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スウェントル王国編
30話 魔王討伐にはお膳立てが必要でしてよ
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「おほほ。さて、勇者の坊や達、お手並み拝見といきましょうか。」
クリスは漆黒の翼を広げ、片手を前にして呪文を唱える。
「黒薔薇吹雪!!」
勇者達に向けて黒バラの花びらと、黒い羽が舞い散る。
それは、美しくも恐ろしい光景だった。
まぁ、ただ花びらと羽が舞っているだけなので視覚効果では派手だが、何の意味もない魔法だ。
「くっ!魔王の力とはこんなにも凄いのか!」
「勇者さま!私も力を貸します!」
各々、ノリノリで役を演じている。
彼らも思春期。英雄譚への憧れも高じ、苦境に立たされる自分に酔いしれているのだ。
「私の魔法を耐えきりましたか。褒めて差し上げますわ。」
クリスはそう言うと、再度ムチを《パシィン!》と舞台に叩きつけた。
勇者と女神は《ビクッ》とした。
「魔王様、ここはあたし達に任せてください。」
「俺たちだけで、十分です。」
モニカとポールが一歩前へ出ると、観客側から歓声が上がる。
『おぉ!【殺戮うさぎ】ちゃーん!手加減してやれよー!』
『ポールくーん!今度デートしてー!』
「今あたしの事、殺戮うさぎって呼んだやつと、ポールをデートに誘ったやつ誰だ!?あたしの許可なくポールに色目使うと後で怖いわよ!」
演劇中にも関わらず、観客に向かって叫ぶモニカ。
一種のパフォーマンスであるが、半分本気でもある。
観客席も大受けだ。
「勇者達、あたしの蹴り、頭吹っ飛ばすくらい簡単だから、絶対に動いちゃダメよ…。」
「えぇ!?動いちゃダメって、大立ち回りにならない!?ヒィ!」
モニカは瞬時に勇者達の近くに移動して、パンチやキックを繰り出す。
全て寸止めだが、観客側が目で追えるように手加減している。
「なに!あたしの拳が全てギリギリで止められただと!これが女神の加護の力なのか!」
もっともらしい理由をつけるモニカ。
もちろん観客はモニカの体術の凄さと、きちんと寸止めしている事を理解しているため、自然と歓声と拍手が沸き起こった。
ハーフフットのビビは、拳圧で少しだけチビったがバレていないので内緒にしている。
「次は俺の番だ。」
ポールは影の中に消えて、エルフのサーシャの足元から現れた。
そのまま足を掴んで逆さ吊りにしたまま、風魔法で空を飛ぶ!
「い、いやぁ!あばばばば。高い!高い!怖い!」
「はっはぁー!女神様も大した事無いんじゃないのか!?」
ポールは結構容赦なく悪者ぶっている。
影移動と浮遊魔法の高位魔法を連続で繰り出しているポールに、観客は拍手喝采で賞賛している。
そのままサーシャを元の場所にそっと戻してポールも元の場所に戻る。
「ほぉ。俺の攻撃を受けても無傷だとは…。流石勇者と女神だな。」
「ふえぇぇ、どうしよう、腰抜けちゃった…。」
サーシャは腰が抜け、へたり込んだまま劇を続けると言う情けない格好を晒してしまった。
ただ、それも生温い目線で観客からは見守られている。
「次は、勇者達の出番よ!その聖剣でかかってきなさい!」
「ちくしょー!くらえ!女神の加護の剣を!」
おもちゃの剣を勢いよくなぎ振るう犬獣人のヨシュア。
モニカは思わず人差し指と親指で剣を摘んでしまった。
「あっ…。」
「えぇ?」
本当ならここでモニカとポールが吹っ飛ぶ予定だったのだ。
実際にポールは風魔法で浮いて飛んでいく準備をしていた。
しかし、その攻撃を軽く受け止めてしまったのだ。
気まづい空気が流れ、観客席も空気を読んだのか苦笑になっている。
「…どうしよう。」
「モニカ!もう一回だ!」
「え、あ、そうね。ふん、こんなものもう一回よ!気合い入れてきなさい!」
勢いで誤魔化し、リテイクをする。
「ちっ、ちくしょー!くらえ!女神の加護の剣を!!」
もう一度剣を横薙ぎに振るうヨシュア。
剣技を受けた振りをして、ポールはモニカの背中から腕を回して支え、風魔法で一緒に後方に吹っ飛んでいく。
「グワァー。剣圧でやーらーれーたー。」
「きゃぁー。勇者の力はホンモノだったー。」
何故か最後のセリフが突然大根役者になった二人だが、そのやられっぷりに観客からは大歓声が起きた。
『すっげー!空飛んでって退場とか派手だなぁ。』
『ねぇ、ママー。今の何で飛んでったのー?白猫のお兄ちゃんが自分で飛んでったよー?』
『え?あぁー…。勇者の剣が凄くて、敵の兎さんと白猫さんがやられたって設定よ。』
観客の盛り上がりも中々に凄いことになってきた。
「中々やるね。じゃあ、次は僕の出番だね。」
アクセルがやっと僕の出番だ!と言う気持ちを隠さずに、一歩前へ出た。
「勇者は休憩していてくれ、ここは俺たち三人が!」
勇者役のヨシュアを後方に下がらせ、イーサン、ビビ、アーディンの仲間三人衆がアクセルと対峙する。
「その少年は、魔王の息子よ!美しい顔と少年の姿に惑わされないでね!」
女神役の幼女(?)ミミが、説明っぽいセリフを言う。
なお、ここはアクセルに見せ場を作るため、クリスがゴリ押しした場面でもある。
アクセルは適当にやられようと考えていたが、母の熱意に負けた次第だ。
クリスは舞台の外に、水術式で、破れない泡のクッションを作成していた。
ぷよぷよと揺らめいていて、触ると気持ち良さそうだ。
まずはイーサンがファイアボールを放つも、アクセルは手をかざしただけで打ち消してしまった。
観客達は、攻撃魔法を舞台で放つとは思っていなかったため炎が出た時には観客は驚愕したが、直ぐにアクセルの前でかき消された事にホッとしたと同時に、歓声が起きた。
「ふふん、そんなものかい?じゃあ、行くよ!!」
アクセルはイーサンに走り寄り、背後に回る。
イーサンのベルトを掴んで、力任せに回す。
ジャイアントスイングの要領で、イーサンの体は浮き、くの字に曲がってグルグル回されていた。
「ぐおぇ、苦しい…。目が回るぅぅ。」
「あらよっと!」
アクセルは手を離し、イーサンは勢いよく飛んで行く。
「ひぃぃ~」と情けない声を上げるのも致し方ないだろう。
そのままクリスが準備していた、泡のクッションの上に投げつけられた。
ぽよよん、と跳ねて特に怪我はしていない様子だ。
「よくもイーサンを!くらえ!」
ビビがおもちゃの剣を複数本、投げナイフの要領でアクセルに投げつけた!
しかし、アクセルはその全てを指で受け止めてしまった。
その曲芸的な動きに観客は拍手を送る。
アクセルはビビに近づき、襟首を掴んでイーサンの上に投げつけた。
イーサンは優しくビビを受け止めて頭を撫でている。
ビビは投げられるのはわかっていたが、実際に宙を飛んでいる最中、怖くて結構な量をチビってしまった。
しかし、ズボンが黒かったため、バレていない。
「よくも仲間を!お前は俺が倒す!」
槍使いのアーディンが先のない槍を持って、アクセルに突き出した。
アクセルは、華麗に宙を舞い、アーディンの槍の上に舞い降りた。
槍の上でバランスをとって立っているその姿は、【黄金の精霊】と呼ばれるに値する美しさがあった。
アクセルはアーディンに詰め寄り、アーディンをお尻から片手で持ち上げた。
小さな美少年が、17歳くらいの体格の良い少年を片手で持ち上げているのは、視覚的にも面白い光景で会場は非常に盛り上がっている。
『アクセル君、力持ちー!私も持ち上げて~♡』
『すっげー力だな!流石ひとっ飛びでAランクになっただけの事はある』
アーディンは自分よりも小さな少年に軽々と持ち上げられている事にやや羞恥を感じていたが、俺もこれぐらい強くなれるかな?とアクセルを尊敬し、見直していた。
そしてそのまま、アクセルはイーサンの上にアーディンを投げつけた。
イーサンはアーディンを受け止めることができずに、勢いあまってアーディンに押し倒されたような状況になっている。
泡のクッションの上でぷよぷよしている為、痛みはほとんど感じなかった。
(なんで狙ったように、俺の上に落としてくるんだ!アクセル様めー!)
と内心悪態をついていたのはご愛嬌。
「さぁ、あとは勇者だけだね。」
「くそ!くらえ!運命の剣!!」
ヨシュアは近づいてきたアクセルにもっともらしい技名を叫び、剣を振るった!
「わー。なんだーこの波動はー。やーらーれーたー!」
何故か、アクセルも突然大根役者になって水の泡でできたクッションに飛んで行った。
アクセルはイーサンのとなりに着地し、泡の感触をひっそりと楽しんでいた。
「さぁ、後は魔王を残すのみです!やられた仲間の仇をとりましょう!」
腰を抜かしたままのエルフのサーシャが頑張って自分のセリフを言う。
「覚悟しろ!魔王!」
犬耳ヨシュアが、おもちゃの聖剣を高く掲げる。
「………。今、私の息子を、吹き飛ばしましたね?」
クリスは、背後にどす黒いオーラを身に纏い、漆黒の羽を広げてた。
そしてそのまま宙に浮き、体の周りに色とりどりの聖宝石を浮かべ禍々しくも神々しい雰囲気を醸し出している。
浮いているクリスの足下には大量の茨の蔓が召喚されウネウネと動いている。
さながら植物系の魔物を彷彿とさせた。
「万死に値します。覚悟するのは…貴方達ですわ。」
絶対零度の無表情を浮かべ、勇者と女神を見つめるクリス。
観客も、演劇なのか本気なのか分からず、クリスがまとう雰囲気に畏怖し、無言となっている。
勿論クリスは狙ってやっている、貴族社会で生きてきただけあり、根っからの女優なのだ。
ヨシュアは耳をへにゃっと寝かせ、尻尾が内側に巻かれて怯えている。
剣先もガタガタ震えている状況だ。
女神二人もヨシュアの背後に隠れてぷるぷる震えていた。
「さぁ、動くと危険ですわよ!じっとしてなさい!」
「「「はい!」」」
魔王が動くと危険と言って、その指示に従う勇者と女神の光景は滑稽だが、魔法を使った大立ち回りの為、舞台上で指示を出した次第だ。
意外と違和感が無いため、観客も「ん?」と思う程度でスルーしている。
クリスは勇者と女神の周りに桃色の綺麗な結界を展開した。
慌てて、ミミとサーシャが展開した振りで両手を上げるが、タイムラグがあったため、クリス本人が展開したと観客にもバレてはいるが、そこは演劇として流してくれた。
『ママー。魔王さんが、結界魔法で勇者と女神を守ったけどなんでー?』
『こら、違うのよ。あれは、女神様二人が展開したって設定よ。そう考えて劇を見ましょう!』
と言うやりとりが聞こえてきて、観客も苦笑していた。
「行きますわ!観客の皆さんも動いちゃダメですわよ~!おーっほっほっほ!邪龍炎殺!!」
クリスの手元から、黒い炎の龍がヨシュア達に襲いかかった!
しかし、予め展開していた結界が相殺したのだった。
それは高位魔法を真近で見たことの無い市民にとって、興奮せざるを得ない光景であった。
『なんだあの魔法!?』
『きゃー!クリスティーナお姉様ー!めちゃくちゃカッコいいですぅぅ!!』
「何ですって!?私の魔法を防いだですって!?これが女神の力…。」
「今です!勇者様!聖なる剣でとどめを!」
「はい!」
ヨシュアは屁っ放り腰で上手く歩けていないが、剣をクリスティーナに振り被る仕草をした。
「…これが、私の最期なのね…。」
クリスはそう呟き、天に向かって指を指す。
天空から光が差し、クリスにスポットライトが当たっているかのような演出になった。
「我が生涯に、一片の悔いもありませんわ!勇者よ、驕ることなく、世をまとめるのですよ…。」
そう言い残して宙に浮かび、舞台裏へと消えていった。
オリバー司祭のナレーションが入る。
「勇者により、魔王は討伐された!太平の世が約束されたのであった。」
拍手喝采、スタンディングオベーション。
『全部魔王側の采配だったけど、面白かったぞー!』
『クリスティーナ様達が凄すぎだ!でも勇者一行も頑張ったな!』
『クリスティーナ様の最後、美しすぎました!素敵すぎますー!』
『アクセル君、カッコいいー!』
終わってみると、魔王側の人気が凄すぎたが、それも致し方ないところである。
最後に舞台上に演者が出てきて挨拶をする。
予想通り、魔王一行のところで大歓声が起きたが、勇者と女神達も笑顔で拍手しているから特に思うところは無いようだ。
オリバー司祭も今までの公演で一番楽しかったと言える出来に大満足だ。
こうして、公演は大成功に終わった!
ーーーーーーーーー
演芸会終了~。
クリスは漆黒の翼を広げ、片手を前にして呪文を唱える。
「黒薔薇吹雪!!」
勇者達に向けて黒バラの花びらと、黒い羽が舞い散る。
それは、美しくも恐ろしい光景だった。
まぁ、ただ花びらと羽が舞っているだけなので視覚効果では派手だが、何の意味もない魔法だ。
「くっ!魔王の力とはこんなにも凄いのか!」
「勇者さま!私も力を貸します!」
各々、ノリノリで役を演じている。
彼らも思春期。英雄譚への憧れも高じ、苦境に立たされる自分に酔いしれているのだ。
「私の魔法を耐えきりましたか。褒めて差し上げますわ。」
クリスはそう言うと、再度ムチを《パシィン!》と舞台に叩きつけた。
勇者と女神は《ビクッ》とした。
「魔王様、ここはあたし達に任せてください。」
「俺たちだけで、十分です。」
モニカとポールが一歩前へ出ると、観客側から歓声が上がる。
『おぉ!【殺戮うさぎ】ちゃーん!手加減してやれよー!』
『ポールくーん!今度デートしてー!』
「今あたしの事、殺戮うさぎって呼んだやつと、ポールをデートに誘ったやつ誰だ!?あたしの許可なくポールに色目使うと後で怖いわよ!」
演劇中にも関わらず、観客に向かって叫ぶモニカ。
一種のパフォーマンスであるが、半分本気でもある。
観客席も大受けだ。
「勇者達、あたしの蹴り、頭吹っ飛ばすくらい簡単だから、絶対に動いちゃダメよ…。」
「えぇ!?動いちゃダメって、大立ち回りにならない!?ヒィ!」
モニカは瞬時に勇者達の近くに移動して、パンチやキックを繰り出す。
全て寸止めだが、観客側が目で追えるように手加減している。
「なに!あたしの拳が全てギリギリで止められただと!これが女神の加護の力なのか!」
もっともらしい理由をつけるモニカ。
もちろん観客はモニカの体術の凄さと、きちんと寸止めしている事を理解しているため、自然と歓声と拍手が沸き起こった。
ハーフフットのビビは、拳圧で少しだけチビったがバレていないので内緒にしている。
「次は俺の番だ。」
ポールは影の中に消えて、エルフのサーシャの足元から現れた。
そのまま足を掴んで逆さ吊りにしたまま、風魔法で空を飛ぶ!
「い、いやぁ!あばばばば。高い!高い!怖い!」
「はっはぁー!女神様も大した事無いんじゃないのか!?」
ポールは結構容赦なく悪者ぶっている。
影移動と浮遊魔法の高位魔法を連続で繰り出しているポールに、観客は拍手喝采で賞賛している。
そのままサーシャを元の場所にそっと戻してポールも元の場所に戻る。
「ほぉ。俺の攻撃を受けても無傷だとは…。流石勇者と女神だな。」
「ふえぇぇ、どうしよう、腰抜けちゃった…。」
サーシャは腰が抜け、へたり込んだまま劇を続けると言う情けない格好を晒してしまった。
ただ、それも生温い目線で観客からは見守られている。
「次は、勇者達の出番よ!その聖剣でかかってきなさい!」
「ちくしょー!くらえ!女神の加護の剣を!」
おもちゃの剣を勢いよくなぎ振るう犬獣人のヨシュア。
モニカは思わず人差し指と親指で剣を摘んでしまった。
「あっ…。」
「えぇ?」
本当ならここでモニカとポールが吹っ飛ぶ予定だったのだ。
実際にポールは風魔法で浮いて飛んでいく準備をしていた。
しかし、その攻撃を軽く受け止めてしまったのだ。
気まづい空気が流れ、観客席も空気を読んだのか苦笑になっている。
「…どうしよう。」
「モニカ!もう一回だ!」
「え、あ、そうね。ふん、こんなものもう一回よ!気合い入れてきなさい!」
勢いで誤魔化し、リテイクをする。
「ちっ、ちくしょー!くらえ!女神の加護の剣を!!」
もう一度剣を横薙ぎに振るうヨシュア。
剣技を受けた振りをして、ポールはモニカの背中から腕を回して支え、風魔法で一緒に後方に吹っ飛んでいく。
「グワァー。剣圧でやーらーれーたー。」
「きゃぁー。勇者の力はホンモノだったー。」
何故か最後のセリフが突然大根役者になった二人だが、そのやられっぷりに観客からは大歓声が起きた。
『すっげー!空飛んでって退場とか派手だなぁ。』
『ねぇ、ママー。今の何で飛んでったのー?白猫のお兄ちゃんが自分で飛んでったよー?』
『え?あぁー…。勇者の剣が凄くて、敵の兎さんと白猫さんがやられたって設定よ。』
観客の盛り上がりも中々に凄いことになってきた。
「中々やるね。じゃあ、次は僕の出番だね。」
アクセルがやっと僕の出番だ!と言う気持ちを隠さずに、一歩前へ出た。
「勇者は休憩していてくれ、ここは俺たち三人が!」
勇者役のヨシュアを後方に下がらせ、イーサン、ビビ、アーディンの仲間三人衆がアクセルと対峙する。
「その少年は、魔王の息子よ!美しい顔と少年の姿に惑わされないでね!」
女神役の幼女(?)ミミが、説明っぽいセリフを言う。
なお、ここはアクセルに見せ場を作るため、クリスがゴリ押しした場面でもある。
アクセルは適当にやられようと考えていたが、母の熱意に負けた次第だ。
クリスは舞台の外に、水術式で、破れない泡のクッションを作成していた。
ぷよぷよと揺らめいていて、触ると気持ち良さそうだ。
まずはイーサンがファイアボールを放つも、アクセルは手をかざしただけで打ち消してしまった。
観客達は、攻撃魔法を舞台で放つとは思っていなかったため炎が出た時には観客は驚愕したが、直ぐにアクセルの前でかき消された事にホッとしたと同時に、歓声が起きた。
「ふふん、そんなものかい?じゃあ、行くよ!!」
アクセルはイーサンに走り寄り、背後に回る。
イーサンのベルトを掴んで、力任せに回す。
ジャイアントスイングの要領で、イーサンの体は浮き、くの字に曲がってグルグル回されていた。
「ぐおぇ、苦しい…。目が回るぅぅ。」
「あらよっと!」
アクセルは手を離し、イーサンは勢いよく飛んで行く。
「ひぃぃ~」と情けない声を上げるのも致し方ないだろう。
そのままクリスが準備していた、泡のクッションの上に投げつけられた。
ぽよよん、と跳ねて特に怪我はしていない様子だ。
「よくもイーサンを!くらえ!」
ビビがおもちゃの剣を複数本、投げナイフの要領でアクセルに投げつけた!
しかし、アクセルはその全てを指で受け止めてしまった。
その曲芸的な動きに観客は拍手を送る。
アクセルはビビに近づき、襟首を掴んでイーサンの上に投げつけた。
イーサンは優しくビビを受け止めて頭を撫でている。
ビビは投げられるのはわかっていたが、実際に宙を飛んでいる最中、怖くて結構な量をチビってしまった。
しかし、ズボンが黒かったため、バレていない。
「よくも仲間を!お前は俺が倒す!」
槍使いのアーディンが先のない槍を持って、アクセルに突き出した。
アクセルは、華麗に宙を舞い、アーディンの槍の上に舞い降りた。
槍の上でバランスをとって立っているその姿は、【黄金の精霊】と呼ばれるに値する美しさがあった。
アクセルはアーディンに詰め寄り、アーディンをお尻から片手で持ち上げた。
小さな美少年が、17歳くらいの体格の良い少年を片手で持ち上げているのは、視覚的にも面白い光景で会場は非常に盛り上がっている。
『アクセル君、力持ちー!私も持ち上げて~♡』
『すっげー力だな!流石ひとっ飛びでAランクになっただけの事はある』
アーディンは自分よりも小さな少年に軽々と持ち上げられている事にやや羞恥を感じていたが、俺もこれぐらい強くなれるかな?とアクセルを尊敬し、見直していた。
そしてそのまま、アクセルはイーサンの上にアーディンを投げつけた。
イーサンはアーディンを受け止めることができずに、勢いあまってアーディンに押し倒されたような状況になっている。
泡のクッションの上でぷよぷよしている為、痛みはほとんど感じなかった。
(なんで狙ったように、俺の上に落としてくるんだ!アクセル様めー!)
と内心悪態をついていたのはご愛嬌。
「さぁ、あとは勇者だけだね。」
「くそ!くらえ!運命の剣!!」
ヨシュアは近づいてきたアクセルにもっともらしい技名を叫び、剣を振るった!
「わー。なんだーこの波動はー。やーらーれーたー!」
何故か、アクセルも突然大根役者になって水の泡でできたクッションに飛んで行った。
アクセルはイーサンのとなりに着地し、泡の感触をひっそりと楽しんでいた。
「さぁ、後は魔王を残すのみです!やられた仲間の仇をとりましょう!」
腰を抜かしたままのエルフのサーシャが頑張って自分のセリフを言う。
「覚悟しろ!魔王!」
犬耳ヨシュアが、おもちゃの聖剣を高く掲げる。
「………。今、私の息子を、吹き飛ばしましたね?」
クリスは、背後にどす黒いオーラを身に纏い、漆黒の羽を広げてた。
そしてそのまま宙に浮き、体の周りに色とりどりの聖宝石を浮かべ禍々しくも神々しい雰囲気を醸し出している。
浮いているクリスの足下には大量の茨の蔓が召喚されウネウネと動いている。
さながら植物系の魔物を彷彿とさせた。
「万死に値します。覚悟するのは…貴方達ですわ。」
絶対零度の無表情を浮かべ、勇者と女神を見つめるクリス。
観客も、演劇なのか本気なのか分からず、クリスがまとう雰囲気に畏怖し、無言となっている。
勿論クリスは狙ってやっている、貴族社会で生きてきただけあり、根っからの女優なのだ。
ヨシュアは耳をへにゃっと寝かせ、尻尾が内側に巻かれて怯えている。
剣先もガタガタ震えている状況だ。
女神二人もヨシュアの背後に隠れてぷるぷる震えていた。
「さぁ、動くと危険ですわよ!じっとしてなさい!」
「「「はい!」」」
魔王が動くと危険と言って、その指示に従う勇者と女神の光景は滑稽だが、魔法を使った大立ち回りの為、舞台上で指示を出した次第だ。
意外と違和感が無いため、観客も「ん?」と思う程度でスルーしている。
クリスは勇者と女神の周りに桃色の綺麗な結界を展開した。
慌てて、ミミとサーシャが展開した振りで両手を上げるが、タイムラグがあったため、クリス本人が展開したと観客にもバレてはいるが、そこは演劇として流してくれた。
『ママー。魔王さんが、結界魔法で勇者と女神を守ったけどなんでー?』
『こら、違うのよ。あれは、女神様二人が展開したって設定よ。そう考えて劇を見ましょう!』
と言うやりとりが聞こえてきて、観客も苦笑していた。
「行きますわ!観客の皆さんも動いちゃダメですわよ~!おーっほっほっほ!邪龍炎殺!!」
クリスの手元から、黒い炎の龍がヨシュア達に襲いかかった!
しかし、予め展開していた結界が相殺したのだった。
それは高位魔法を真近で見たことの無い市民にとって、興奮せざるを得ない光景であった。
『なんだあの魔法!?』
『きゃー!クリスティーナお姉様ー!めちゃくちゃカッコいいですぅぅ!!』
「何ですって!?私の魔法を防いだですって!?これが女神の力…。」
「今です!勇者様!聖なる剣でとどめを!」
「はい!」
ヨシュアは屁っ放り腰で上手く歩けていないが、剣をクリスティーナに振り被る仕草をした。
「…これが、私の最期なのね…。」
クリスはそう呟き、天に向かって指を指す。
天空から光が差し、クリスにスポットライトが当たっているかのような演出になった。
「我が生涯に、一片の悔いもありませんわ!勇者よ、驕ることなく、世をまとめるのですよ…。」
そう言い残して宙に浮かび、舞台裏へと消えていった。
オリバー司祭のナレーションが入る。
「勇者により、魔王は討伐された!太平の世が約束されたのであった。」
拍手喝采、スタンディングオベーション。
『全部魔王側の采配だったけど、面白かったぞー!』
『クリスティーナ様達が凄すぎだ!でも勇者一行も頑張ったな!』
『クリスティーナ様の最後、美しすぎました!素敵すぎますー!』
『アクセル君、カッコいいー!』
終わってみると、魔王側の人気が凄すぎたが、それも致し方ないところである。
最後に舞台上に演者が出てきて挨拶をする。
予想通り、魔王一行のところで大歓声が起きたが、勇者と女神達も笑顔で拍手しているから特に思うところは無いようだ。
オリバー司祭も今までの公演で一番楽しかったと言える出来に大満足だ。
こうして、公演は大成功に終わった!
ーーーーーーーーー
演芸会終了~。
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