宰相夫人の異世界転移〜息子と一緒に冒険しますわ〜

森樹

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スウェントル王国編

22話 金のキツネと黒いイタチ

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ナタリーが、冒険者ギルドの長を呼んで来ると言って数分、クリス一行は客室でお喋りしていた。

「やっぱり、驚いてましたね、ナタリーさん。」
「まぁ、予想通りですわね。」
「…(ナタリーさんも苦労性だなぁ)」
「…(真面目だからこそ、クリス様に気に入られたのよ。光栄に思わなきゃ。)」

客室の扉がノックされ、儀礼的にクリスが「はい。」と返事をすると、ナタリーと共に魔族の20代後半くらいの男性が入室して来た。

褐色の肌をし、細身で短髪黒髪、メガネをかけて非常に知的な印象を醸し出している。

余談だが、この世界での魔族の定義は、人族よりもやや体力は劣るが魔法の行使能力が高い、肌の色が褐色で耳が尖っている人種の事を指す。

外見上はエルフの肌の色が褐色になっただけなので、昔はダークエルフと呼ばれていた時代もあったようだが、魔法の行使能力がエルフよりも優れている為、魔族と呼ばれるようになった。

対してエルフは人族よりもやや手先が器用で、やや魔力が高い傾向にあるが、実はそこまで能力的には人族とエルフには大きな違いはない。

その為、耳の長い人族として、耳長族と呼ぶ地域もあったという。

なお、寿命なども大きな違いはなく、どの人種も70歳~80歳程度で大往生と言われている。

閑話休題。

ナタリーと共に入室して来た男性は、爽やかな笑顔で挨拶をして来た。

「皆さま、はじめまして。スウェントル王国冒険者支部ギルドマスターのハリーと申します。新進気鋭のクリスティーナ様方のお噂はかねがね。どうぞお見知り置きを。」

「こちらこそ。」

クリスは優雅な笑顔で対峙する。

「さて、この希少種ゴーレムの討伐について、詳細をお聞かせ頂けるとか。」
「えぇ。そのつもりですわ。その前に、ハリー様にお聞きしておきたい事がございますの。」
「はい、何でしょうか?」
「情報の対価について…ですわ。」

クリスは優雅に笑み、ハリーも爽やかな笑みを浮かべている。

「そうですね、情報には対価が必要です。内容によって、お聞かせ頂いた後に検討をさせて頂いても宜しいでしょうか?」
「私、取引をした事が無い方に対して『後払い』は受け付けない主義ですの。」

ギルドマスターに対して、『信頼が無いから先に対価を提示しなさい』と言外に言い放つクリス。
ハリーは表情を崩さないが、いささか思うところはある様子だ。

「…では情報は不要だといった場合は?」
「私たちは別に子爵様の依頼達成報告のみで構いませんの。元々の目的はそれで、ゴーレム討伐は偶然の産物なので。…後、私、商業ギルドのベイン様とギャラガ様とは顔見知りですのよ。」

希少種ゴーレムの素材は、冒険者ギルドより、商業ギルドで卸す方が割合いいかしらね…。
と呟くクリス。

お互いが、穏やかな笑みを浮かべたまま目線を交錯させる二人。

「はは、これはこれは…敵いませんね。尚、クリス様のお求めの対価とは、具体的には何をお求めで?」
「うふふ。そうですね。具体的な要望の提示の前に、冒険者ギルドの仕組みについて、まず質問を何点かよろしくて?」
「はい。構いませんよ。」

クリスと交渉をしっかり付いていくハリーは、荒くれ者も多い冒険者ギルドのマスターというよりは、外交官の様な雰囲気を出している。

「ゴールドゴーレム、クリスタルゴーレムの群れを、私たちのみで倒しました。これは、ギルドカードからもご存知ですね?」
「えぇ。」
「では、Aランクの魔物の群れを無傷かつ、四人で対応出来る実力者の冒険者ランクがFランクな状態について、どの様にお考えでしょうか?」
「ランクとしては不適切ですね。」
「それでも、冒険者ギルドのルールに則り、依頼をこなしてランクを地道に上げていく、という事でお間違い無いかしら?」
「…実は公にはしておりませんが、各国共通の冒険者ギルド法の特例に該当する為、皆さまにはAランク冒険者へと飛び級して頂く事を提案しようと考えていました。」
「では、この飛び級は、情報の対価にはならないですわね。」
「…」

ハリーはこの時点で、してやられたと感じた。
元々は情報授受の上、その褒美提案としてAランク冒険者への飛び級を勧めるつもりではあったのだ。
しかし、それは褒美ではなく飛び級は当然の権利である事を理解されている。

爽やかな笑みのしたでは、悔しくて地団駄を踏んでいるハリーがいた。

「そうですわねぇ、Aランク冒険者になる事で、何か強制力はございますの?」
「いえ、特には。国からの指定依頼、指名依頼が来ることがありますが、それも自由な冒険者を強制する事は出来ない仕組みですのでお断り頂いても、お咎めはございません。ただ、一度断ると二度目があるかは保証できませんが…。」
「おほほ、存じておりましてよ。言うこと聞かない者に良い感情など持たないでしょう。当然ですわよね。」

ハリーは、クリスが何を考えているのか掴みきれないでいた。
美しい笑みを浮かべ、隣の少年も威風堂々とした雰囲気を出しつつ、無邪気な笑顔で話しを聞いている。

後ろに立つ獣人二人も、整った顔立ちで無表情に控えている。忠実な従者の様相で、抑えている雰囲気は只者ではない。

全員がまだ若いのに、この四人を前にした時に自然と跪きたくなる雰囲気は、Fランク冒険者の持つそれでは無い。

また、冒険者ギルドに登録して約一月でのAランクの飛び級は、国中で噂になるのだろうなと、ハリーは思った。

「そうですわね、実はそこまで何かが欲しいと言うわけでも無かったのですが、ゴーレムの素材を冒険者ギルドと商業ギルド双方に卸したいのですわ。商業ギルドのベイン様と鑑定士のギャラガ様をお手数ですがお呼び頂いて、正確な買取価格を提示頂きたいのですわ。冒険者ギルドでの薬草採取など、品質にばらつきがあっても一定の値段でしょう?正直、冒険者ギルドの買取査定は信頼しておりませんの。」

これにはハリーも反論は出来なかった。

これは卸問屋と仲介業者の違いでもあるだろう。

商業ギルドは、正規の値段でしっかりと査定をし買取を行う。
対して、冒険者ギルドは素材の買取は画一的な値段で行い、その後商業ギルドに卸す。

仲介している分、買取価格も低くなるし、大量の素材が冒険者より毎日持ち込まれる為、いちいち鑑定や査定をしていられない理由があるのだ。

商業ギルドにとっては、冒険者ギルドは素材の生産者的な立ち位置にあり、相互互助関係にあって上手く作用しあっている。

なら、冒険者が直接商業ギルドに売りに行けば良いのでは、と思うだろうが、ギルドカードのランクアップの為に、皆が冒険者ギルドへと素材を持ち込むのだ。

また、直接大量の冒険者が万が一商業ギルドに素材の持ち込みをした場合、その査定に追われて仕事にならなくなるのも自明の理だ。

勿論、冒険者ギルドでも目に見えて質が悪すぎる物は依頼失敗となる為、冒険者はそこそこの品質の物を持ってくる様になっている。

仕組みとして形骸化しており、そこに疑問を持つ冒険者はほぼいなかったし、疑問を持っても冒険者ランクを上げる為には、意見を言っていられない状況でもある。

「…商業ギルドに話しを通さなければならない為、子爵様の返事と同時に明日にでも回答をしても宜しいでしょうか?」
「かしこまりました。ではその結果を持って、私達の情報を提供しますわね。」

ハリーの隣で、ナタリーは今までのやり取りをきちんと控えていた。
テキパキと仕事をするその姿はやり手の秘書の様で、クリスはその姿を横目で観察する。

(内心、どう思っていようが、表情に出さず公平な目線で物事を推し量る事の出来る人材は素晴らしいわね。)

と、改めて評価を上げていた。

一方ナタリーはと言うと。
(何よ、このやり取り。おっかないわぁー。私には無理だわぁ。ギルドマスターもなんでクリス様と対等にやり合えるの?私とそうそう年齢も変わらないのに、この人も怖いわぁー。金色キツネと黒色イタチの腹の探り合いじゃないの。)

と、内心はギブアップしていたのはご愛嬌。

ーーーーーーーー

勿論、金色キツネ=クリスティーナ様で、黒色イタチ=ハリーさんですよ。
結果は金色キツネが圧倒しちゃった様子。

でも、イタチさんも若手でギルドマスターになっているから優秀ですよ。
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