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第78話 千年の悲恋(ルナリア視点)

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 古竜は本当に多くを語るつもりはないらしかった。
 事情は至ってシンプルだった。

 ――【当時、古代魔法文明の時代にも当然ながら、戦争はあった。争いはあったし、奪い合いもあったし、権力闘争もあった。……そして、現代でも珍しくないであろう政争に破れたあげく、命を奪われた少女がいた。……その回復術師の男は、彼女を復活させるために、禁忌とされた『蘇生魔法』を使用したのだ。一応言っておくが、蘇生魔法は、通常成功しない。なぜなら……】

「魂は精霊界を抜けて、天界か魔界に行くから、ですね」

 ――【そうだ。……つまり物質界に働きかけて物理現象を起こす、という魔法の大前提に反しているのだ。結果は異なる次元を強制的に繋ぐ――球状の大地震という形で現れた。その初めての現象を、生き残ったごく少数の黒髪黒目の魔術師達は『次元震』と呼んでいたがな】

「次元震……」

 ――【その結果、大和は崩壊した】

「大和……もしかして、多島海都市国家連合ヤマトのことでしょうか?」

 ――【多島海都市国家連合……? 知らん名だが、ひょっとすれば、次元震によって崩壊した大きな島が粉々となり、それで多島海となったのかもしれんな】

 古竜は口を閉ざした。
 引き結んだような口元と、静かに閉じた瞼から、古竜が回想に浸っているのが感じられた。

 ルナリアはしばらく待ったが、古竜が深く思考に沈んだ様子だったので、躊躇いがちに尋ねた。

「それで、その回復術師の男性と、亡くなった女性は…………」

 なんとなくルナリアは自身と重ね合わせてしまった。
 死してなお忘れられぬ想いから、死者の蘇生を行おうとした。きっと男は女のことを愛していたに違いない。

 ――【くぁははは……島が粉々に砕けた事実より、幾星霜も過去の悲恋を聞きたがるか……】

 笑われたルナリアは真っ赤になった。まるで自信の淡い恋心を悟られでもしたかのように。
 ルナリアにしてみれば、クオンを引き取り、白眼視されるようになった王都から、辺境での生活までの間、激動に次ぐ激動だった。その中で、頼りになった父を失い、母さえも倒れた。
 残ったのはベルトラントとカエデなどのごく一部の信頼できる家臣と、ほとんど血の繋がらない弟だけ。あげくに無茶をして、ゴブリンに捕まり、「……もうこれまでか」とさすがに気丈な彼女でも諦めかけた時だった。
 ――ヨシュア。
 ただの回復術師を自称する、只者ではない回復術師が癒やしてくれたのだ。
 ルナリア達の傷を――クオンの両足を――そしてルナリアの心に巣食う闇を――……。

 ニコリと笑ったルナリアは開き直ったように古竜に告げた。

「ええ。今、私はヨシュア様に恋をしていますので」

 そう断言されて目を丸くしたのは古竜ドヴォルザーグの方だった。

 くぁははは、ともう一度笑ったが、先程のような勢いはない。苦笑……いや、ルナリアの発言に、少しひるんだようですらあった。
 大変珍しい古竜の姿といえただろう。

 ――【そうか。ならばちょうど良かった。ヨシュアのことを、あの『なんでも回復できる回復術師』のことを頼んだぞ】

「頼む、とは?」

 ――【千年前のように、世界を崩壊させるような出来事を起こさせるな、ということだ】

 ルナリアはしばらく考え込んでから、不思議そうに問いかけた。

「なぜ、古竜様は、ヨシュア様に直接そうおっしゃられないのです? 最初はそのおつもりだったのでしょう?」

 古竜は確かに、最初はヨシュアに、最後の忠告として何か言葉を送ろうとしていた様子だった。
 だが、途中でやめて、ルナリアだけに説明したのだ。

 ――【……理由は簡単だ。……助けられる命を見捨てるというのは、辛いものだ】

「………………」

 ――【普通なら「見捨てる」という選択肢は存在せず、死者は死者だ。それがこの物質界での当たり前の現象だ。……だが、精霊界や天界などにまで働きかけるような魔法は、その当たり前を突き崩す】

「……もし」

 ――【ん?】

「もし、ヨシュア様が、誰が親しい人を亡くし、自身が『なんでも』回復できると知っていたら、きっと思い悩むし、あげくに選択を誤り、かつてのような大きな被害をもたらすとお考えなのですか?」

 ――【どうかな……】

 長い時を生きる古竜にもわからないらしく、天井の辺りを見上げ、小さく呟いた。

 ――【どちらを選択するかは……正直我にもわからん。だが――一つだけわかることがある】

「それは?」

 ――【気に病むということだ】

「…………」

 ――【我の見たところ、ヨシュアは過去に出会った回復術師によく似た気質をしておる。きっと「回復させない」選択を選んでも、気に病み続け、やがては自分自身の精神に変調を来すだろう】

 ルナリアは小さく頷いた。
 その姿が容易に想像ついたのだ。

 ――【過去に、あの大災害の後、生き残った女回復術師は、すべてを「直そう」とした】

「直す」

 ――【歪んでしまった過去、未来、現在……それらすべてを『回復』できないかと本気で考えたのだろう。……だが、彼女は結局諦めた。それが危険だと知っていたからだ。だがそれでも、友と親友を見捨てたような気がして、ずっと気に病み、厭世的な生活を送ったらしい……今はさすがに死んだか、それとも何らかの方法で長寿を保っているか……】

 もし生きていたら古竜並みの長寿を誇ることができる存在だ。人間を超えた人間というべきだろう。
 古代の魔術師達は、現在の魔術師達とは格が違った。

 だが、そんな事実よりも、ルナリアは気になる単語を繰り返した。

「『友と親友を見捨てた』と言いましたが、それってひょっとして……」

 ――【回復術師の男は、女の蘇生には成功したが、結局、荒れ狂う世界の中、命を絶った。仮にそうしなくても、大荒れした海によって削り取られ、次元震によって粉々になっていく島にいれば、死ぬしかなかっただろうがな】

 心中。
 そこまでして、ただの心中で終わってしまったのだ。

 古竜が後悔した様子なのも仕方ないとルナリアは感じた。

 ――【話は終わりだ。……ヨシュア達を呼んできてくれ。――いや、その前に最後に一つだけ聞かせてもらおうか】

 ルナリアはヨシュアを呼びに行こうと背中を古竜に向けたが、首だけで振り返った。

 ――【もしヨシュアが死者の蘇生をしようとしたならば、ルナリアよ……貴様は止められるか?】

「拳で……殴ってでも」

 袖まくりする仕草までして、ルナリアはそう快活に笑った。
 それを見て、古竜ドヴォルザーグは肩の荷が下りたかのように、頬の筋肉を緩めた。

 ――【そうか……そうか……。それは頼もしいな。……ならば、我が動くこともあるまい】

 古竜が沈黙し、また瞼を閉じたので、ルナリアはヨシュア達に向かって歩き始めた。
 背後から、古竜の独り言が聞こえてきた。とても小さな声だったので、おそらく誰かに聞かせる意図はなかっただろう。



 ――もし千年前のあの時のような悲劇が起きようとするならば、我は戦ってでも止めねばならん。
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