宰相夫人の異世界転移〜息子と一緒に冒険しますわ〜

森樹

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スウェントル王国編

16話 いざ子爵領へ

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その日の早朝、クリス達は四人で冒険者ギルドに来ていた。

アクセル、モニカ、ポールの三人は毎日来て、夕方には優雅に依頼報告をしているため、冒険者ギルドの面子も慣れて来たが、久し振りに来たクリスに対して初めて見る冒険者もおり、いつもは騒がしいギルドが、妙な緊張感でザワザワしている。

「なぁ、なんであの人達、Fランク掲示板眺めてんの?」
「…Fランクだからだろ?」
「俺さ、この前森で、あのピンクのうさ耳ちゃんがすっげー勢いでゴブリン5体を蹴り一発でまとめて倒したの見たんだ。」
「あぁ、俺もその時白い猫耳の少年が影移動して、ゴブリンメイジを瞬殺したの見たよ。」
「後、よく森の中であの金髪美少年が、獣人二人に稽古つけてる。」
「それ私達も見たことある。なんか、凄すぎて意味分かんなかったけど、アクセル君多分Aランク級に強いんじゃないかな?」
「あのクリスティーナ様は、どこぞの国の大賢者だって噂だぞ?なんでも、悪漢に襲われた時、一瞬で結界魔法を行使して無力化したとか。」
「…結界魔法って、使える魔法使いいたの?」
「使えたら王宮で宮廷魔法使いしてるってばよ。」
「冒険者成り立てだからって…逆ランク詐欺じゃね?」

順調に無意識に目立ち始めているクリス達であった。
そんな話もどこ吹く風、今日もマイペースに掲示版を眺める一行。

「あら、この依頼にしませんこと?面白そうだわ。」

【ダンジョンで落し物しました。】
依頼主:フェルナール=コロナ
内容:我が子爵領内に新しくダンジョンが発見され、自ら視察に行ったのだが弱いモンスターしかおらず、安心していた。しかし、気がつけばお気に入りの万年筆をダンジョンで落としてしまっていたらしい。
どうか見つけてはくれないだろうか?
ランク:F~E
報酬:銀貨50枚
期間:特に無し
失敗ペナルティ:無し

ペナルティや期間が無く、危険リスクも低いとしても、銀貨50枚ではダンジョンに潜って万年筆を探すのは時間と労力を天秤に測り割に合わないと考え残っていたのだが、クリスやアクセルにとっては、この文面はどう見ても子爵本人からの依頼で、冒険者として飛びつかない理由が分からなかった。

お金は人脈から湧き出てくるもの。
上級冒険者はそのあたりを理解しているが、Fランク冒険者にとってはその日暮らしの目先の金が必要、つまり余裕が無いため気が付かなかったとも言える。

「フェルナール様…」
「…万年筆…もしかして奥様からの…。」

モニカとポールがそう呟き、二人揃って俯いている。

「ポール?どうしたの?もしかして、この依頼主、ポール達の前の雇い主かな?」
「!?…はい。フェルナール様は、手足を失って奴隷落ちを選択した俺たちを最後まで止めて下さいました。本当に、お世話になった方なんです。俺、この依頼受けたいです。少しでもご恩を返したい…。」
「あら、じゃあ、フェルナール様へのご恩を返す為にも、一緒にこの依頼受けましょうね。うふふ。」

そう言って、クリスが依頼証を受付嬢のナタリーに提出する。

「ナタリーさん、この依頼主に『モニカとポールが依頼を受けた。』とだけ、お伝え願えますか?依頼品の返却時、代理人だと意味が無いので、子爵様本人に手渡ししたいのです。」
「…はい。その程度ならお伝え出来ますが、子爵様ご本人が来るとは保証できませんよ?」
「結構ですわ。その時はその時で、何か考えますから。」
「では、ご無事をお祈りしています。」

優雅に笑い、受付を終えるクリス。一行は冒険者ギルドを後にした。

(いやー、アクセル君は子供なところもあって受付も慣れてきたし、獣人の二人は意外と普通だったからもう緊張しなくなってきたけど…クリスティーナ様は何であんなに威圧感振りまいてんの!?無意識なの?アクセル君、将来あんな風になっちゃうの!?)

ナタリーは無表情な顔の下では、クリスに対する畏敬の念を抱いていた。

「モニカさん。とりあえず、子爵領までどれ程かかるかしら?」
「馬車で1刻程ですね。ダンジョンへは、子爵領からまた専用の馬車で更に1刻程度かかります。本日は、子爵領で宿を取り、明日探索に伺うのが宜しいかと。」
「そうね、そうしましょうか。」

そのまま、馬車にて子爵領へと向かうクリス達。
普段は、馬車の中でもクリス達に失礼の無いように大人しくしているモニカとポールだが、今回は馬車の中で二人、身を寄せ合い手を繋ぎあっていた。

色々と思うところがあるのだろう。
クリスもアクセルも、別に恋仲の関係なのだから普段からイチャイチャしても咎めるつもりも無いし、眺めてニヤニヤしたい気持ちすら持ち合わせている。

アクセルは茶化したい気持ちを空気を読んでグッと堪えていた。
しかし、空気を敢えて読まない強者がクリスである。

「ふふ、お二人にとっては久しぶりの子爵領ですね。今日の宿は、私とモニカさん、アクセルさんとポールさんの男女で別れて、同性同士のコミュニケーションと行きますか?」
「え、母上?本気ですか?」

流石のアクセルも戸惑いを隠せず、モニカとポールは顔を見合わせていた。

「はい。クリス様が使用人と部屋を共にする事をお許し頂けるなら、あたし達は問題無いです。」

モニカの声色は至極普通であり、主人を敬う使用人そのものであった。

クリスは扇子で口を隠しながらコロコロと笑った。

「うふふ、冗談ですわよ。モニカさんもポールさんも、思い入れのある子爵領でも同じ部屋で過ごしなさいな。」
「もう、母上はお人が悪い。ポール達に意地悪しないで下さいよ。」
「あら、アクセルさん、一緒にお稽古して、随分とお二人に懐いているのね。」
「ち…違います!ポールとモニカが僕に懐いてくれているんです!」

クリス親子のやり取りに、モニカもポールも笑顔を浮かべ、二人とも見つめあって頷きあう。

「クリス様、もしよければ、本当に女性同士でお部屋を取られますか?使用人が主人と一緒の部屋で寝るなど言語道断ですが、お許し頂けるのであれば、クリス様のお世話はこのモニカが同じ女性として、寝るまでお仕えし、朝起きた後もご準備などのお世話をさせて頂きます。」

「アクセル様のお世話は、同じ男としてこのポールが誠心誠意していきます。もちろん、クリス様のお仕えも誠心誠意致しますが、モニカがクリス様を主にお世話をし、アクセル様は俺が主にお世話をしようとモニカと話し合っていたのです。お許し頂けるのであれば、子爵領中の宿では同性同士で宿をとりませんか?」

クリスとアクセルは共に目を合わせ、いつもの穏やかな笑みでは無く、慈愛に満ちた笑顔になる。

「モニカさん、ポールさん、元の世界では確かに高位貴族の一員ではありますが、この世界では身分の無い身です。また確かに奴隷として貴方達を購入しましたが、この世界で一緒に過ごす仲間です。そこまで気を使わなくて良いのですよ。確かに、今までの立場上、お互いがそのように振舞ってしまうのはどうしようもないですし、全く気を使わないというのも無理でしょう。でも私は、貴方達がそのように考えて頂いている事に、喜びを感じております。」

「うん、僕もポールと一緒の部屋で話ししながら、男同士で気楽に過ごしたいな。ね、母上。良いでしょ?」
「もちろんですわよ。私もモニカさんと一緒のお部屋で過ごすの、楽しみですわ。」

アクセルは、ポール達が元の子爵家への忠誠心により、今後の事に迷いが出るのではと、実は少し心配していたが稀有だったようだ。

先程のクリスの発言通り、アクセルも年の近いポールとモニカ達に、元の世界では感じる事の無かった同年代への信頼感を持っており『友人・仲間』の様に感じて懐いているのは確かであった。

そうして、子爵領へと到着したのであった。
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