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第57話 目に見えたもの

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「くっくっくっ……」

 ゴブリンロード『心眼』は笑った。

「始まりも、終わりも、迫害と敵意だ……」

 何を言っているのか、わからない様子のルナリア達四人はゴブリンロード『心眼』を見た。
 だが、俺は彼が何を思ったのか、なんとなく察した。

 生まれてから人間の親友に出会うまで、罵声と敵意の中で生きてきたのだろう。
 そして終わりも、そうだ、と。

「まさに自分らしい終わりだ。――さぁ、さっさと手を放せ、ヨシュアよ。……我はゴブリンロード。ゴブリンロード『心眼』だ」

 俺の名付けた名を叫び、カッと目を見開くと、威嚇するように乱杭歯を剥き出しにし、クオンを睨みつけた。

(まさか、俺が限界なのを察して、自ら――!?)

 俺の体力はとっくに限界を迎えていた。
 回復した魔力を片っ端から回復魔法に回すことで、現状をぎりぎり維持していた。ゴブリンロード『心眼』はそのことに気づいていたのだろう。

「貴様らの憎い敵だ」

「――――」

 クオンは無言で、ゴブリンロード『心眼』に向かって、武器を携えたまま近づいた。ベルトラントもそれに続く。
 カエデはルナリアの訴えに揺れ動いているらしく、槍を握ったまま、クオンに続くべきか、俺とルナリアの言葉通りにとどまるべきか迷っているようだった。

「それに貴様らの大事な友、ヨシュアは、もうそろそろ我と共に、奈落の底に落ちかねんぞ」

 ゴブリンロード『心眼』の言う通り、初めて行う無茶な小刻みな連続ヒールのせいで、精神が千々に乱れるような感覚がある。

(このまま続ければ、下手すると……)

 ……二度と回復魔法が使えなくなるんじゃないか。

 そんな漠然とした予感があった。
 剣士が腕を大怪我し、剣を振れなくなるように、魔術師が精神的に病んで、まともに魔法が使えなくなるケースというのも稀に起こる。

「さあ、放せ、ヨシュア。……放せないというのなら、手伝ってやれ」

 ゴブリンロード『心眼』の目がクオンとベルトラントをとらえる。

「ヨシュア殿……どうか手を放してください」

 クオンの言葉に、俺は首を横に振る。
 仕方ない、というように溜息を吐いたクオンは、裂け目の前でしゃがみ、ゴブリンロード『心眼』を刀で突く体勢になった。

 冷静で判断力のあるクオン、そして常識人のベルトラント。クオンとルナリアに付き従うカエデ。彼らの判断は、常識的、当たり前のことだった。
 冒険者の規則を持ち出すまでもなく、モンスターの親玉であるゴブリンロードを殺すのが、人間社会の正しいルールだ。

(それでも! 俺は――っ!)

 強く念じた瞬間、ふいにクオンの両足を回復したような強烈な光が放たれた。
 あの時と同じように、俺とルナリアは触れ合っていた。
 触れ合う手と手を通じ、ルナリアから魔力が流れ込んでくる。
 といっても、さすがにルナリアの魔力もだいぶ減っていたのか、あの時ほどではない。

 それでも――。

「――っ!? 凄い……!」

 自分の回復魔法が凄いことは知っていた。
 それでもまさか、枯渇状態で、ルナリアの魔力を得るという補助があったとはいえ、先天的な盲目の治癒と、失った片腕の快癒を同時に行えるとは思いもよらなかった。

 ゴブリンロード『心眼』も、出血多量で朦朧とした様子のままのようだが、驚きの声を上げた。

「腕が……いや、それに……目が……治った……のか? ……これが……光…………」

 ゴブリンロード『心眼』が目を見開いた。
 そして焦点の合わない目で、周囲を見回す。

 やがて、ぴたりと俺の顔に目を止めた。

「ああ……そんな顔をしていたのか」

 なんとも不思議な声音だった。
 重なり合う俺とルナリアの手を見つめる。
 緑色の皮膚に硬い剛毛に覆われた醜い節くれ立った手と、すべすべの白いルナリアの手と俺の手。

「そして我はこんな姿で……お前達はそのような姿で…………」

 何かを確かめるように、見つめ続けた。
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