していたのを見てきており、また優しい心根も知っており国王の事を本心から愛している。
 しかし、愛する夫のダメな所までも許してしまっており、それが余計にヴァーミリオンが国王として成長しなかった所以でもあろう。

 国王夫妻揃って、自分達に甘いのだ。それは平民や責任の薄い下流貴族までなら許せるだろうが、王侯貴族として責任を背負っている以上、許される事では無い。
 クリスの最も嫌う、国王像である。

 「私、公爵家の宰相の妻として異世界では国政に携わり、外交で様々な国の王や王配と交渉をしてきましたの。ですが…ここまで愚かな国王は見たことが無くて、驚愕のあまり指摘せずにはいられないのです。シアン王妃陛下、考えてみてくださいな。ここで第三者の意見を聞いて、自分達を見つめ直す機会と考えられるのが、未来を見据えた優秀で聡い者、その意見をただの罵倒としか捉える事が出来ない者は愚者だと思いません事?」

 シアンは遠回しに、自らの事を愚者であると指摘された事に気がついたが、言っている事が正論なだけに反論が出来ない。

 「平和な世の中かつ、天災などが起きていないからこそ、愚者でも何とか国は回せるのですね。後は、優秀なブラウン殿下やヴァイオレット殿下がいるおかげですわ。よくぞこの両親から、ここまで立派で優秀なお子様が育ちました事。」

 こうして一通りヴァーミリオンとシアンの問題点を指摘して心を折った後、断罪は最終局面へと向かうのであった。

 「さて、ではまずは元凶の国王陛下の処罰は誰が考えますか?…ヴァーミリオン陛下が国王のままですと国が傾く一方ですわよ?ブラウン殿下。何かお考えは御座いまして?」

 ヴァーミリオンは驚愕に目を開き、クリスを見つめるも、あくまでも提案としてブラウンに問いかけているクリスに対して、何も言えないままでいるのであった。

ーーーーーー

すみません、明日から出張なので、次の更新は今週末になりそうです。
しおりを挟む
感想 146

あなたにおすすめの小説

ねえ、今どんな気持ち?

かぜかおる
ファンタジー
アンナという1人の少女によって、私は第三王子の婚約者という地位も聖女の称号も奪われた 彼女はこの世界がゲームの世界と知っていて、裏ルートの攻略のために第三王子とその側近達を落としたみたい。 でも、あなたは真実を知らないみたいね ふんわり設定、口調迷子は許してください・・・

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

【完結】番(つがい)でした ~美しき竜人の王様の元を去った番の私が、再び彼に囚われるまでのお話~

tea
恋愛
かつて私を妻として番として乞い願ってくれたのは、宝石の様に美しい青い目をし冒険者に扮した、美しき竜人の王様でした。 番に選ばれたものの、一度は辛くて彼の元を去ったレーアが、番であるエーヴェルトラーシュと再び結ばれるまでのお話です。 ヒーローは普段穏やかですが、スイッチ入るとややドS。 そして安定のヤンデレさん☆ ちょっぴり切ない、でもちょっとした剣と魔法の冒険ありの(私とヒロイン的には)ハッピーエンド(執着心むき出しのヒーローに囚われてしまったので、見ようによってはメリバ?)のお話です。 別サイトに公開済の小説を編集し直して掲載しています。

押し付けられた仕事、してもいいものでしょうか

章槻雅希
ファンタジー
以前書いた『押し付けられた仕事はいたしません』の別バージョンみたいな感じ。 仕事を押し付けようとする王太子に、婚約者の令嬢が周りの力を借りて抵抗する話。 会話は殆どない、地の文ばかり。 『小説家になろう』(以下、敬称略)・『アルファポリス』・『Pixiv』・自サイトに重複投稿。

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

【完結】婚約破棄はお受けいたしましょう~踏みにじられた恋を抱えて

ゆうぎり
恋愛
「この子がクラーラの婚約者になるんだよ」 お父様に連れられたお茶会で私は一つ年上のナディオ様に恋をした。 綺麗なお顔のナディオ様。優しく笑うナディオ様。 今はもう、私に微笑みかける事はありません。 貴方の笑顔は別の方のもの。 私には忌々しげな顔で、視線を向けても貰えません。 私は厭われ者の婚約者。社交界では評判ですよね。 ねぇナディオ様、恋は花と同じだと思いませんか? ―――水をやらなければ枯れてしまうのですよ。 ※ゆるゆる設定です。 ※名前変更しました。元「踏みにじられた恋ならば、婚約破棄はお受けいたしましょう」 ※多分誰かの視点から見たらハッピーエンド

おばさんは、ひっそり暮らしたい

波間柏
恋愛
30歳村山直子は、いわゆる勝手に落ちてきた異世界人だった。 たまに物が落ちてくるが人は珍しいものの、牢屋行きにもならず基礎知識を教えてもらい居場所が分かるように、また定期的に国に報告する以外は自由と言われた。 さて、生きるには働かなければならない。 「仕方がない、ご飯屋にするか」 栄養士にはなったものの向いてないと思いながら働いていた私は、また生活のために今日もご飯を作る。 「地味にそこそこ人が入ればいいのに困るなぁ」 意欲が低い直子は、今日もまたテンション低く呟いた。 騎士サイド追加しました。2023/05/23

【完結】国を追われた巫女見習いは、隣国の後宮で二重に花開く

gari@七柚カリン
キャラ文芸
☆たくさんの応援、ありがとうございました!☆ 植物を慈しむ巫女見習いの凛月には、二つの秘密がある。それは、『植物の心がわかること』『見目が変化すること』。  そんな凛月は、次期巫女を侮辱した罪を着せられ国外追放されてしまう。  心機一転、紹介状を手に向かったのは隣国の都。そこで偶然知り合ったのは、高官の峰風だった。  峰風の取次ぎで紹介先の人物との対面を果たすが、提案されたのは後宮内での二つの仕事。ある時は引きこもり後宮妃(欣怡)として巫女の務めを果たし、またある時は、少年宦官(子墨)として庭園管理の仕事をする、忙しくも楽しい二重生活が始まった。  仕事中に秘密の能力を活かし活躍したことで、子墨は女嫌いの峰風の助手に抜擢される。女であること・巫女であることを隠しつつ助手の仕事に邁進するが、これがきっかけとなり、宮廷内の様々な騒動に巻き込まれていく。  ※ 一話の文字数を1,000~2,000文字程度で区切っているため、話数は多くなっています。    一部、話の繋がりの関係で3,000文字前後の物もあります。

処理中です...