宰相夫人の異世界転移〜息子と一緒に冒険しますわ〜

森樹

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魔導国家ヴェリス編

65話 言っただろう?無駄だった…と。

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 アザレアは、アンバーの次に取り調べを受けていた。

 ただし、既にアンバーが本音を爆弾の様にぶちまけた後だった為、ブラウンも慎重に話掛けていた。
 父王には自分に任せて欲しいと伝えている。
 直接言ったわけでも無いが、先程のアンバーとのやりとりを見た限り、やはり父王は交渉や説明が苦手なのだと、ハッキリと理解したのである。

 相手の感情までも利用して自分を優位に持っていくクリスとはまるで違う。
 ヴァーミリオンは、自分の感情を相手にばれたく無いという臆病な心から、口を噤んでしまうのでは無いかと感じてしまった。
 よって、完全に感情的になったアンバーに全ての空気を持っていかれたのだ。

 (よくこれで、今まで王をしてきたよな。全ては母上とカッシュ宰相の取り計らいか。魔力至上主義の旗印として上に立ち、政治は出来るものにさせる…。しかしこのやり方は、アンバーは古いと言っていたが、国民感情含め、何だかんだと言いながらも魔力至上主義が深く根付いている貴族達に国王として文句が出にくい状況にするのに有効なのだ。圧倒的な魔力は、パフォーマンスとして使いやすい。政治はカッシュ宰相や母上などの様に、裏で操縦する事も出来る。)

 ブラウンは、正直に言うと先程のヴァーミリオンとアンバーのやりとりを見て、今回の取り調べは父王には任せる事は出来ないと判断した。

 ブラウンは、クリスに交渉でコテンパンにやられた事を思い出し、参考に出来るところは参考にしようと心を強く持ち、アザレアを見据える。

 「アザレアは、今回のラファエル失踪に関わっているのは、本当か?」
 「…はい。」
 「理由を説明してくれるか?」
 「既に、アンバーより聞き及んでいるかと思いますが、重複すること、お詫び致します。」
 「良い。話してくれるか?」
 「はい。」

 理由を聴くと、やはりブラウン立太子の実現の為に邪魔になるラファエルを暗殺しようと、双子のみで共謀したと同じ回答が返ってきた。

 「…ラファエルと直接話したが、狩に誘われて嬉しかったと言っていたぞ。」
 「…。」
 「仲良くなれると思ったと。今まで異母弟として冷遇されてきた自分を気にかけてくれて、嬉しかったと。しかし、殺したい程、憎まれていたのかと傷ついてもいた。」
 「…そうですか。」
 「アザレア。何か思う事は無いのか?お前は本当は優しい妹だと、俺は知っている。本当に、ラファエルに対して、殺意の感情しか無かったのか?」

 しばらくすると、アザレアは全て自分が悪いのだとブラウンに懺悔する様に訴えかけた。

 「私は、ブラウン兄様を尊敬しております。ラファエルに対してはあの女の息子と言うだけで嫌悪しておりました。幼少期のあの女の暴言は、特に双子の女である私に対して容赦の無い棘を刺してきたのです。異性の双子は縁起が悪い。女の方など、死ねば良いのに。王宮にとって必要無い、などなど…。ずっと…毎日。それを、ブラウン兄様やアンバーに庇って貰っていました。そこから、私はブラウン兄様をずっと見てきました。魔力至上主義の中、ずっと前向きに努力され、成人してからは精力的に外交に携わり、効果を出しております。」

 そこまで話、一旦一息つくアザレア。
 アンバーと言っている事は同じだが、父王を直接非難する言葉は出てきていないだけ、より深く話を聞けるだろうとブラウンは静かにアザレアの話を聞いていた。

 「そんな兄様は、ご自分が次期国王候補として、非常に期待されているのを、ご理解されていましたか?」
 「…あぁ、ただし、一部の人間から、と前置きがつくがな。」
 「はい。一部の、国のあり方を憂いる事の出来る正しい貴族達です。ですが、間違い無く、今空気が変わってきています。ここで、ブラウン兄様が国王となれば、そのカリスマ性と交渉力で他国ともやりあって行けるはず。…そう思い、あの女の息子であるラファエルに、立太子されたく無いと言う気持ちが勝ってしまいました。」
 「それで、暗殺しようと?」
 「はい。ただ…ラファエルに対して、正直言うと、本当に嫌悪しか無いのです。ラファエルが悪く無いのは理解しておりますよ?ただ、あの女の血を引いていると言うだけで、もう近くにもいたく無いという気持ちが抑えきれませんでした。正直、死んでも問題ないと思っていました。ですが、クリス一行が盗賊団を捕らえたと聞いた時、自分達の事がバレてしまうと言う焦りの感情と共に、どこかでホッとしたのも事実です。自分が暗殺を画策したのに、失敗して…助かってよかったと思うなんて、おかしなお話ですよね。」

 自嘲的に笑うアザレアを見て、ブラウンは真面目な顔をして、淡々と語りかける。

 「アザレアが、暗殺をなんの感情も無く出来るような人間で無くて、私は安心した。そこで、助かってよかったと思えると言うのは、人殺しにならなくて良かったと言う気持ちかもしれないが、アザレアがどこかでラファエルの事を弟として多少なりとも思っていると、私は思いたい。」
 「…そんな事…ありませんわ。だって、兄様の邪魔になるんですもの…。」
 「アザレア、私が王になりたい、と一言でも言ったか?」
 「…。」
 「継承権放棄を訴えていたのは、魔力至上主義からくる劣等感だけだと思っていたのか?」

 アザレアは間違い無く、魔力が低い事を劣等感としてブラウンは立太子を拒否していたのかと思っていたが、そうでは無いような言葉に、疑問の目を向けた。

 「劣等感も多少あるが…。それだけでは無い。歴史的背景を考えると、魔力の高い者が王座に座った方が、今のヴェリスでは安定させやすいのだ。王の言葉は絶対であり、魔力の高い者には従う風潮は、国の運営をやりやすくしている。つまり、貴族達を操縦しやすいのだよ。」
 「…ブラウン兄様は、何が言いたいのですか?」
 「私は立太子する気は毛頭無い。お前達の気持ちは嬉しい所もあるが、もしラファエル暗殺に成功していたとしても、私が王になる事は絶対に無いのだ。お前達の行動は全くの無駄だったんだよ。アザレア。」

 アザレアは、目を見開いて、ショックを受けた表情をしていた。

 「そこまで、私の事を思ってくれていたのかと気持ち良くもある。しかし、それ以上に迷惑なんだ。自己完結した感情を押し付けるのは、自分勝手極まりない。正直、残念な気持ちでいっぱいだよ。」

 アザレアは、兄に面と向かって自分達のやった事が、無駄であると、兄より直接言われ、また兄自身が王になる気は無いと明言している事に対し、身勝手な憤りを感じていた。

 「ブラウン兄様は、王になるだけの器がございます!兄様が王にならずして、ヴェリスのより良い未来はございません!」
 「狭量だな。アザレア。なんの為に私が政治などを勉強していると思っておる?政治を私が行い王のサポートをし、魔力の高い兄弟が国王となり国の象徴となる。これ以上に二つの派閥を綺麗にまとめ上げるやり方があると言うのか?急激な改革は国を破綻させる危険性がある。魔導国家ヴェリスには、歴史や文化的背景からもスウェントル王国の様なやり方は向かない。この国、ヴェリスのやり方があるのだ。」
 「…そんな事…。じゃあ…本当に私達のやった事は…。」

 「言っただろう?無駄だった…。と。」

****

 クリスは宿に戻り、ラファエルとアクセルと共に、お茶をしていた。

 そこでヴェリスでの魔法研究は、どの様な事を主に行なっているのか話題にしていた。

 「街路灯の開発は、ヴァイオレット姉上がメインで行っていました。また、上下水道の建設を鉱山都市マルカと共同で行なっており、市民の衛生面改善に向けて動いている様子です。基本的に盛んなのは、市民生活向上の魔道具開発ですね。」
 「そうね、私達の世界も上下水道の着手に入っていますの。ヴェリスの、市民に密接した魔道具開発や公共事業は良い事ですわ。これは、ヴァーミリオン陛下の采配かしら?」
 「…いえ、主に、ブラウン兄上が考え、ヴァイオレット姉上が実現可能か検証と研究に着手します。そして可能だと判断出来たものから順次着手しています。最近のヴェリスの発展は、ブラウン兄上とヴァイオレット姉上の2人が息を合わせて行動している結果が出てきていますね。…ひと昔前は、公共事業の失敗で痛い目にあっていたのですが、見事持ち直しました。」

 予想以上に、ブラウンは優秀な様子だ。地道な提案と、それを実現出来るか検証するヴァイオレットも優秀だとクリスは感じた。国家運営の側面で考えた場合、長兄と長女の組み合わせはベストなのかもしれない。

 「経済発展については、第四王子のヘリオト兄上が優秀なんですよ。あまり話をした事はありませんが、年が近いだけあって、こっそり会いに来てお菓子をくれたりした事もあります。自由な方なので、ヘリオト兄様だけは、怖く無いですね。長い髪を三つ編みにした、女性の様な見た目です。各国の経済事情などを、懇意にしている商会を通じて迅速に情報を集める事ができる凄腕なんですよ。後は、軍事に強い次男のオーキッド兄上がおりまして、兄弟全員が優秀なんです。」
 「問題の双子殿下は、何か得意な事はあるのですか?」
 「器用に何でもこなすイメージです。ヴァイオレット姉上が魔道具研究を進めていましたので、魔法や魔物研究の役割を担っている事が多かったイメージがあります。」

 ラファエルの話を聞いていると、クリスは兄弟全員が自分の役割をきちんと見据えている様に感じられた。
 話を聞く限り、エイルーク王家は決して愚かでは無いのだ。

 それにも関わらず、ラファエルに対しての仕打ちや双子の愚かな行動が起きた原因は何かとクリスが考えると、どう考えても圧倒的なコミュニケーション不足としか考えられない。

 「ラファエル様は、双子の両殿下の事を怖がってはいますが…そこまで罪に問うおつもりは無いのでしょうか?」
 「…はい。アンバー兄上も、アザレア姉上も、表向きははしっかりして優しく国民にも人気なんです。僕個人の我儘で、旅に出た事にしても良いのでは…と思うのですが…。」
 「ラファエル様は、殺されかけたのにお優しい…。」

 そう言って、優しい瞳でラファエルを見つめるクリスは、内心少し辛辣な事を考えていた。

(まぁ、ただ甘いだけですけど。まだ子供ですし、致し方ありませんわね。アクセルさんと一緒に徐々に教育していきますか。)

 「ですが、事の次第を王宮が発表するか否かは置いておいて、双子の両殿下には、なんらかの罰は与えられますわ。ラファエル様、ご自分の事を考えて、心を強くお持ちなさいませ。」
 「…はい。」

 ラファエルはしっかりとクリスを見据え、力強く頷いたのであった。


ーーーーーー

第9回ドリーム小説大賞に「季節は巡る~十人十色~」をエントリーしてみました。
今20位前後をうろちょろしてますので、気が向けば投票よろしくお願いします☆
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