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第75話 因果応報ならぬ世

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 俺の訝しむような視線に気づいたらしく、ルナリアが耳打ちしてくれた。

「ヨシュア様」

 ルナリアの吐息が耳元にかかる。それほど近い。声は非常に小さかった。

「どうか内密にしてほしいのですが……」

 ルナリアの視線が、ほんの一瞬だけレイルを捉えた。
 レイルは盗賊だ。視線にも敏感だった。
 だが、わざとらしく頭の後ろで腕を組み、口笛でも吹きそうな顔で横を向いている。

(レイル……あいつ、超優秀なのに、演技だけは下手だな……)

 だから『渡り鳥』――冒険者をやっているのかもしれない。
 ベルトラントのように貴族社会を渡り歩くのも無理だろうし、噂に聞く盗賊ギルドお抱えの詐欺師集団などにも属せないだろう。媚を売るのも苦手だろうから、きっと娼婦とかも無理だ。

「……クオンは、王族なのです」

「え?」

 余所事を考えていたせいで、「レイルに盗み聞きされてるかも」と注意するのが遅れた。
 一瞬、レイルの下手な口笛でも吹きそうな動きが止まった気がした。たぶん気のせいではない。この距離ならレイルなら聞き逃すことはないだろう。どれほど小声であろうと。

「じゃあ、『選ばれし民』というのは……」

「たぶん……王族のこと……ではないかと…………」

 ルナリアは自信なさそうだが、そう判断しているらしかった。

(俺の勘違いか……?)

 かなり不穏な気配をクオンから感じたのだが。
 それに話の流れ的に、王族関連という感じでもなかったように思う。

 だがそんな余所事は、古竜の咳払いで終わりを告げた。

 ――【では、そろそろ本題に入ろう。――この封印を解いてほしい】

 俺はどうすればいいのか、判断に迷った。
 出来る限り真摯な表情を浮かべつつ、古竜を見上げる。
 残念ながら爬虫類のように顔が鱗に覆われているせいで、表情がわかりづらい。
 瞳も人とはまったく違っている。

「封印された理由を聞いても……」

 ――【くだらぬ問いだ。力持つ者は、同じく力持つ者を恐れる】

 俺としてはそう言われてもピンと来なかったが、それは俺だけらしかった。クオン達だけでなく、レイルまで納得した様子だ。

「……あの、こう言っては失礼だと思いますが……俺はてっきり……何か悪事を働き、それで封印されたと……」

 ――【ぶっわははははっ】

 古竜が笑い、いきなり突風が吹き荒れるような感じがした。いや、実際に前髪が揺れ、倒れたフォルネウスのローブなどがはためている。強烈な魔力が波動のように伝わってきているのだ。

 ――【……はははぁーーっ……ふふふ…………】

 古竜は笑い終えても、しばらく思い出し笑いのようなことをしていた。

 ――【どれほど世代を経ても、変わらんな。お前は……】

 どこか愛おしそうに、愚かな子供を不憫がるように、古竜は目を細めて俺の方を見つめた。

 ――【『追放された回復術師』よ】

「はい」

 呼びかけられて、思わず頷いたものの、俺は首を傾げた。

(え? 俺がスヴェン達の冒険者パーティー「暁」を追放されたことをドヴォルザーグは知ってるのか?)

 古竜の知覚能力や魔法の限界を知らないので、俺の情報を入手していてもおかしくないのだが、どこか違和感を感じる口調だった。同情するような古竜の視線のためだろうか。

 いくらブラックな冒険者パーティーだったとはいえ、いにしえから生きる古竜に同情されるほどではない……と思いたい。

 ――【追放される理由は、常に正当なものか?】

 俺は考え込んでいたので無言だったのだが、古竜は再度呼びかけてきた。

 ――【『なんでも回復』できる者よ】

 とりあえず先程浮かんだ疑問は棚上げした。少なくとも、単純にこの古竜が悪い存在だから封印されたのではない、となんとなくわかっただけで十分だ。
 嘘を吐いている――とは思いたくない。仮にそうだとしたら、俺達はこの遺跡の中、生き埋めになるか、全滅するか、そのどちらかになってしまうだろうから。

 ――【それともまだ自覚はないのか?】

「『なんでも』という意味がいまいちよくわからないのですが」

 古竜はどこか遠い目をし、天井の辺りを見上げた。
 何かを思い出すような遠い瞳だ。
 そんな姿だけは、千年を生きる古竜も人も変わらないようだった。
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