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第76話 古竜ドヴォルザーグの提案
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もとの調子に戻り、古竜は口を開いた。
――【この結界は何か? と最初に聞いたな】
「はい」
――【この結界はな。あらかじめ「壊れた」結界なのだよ】
「えっ?」
――【言わなかったか、壊れた結界を解いてほしいと。……この世界は、そこにだらしない顔をして寝そべっている賢者を自称する愚者が申しておった通り、四つの異なる次元の世界によって構成されておる。この物質界、そして精霊界と魔界、天界だ】
俺は黙って頷き、続きを促す。
――【物質界はその名の通り物質によって構成された世界。そして精霊界は精神、魔界と天界は魂が大本となっておる。マナはそのすべての世界を循環している】
「そうなのですね」
――【そして、この結界は、意図的に各世界との繋がりを「壊されて」いるのだ。壊れた境界線ゆえに触れれば、魂を刺激されて昏倒したり、精霊界にマナを吸い取られたりする。極めて厄介な結界だ】
「その……一つ質問なのですが」
――【なんだ?】
「どうして、封印なのですか? ……その、古竜ドヴォルザーグ様がおっしゃる通り、古代魔法文明を築いた者達がドヴォルザーグ様を脅威と感じていたなら、……その……」
――【なぜ殺さなかったか、か? そもそも古竜は死なん】
「……え!?」
――【古竜に至ると、精霊界にも、天界か魔界のどちらかにも、存在することになる。物質界の肉体を滅ぼされても、精霊界などには存在しているし、物質界に魔法的にも物理的にも干渉する術は持っておる。ゆえに、封印が最も効果的なのだよ】
あまりにもいろいろありすぎて、俺としてはどう反応していいかわからない。
だが、古竜は話を続けた。
――【最後にお前にどうしても伝えておきたいことがある。決して…………】
そこまで滔々と語っていた古竜が、初めて間を空けた。
唐突な間に首を傾げる俺を、古竜はじっと見下ろした。
やがてルナリア達を見回し始めた。
――【封印を解いてしばらくすれば、我の肉体は滅び去る。この肉体は数千年に亘り、無理やり維持してきたものだからな。一時的に精霊界と天界に下がり、また物質世界に降臨するのはずっと先、おそらくお前達の寿命が尽きる頃になるやもしれん。だから、伝えておきたいことは今、伝えておこう」
「はい……」
衝撃の事実を次々に教えてくれた古竜がここまで前置きして、一体何を告げるつもりなのかと俺は内心恐々としていた。
それなのに、告げられたのはすげない言葉だった。
――【お前が最も信頼できる者は誰だ? ふむ。その女か。確かルナリアと言ったな。……では、ルナリアだけ残り、ヨシュアを含む他の者達は、一旦下がれ。決して声の聞こえぬ場所までな】
ルナリアだけ置いて、この場を去るというのは嫌だったが、断る理由も浮かばない。
そもそも古竜がここまで対等に話し合いに応じてくれていること自体が奇跡なのだ。
この古代魔法文明の遺跡に生き埋めになったような俺達が生き残るには、おそらく古竜の力か知識が必要だった。
「ヨシュア様」
たった一言だけ。
ルナリアはたった一言だけ呟き、俺を見つめた。
言葉は短すぎたが、その揺るぎない視線は言葉以上に雄弁だった。
「ああ」
俺もルナリアに倣い、短く答えて、踵を返す。
「おいおい、いいのか!?」
慌てたようなレイルが、古竜の元から離れる俺に並ぶ。
「……こっそり盗み聞きしてやろうか?」
レイルが耳打ちしてくれた。
その瞬間、牽制するように古竜の咳払いが聞こえてきた。
レイルの肩がビクッと震え「はは……」と苦笑いを浮かべて、下手な口笛を吹く。
「やめておいてくれ」
「だな。難しそうだ」
ベルトラントとカエデは何度もルナリアを振り返っていた。心配なのだろう。
クオンは、ずっと何かを考え込んだ様子で、顎に手を当てている。うつむき加減の姿勢のためかもしれないが、何か表情に陰があるように思えた。何かを企んだりする悪人のような……。
(いや。まさかな……)
クオンの人となりは、この生死を共にした中でだいたいわかっている。
(大丈夫、大丈夫、……大丈夫のはずだ)
そう繰り返し思う。
自分に言い聞かせる。
少なくとも、こんな危機的状況で仲間割れだの変な真似だのはしないはずだ。
俺は腰に下げたゴブリンロード『心眼』の刀を撫でた。
(――不思議だよな。もっとも心が通じ合って、深く信頼できると思った奴が、ゴブリンだったなんて……)
もちろんルナリアのことは心から信頼しているが、正直、他の者達のことをゴブリンロード『心眼』やルナリアと同程度に信頼できるかと問われれば、即答できそうになかった。
(ルナリア……どうか無事で)
俺は背後を振り向いた。
高い祭壇を見上げているルナリアの後ろ姿が見えた。
――【この結界は何か? と最初に聞いたな】
「はい」
――【この結界はな。あらかじめ「壊れた」結界なのだよ】
「えっ?」
――【言わなかったか、壊れた結界を解いてほしいと。……この世界は、そこにだらしない顔をして寝そべっている賢者を自称する愚者が申しておった通り、四つの異なる次元の世界によって構成されておる。この物質界、そして精霊界と魔界、天界だ】
俺は黙って頷き、続きを促す。
――【物質界はその名の通り物質によって構成された世界。そして精霊界は精神、魔界と天界は魂が大本となっておる。マナはそのすべての世界を循環している】
「そうなのですね」
――【そして、この結界は、意図的に各世界との繋がりを「壊されて」いるのだ。壊れた境界線ゆえに触れれば、魂を刺激されて昏倒したり、精霊界にマナを吸い取られたりする。極めて厄介な結界だ】
「その……一つ質問なのですが」
――【なんだ?】
「どうして、封印なのですか? ……その、古竜ドヴォルザーグ様がおっしゃる通り、古代魔法文明を築いた者達がドヴォルザーグ様を脅威と感じていたなら、……その……」
――【なぜ殺さなかったか、か? そもそも古竜は死なん】
「……え!?」
――【古竜に至ると、精霊界にも、天界か魔界のどちらかにも、存在することになる。物質界の肉体を滅ぼされても、精霊界などには存在しているし、物質界に魔法的にも物理的にも干渉する術は持っておる。ゆえに、封印が最も効果的なのだよ】
あまりにもいろいろありすぎて、俺としてはどう反応していいかわからない。
だが、古竜は話を続けた。
――【最後にお前にどうしても伝えておきたいことがある。決して…………】
そこまで滔々と語っていた古竜が、初めて間を空けた。
唐突な間に首を傾げる俺を、古竜はじっと見下ろした。
やがてルナリア達を見回し始めた。
――【封印を解いてしばらくすれば、我の肉体は滅び去る。この肉体は数千年に亘り、無理やり維持してきたものだからな。一時的に精霊界と天界に下がり、また物質世界に降臨するのはずっと先、おそらくお前達の寿命が尽きる頃になるやもしれん。だから、伝えておきたいことは今、伝えておこう」
「はい……」
衝撃の事実を次々に教えてくれた古竜がここまで前置きして、一体何を告げるつもりなのかと俺は内心恐々としていた。
それなのに、告げられたのはすげない言葉だった。
――【お前が最も信頼できる者は誰だ? ふむ。その女か。確かルナリアと言ったな。……では、ルナリアだけ残り、ヨシュアを含む他の者達は、一旦下がれ。決して声の聞こえぬ場所までな】
ルナリアだけ置いて、この場を去るというのは嫌だったが、断る理由も浮かばない。
そもそも古竜がここまで対等に話し合いに応じてくれていること自体が奇跡なのだ。
この古代魔法文明の遺跡に生き埋めになったような俺達が生き残るには、おそらく古竜の力か知識が必要だった。
「ヨシュア様」
たった一言だけ。
ルナリアはたった一言だけ呟き、俺を見つめた。
言葉は短すぎたが、その揺るぎない視線は言葉以上に雄弁だった。
「ああ」
俺もルナリアに倣い、短く答えて、踵を返す。
「おいおい、いいのか!?」
慌てたようなレイルが、古竜の元から離れる俺に並ぶ。
「……こっそり盗み聞きしてやろうか?」
レイルが耳打ちしてくれた。
その瞬間、牽制するように古竜の咳払いが聞こえてきた。
レイルの肩がビクッと震え「はは……」と苦笑いを浮かべて、下手な口笛を吹く。
「やめておいてくれ」
「だな。難しそうだ」
ベルトラントとカエデは何度もルナリアを振り返っていた。心配なのだろう。
クオンは、ずっと何かを考え込んだ様子で、顎に手を当てている。うつむき加減の姿勢のためかもしれないが、何か表情に陰があるように思えた。何かを企んだりする悪人のような……。
(いや。まさかな……)
クオンの人となりは、この生死を共にした中でだいたいわかっている。
(大丈夫、大丈夫、……大丈夫のはずだ)
そう繰り返し思う。
自分に言い聞かせる。
少なくとも、こんな危機的状況で仲間割れだの変な真似だのはしないはずだ。
俺は腰に下げたゴブリンロード『心眼』の刀を撫でた。
(――不思議だよな。もっとも心が通じ合って、深く信頼できると思った奴が、ゴブリンだったなんて……)
もちろんルナリアのことは心から信頼しているが、正直、他の者達のことをゴブリンロード『心眼』やルナリアと同程度に信頼できるかと問われれば、即答できそうになかった。
(ルナリア……どうか無事で)
俺は背後を振り向いた。
高い祭壇を見上げているルナリアの後ろ姿が見えた。
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