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第82話 死者は死者だ

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 気づくと俺は元の世界に戻っていた。
 偏頭痛のようなものに顔をしかめ、細めた目の先に青い光が映る。
 ゆっくりと目を開けると、祭壇があり、あのベール状の結界が消えていた。
 確認するために見上げると、古竜が満足そうにこちらを見下ろしていた。

(なんとか成功したか……)

 正直ゴブリンロード『心眼』の助力がなければ、あの精神世界のような場所で死んでいたかもしれない。伊達に古代魔法文明の結界、古竜を封印する結界ではなかったということだ。
 外部から、適性のあるものが解除しようとして、このざまなのだから恐ろしいという他ない。

(古竜が解除の前に言っていたように、本当に回復魔法が上手く使えそうにないな)

 まるで意識が混線しているかのようで、回復魔法という単一の術式に集中できなくなっているのだ。

(まあ、無理をすれば、確かに通常の回復くらいはできそうだけど……)

 だが、極度の集中状態を必要とする部位欠損クラスの大怪我や大規模な物質の回復などは、魔力の回復量いかんに関わらず不可能だろう。

 やっと偏頭痛が消えつつある俺に向かって、古竜が話しかけてきた。

「どうだ、簡単だっただろ?」

 本心からそう思っていると、声色や態度からわかった。
 ついでに言うと、今までにあったタイムラグや不思議な声の印象などもなく、ごく普通に空気を振動する音として伝わる。
 結界越しではなく、直接だから声に込められた感情までよく伝わってくる。
 それはそれとして……。

「――はぁぁ……」

 思わず古竜に向かって深い溜息を吐いてしまった。
 いにしえを生きるドラゴンに対する態度ではないかもしれないが、許してほしい。

 そんな俺の態度に古竜は不思議そうにわずかに首を傾げ、見下ろしてくる。

「……物凄く大変でした」

「ほう……そうか? あっという間だったし、苦戦したようには見えんが」

 古竜は俺から視線を他の皆に移した。
 俺も背後にいたルナリア達を振り返ったが、どうやらあっという間、というのは本当らしく、ルナリア達の様子に別段変わった様子はない。
 「すぐ戻ってきて良かったです」とルナリアが胸で手を組んで呟いている。

「すぐ……か」

 どうやら精神世界とでもいうべき精霊界だか天界だかでは、時間の流れが物質界と違うようだ。

(本当にわずかな時の出来事だったけど初めての経験に精神的な重圧が凄くて長い時間に感じただけかもな……)

 じっとりと脇や背中が汗ばむ感触がある。

「では早速、約束を果たそう。貴様らをここから逃がすために、我に乗ることを特別に許す」

「そ、その前に――待ってくれ、聞かせてくれ!」

 俺は、古竜に問いかけた。
 古竜は、封印を解いてしばらくすれば、物質界にあるこの肉体は滅びると言っていた。ならば聞いておきたいことがあった。

「さっきの場所はどこなんだ?」

「さっき? ああ、貴様が行った先か……はて……おそらく精霊界か天界であろう」

 ざっくりとした返答に、古竜がまったく興味を抱いていないことがわかった。

「そこで、……その……誰かに出会うとかあり得るか?」

「ありえるぞ。実際我の姿も見たであろう?」

「ああ……」

「とはいえ、我ほどの存在でなければ、精神世界で満足に存在できんがな」

 なるほど、と納得する反面、一言愚痴りたくなった。

「……俺はなんだか白い闇に意識だか魂だかが溶け出して拡散し、消滅しかかったんだが」

「まあ、当然であろう。これほど強力な結界を解く代償なのだからな」

 あっさりとそんなふうに言われた。
 また溜息を吐きそうになったが、それよりも大事な確認があった。

「――そこで出会ったということは……」

「死者だ」

 なぜか硬質な声が返ってくる。

「死者は死者だ。貴様が誰と出会い、どう行動したのかは知らん。だが、死者は死者。それだけは覚えておけ」

 よくわからない忠告めいた言葉を古竜が繰り返す中、背後から大きく唾を飲む音が聞こえた気がした。音の発生源はルナリアのように思えたが、振り返ってみても特に反応はなかった。

 首を傾げつつも古竜を見上げた俺の耳に、スヴェンの声が聞こえてきた。

「どうやら、自らを守るバリアをヨシュアが解いたみたいだな、どうやったのか知らないが……」

 おもむろにスヴェンと共に立ち上がるフォルネウスが、落ちていた眼鏡を掛けた。

「あれほど強力な結界で身を守っていたところから見るに、防御力には自信がないと見えますね」

 何を言ってるんだこいつは、という顔を古竜は浮かべているようだった。訝しげに目を細め、口が半開きになっている。きっと俺達も似たような表情だろう。

「何を……言っている……?」

 本当に不思議そうな古竜の問いに、フォルネウスが折れた杖を突きつけた。その先端に火炎の渦が生まれていた。
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