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第106話 また共に

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 豪華客船での船旅は快適だった。
 王都は、運河と龍脈の十字に交わる土地に作られている。
 運河は、王国にとって大事な交易路の一つ。
 そのためその整備も、船もクルーも、あらゆる面で高水準だった。

 やがて数日後、俺達が乗る豪華客船は、例のオーロラ――龍脈上空に溢れたマナによる魔力光のカーテンが見えるという場所に差し掛かった。

 レイルも誘ったのに、甲板にはやってきていない――はずだった。

(何やってるんだ、あいつ……)

 俺とルナリアが二人連れ立って歩く背後に、気配を消して続く盗賊少女。

(護衛のつもりか? だったら一緒に来ればいいのに)

 レイルの不審な行動に訝しんでいると、カップルにぶつかってしまった。謝ると、許してくれた。またカップルにぶつかりそうになる。

(人、多いな)

 甲板には、乗船客のほとんどが出てきたのではないか、と思えるほど人で溢れかえっていた。
 俺はルナリアの手を引いた。

「あ……」

 ルナリアのか細い声が上がる。

「はぐれるとまずいし」

「そうですね」

 ルナリアは微笑んだ。

 実を言えば、今も『心眼』を発動している。
 豪華客船の中、ルナリアはほとんど部屋で過ごしていた。護衛はしやすかったが、レイルは退屈そうで、俺も似たような感じだった。
 手持ち無沙汰だった俺は、自室でほとんど動かずにできる『心眼』のトレーニングに励んだのだった。
 結果、今では、だいぶ使いこなせるようになってきていた。

 黒色や灰色に見える群衆の中、俺はルナリアの手を掴み、オーロラが見やすそうな船首へと進む。

 人々の背中ばかり見ていたからか、船首に出た瞬間、目に飛び込んできた景色の美しさとのギャップに息を呑んだ。

「わぁ――」

 ルナリアと揃って歓声を上げる。
 それほどの光景だった。

 王都は、光り輝く小さな山のように見えた。
 難攻不落の要衝に作られた王都は、色とりどりの明かりが灯っている。
 ここからではまだまだ距離はあるが、水辺に浮かぶ小さな光る山のようで美しかった。
 そして王都の上空に、横切るように走っているのは、龍脈の魔力光――オーロラだった。

「凄い……」

 スケールが違った。

 魔力光は、魔法を発現する際に見えるもの。当然、回復術師の俺もよく見ている。
 見慣れた光のはずだった。
 だが――。

「美しいですね」

 ルナリアの呟きに、ただ黙って頷く。
 ルナリアも返事など求めていないのだろう。その目は一心に夜空を見上げていた。

「このオーロラを見ると、争いとか馬鹿馬鹿しくなるな」

 スヴェンとフォルネウス、レイルと共にダンジョンに潜ったり、深い森を彷徨い歩いていたりした頃には、見られなかった光景だ。
 なぜ人は争うのか? などという普段は考えないような哲学的な問いが浮かぶ。
 今を生きるのに精一杯でそんなことあまり考えたこともなかったのに……。

 そんな興奮した様子のルナリアにふと目を向けると、ルナリアの胸元がつい見えてしまった。
 ドレスの胸元が見えないようにスカーフを巻いていたにもかかわらず、それが緩んでしまっていたのだ。

 ルナリアに小さく呼びかけたが、彼女は瞳を輝かせてオーロラを見上げている。
 なんだか止めるのも悪い気がした。

 スカーフを軽く巻き直してあげようかと、もう一度胸元に視線を向けると、そこに不思議な輝きがあることに気づいた。
 あの上空のオーロラのような青と赤を混ぜたような色――紫の輝き。
 オーロラの色。魔力の色。魔石の色。――――『魔癌』の患部の色。

「――――っ」

 目を見開いた俺に、ルナリアは不思議そうに見上げてきた。

「どうか……されましたか?」

「いや。なんでもない。なんでもないんだ」

 ルナリアがなぜ黙っていたのか、他のフォージュン家の皆がなぜ驚いた様子がなかったのか、いろいろな疑問がぐるぐると頭を回る。

 だが、俺は笑みを作る。今のルナリアと同じように。

「綺麗だよね」

「はい! そうですね!」

(『魔癌』――)

 元々、ルナリアの母を治すつもりだった。そのために、迷宮都市に向かい、情報を集め、もし癒やすアイテムがあるならば手に入れる予定なのだ。
 目的は何も変わらない。
 ここで俺がルナリアの奇病の発病に気づいたと告げても、彼女の顔を曇らせるだけだろう。

「本当に、綺麗だ」

 俺はもう一度、夜空に視線を移した。
 ――このオーロラをもう一度、ルナリアと見よう。
 「はい!」という元気の良い返事を聞きながら、俺は自分自身に誓った。
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