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第54話 開眼
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彼は叫んだ。
『貴様はゴブリンロード『鎧兜』か!? まさか村を襲ったのか!』
その激怒の声を聞き、様々なことが繋がった。
様々な深い知識を持っている理由、刀という珍しい武器を彼が持っていた訳。
普通に考えて、通常の盲目のゴブリンは、知識に接する機会も、特別な武器を持つ機会にも恵まれないはずだ。
我は疑問や違和感を感じつつも、心の底に無意識に押し込んでいたのだろう。
『なんだ、ゴブリンが、はぐれた一匹の人間を襲っているわけじゃないのか? 人間一匹にゴブリン一匹、どっちも目が見えないのか? なんとも奇妙な組み合わせだな、グギャギャギャギャッ!』
ご丁寧にゴブリンロード『鎧兜』は、気づきつつも無視しようとしていたことを言葉に出してくれた。
人間の彼は、おそらく我が『ゴブリン同士』と誤解していることに気づいていただろう。『キミはゴブリンロードに向いている』などと、人間相手に賛辞を送ったのだからな。
ゴブリンロード『鎧兜』は、まず彼――人間を殺そうとした。
我は震える体でなんとか哀願し、懇願し、『どうか見逃してください』と地面に頭を擦りつけた。抵抗したところで、ゴブリンロード『鎧兜』に勝てるわけもない。続々と奴の配下も集まってくる。
そして……地獄が始まった。
奴は、小さな村を襲った程度では飽きたらなかったのだろう。
その上、盲目のゴブリンと人間が、互いに友情めいたものを持っていることに、ゴブリンロードの知性で悟ったのだろう。
ゴブリンの知性は低いが、上位種、特にロードは高い。
グギャギャギャ! と笑う彼らの前で、俺達は嬲りものになった。
槍の柄で突かれ、拳で殴られ、殺さないように丁寧に丁寧にだ。
我ら一人と一匹を囲むゴブリン達は、我らが倒れかかってくると中央に押しのけ、その中央にいる幾匹かのゴブリン達が攻撃してきた。
まるで下世話な見世物のようだった。
虫の息となって血まみれになって倒れた我らに、ゴブリンロード『鎧兜』はポーションの小瓶を一つ投げて寄越した。
我の頬に当たったそれは、目の前の草むらに転がった。
痛みで熱くなった頬に当たったその冷たい感触を、今でも鮮明に覚えている。
『一匹だけは生かしてやろう』
我らに向かって、ゴブリンロード『鎧兜』はそう言った。
『そのポーションを飲んだ方を生かしてやる』
もう立ち上がることさえできそうにない。彼も同じような状態なのは間違いない。
どの程度のポーションかはわからなかったが、わずかでも傷を回復させ、歩けるようにならなければ、干からびて死ぬことになるだろう。
死にたくなかった。
我は死にたくなかった。
――それでも、彼に生きていて欲しかった。
彼がポーションの小瓶を掴んだ気配がした瞬間、ゴブリンロード『鎧兜』は言った。
『生き汚いな人間』
だが、ゴブリンロード『鎧兜』は彼のことを誤解していたのだ。
ポーションの小瓶の蓋を抜く音、彼が血反吐を吐く音。
『生きろ……お前はゴブリンロードに向いている』
それが、彼の最後の言葉だった。
『ゴブリンロードに向いている』というのが、ゴブリンに向ける最大級の賛辞だと、我との長い生活で気づいていたのだろう。
我は、その時、『心眼』にかすかに目覚めたのだろう。
確かに幻視した。
血まみれの人間が、弱々しいながらも笑みを浮かべ、吐血で滲んだ液体が入ったポーションの小瓶を差し出す姿が……。
我は、悟った。
彼の死期を。
いや、後日、罪悪感を誤魔化すために、彼はもう生きられないから、我がポーションを使ったのだと思い込んでいるだけかもしれない。
どちらにしろ、生き汚い我は、彼の生き血の滲むポーションを啜るように飲んだのだ…………」
『貴様はゴブリンロード『鎧兜』か!? まさか村を襲ったのか!』
その激怒の声を聞き、様々なことが繋がった。
様々な深い知識を持っている理由、刀という珍しい武器を彼が持っていた訳。
普通に考えて、通常の盲目のゴブリンは、知識に接する機会も、特別な武器を持つ機会にも恵まれないはずだ。
我は疑問や違和感を感じつつも、心の底に無意識に押し込んでいたのだろう。
『なんだ、ゴブリンが、はぐれた一匹の人間を襲っているわけじゃないのか? 人間一匹にゴブリン一匹、どっちも目が見えないのか? なんとも奇妙な組み合わせだな、グギャギャギャギャッ!』
ご丁寧にゴブリンロード『鎧兜』は、気づきつつも無視しようとしていたことを言葉に出してくれた。
人間の彼は、おそらく我が『ゴブリン同士』と誤解していることに気づいていただろう。『キミはゴブリンロードに向いている』などと、人間相手に賛辞を送ったのだからな。
ゴブリンロード『鎧兜』は、まず彼――人間を殺そうとした。
我は震える体でなんとか哀願し、懇願し、『どうか見逃してください』と地面に頭を擦りつけた。抵抗したところで、ゴブリンロード『鎧兜』に勝てるわけもない。続々と奴の配下も集まってくる。
そして……地獄が始まった。
奴は、小さな村を襲った程度では飽きたらなかったのだろう。
その上、盲目のゴブリンと人間が、互いに友情めいたものを持っていることに、ゴブリンロードの知性で悟ったのだろう。
ゴブリンの知性は低いが、上位種、特にロードは高い。
グギャギャギャ! と笑う彼らの前で、俺達は嬲りものになった。
槍の柄で突かれ、拳で殴られ、殺さないように丁寧に丁寧にだ。
我ら一人と一匹を囲むゴブリン達は、我らが倒れかかってくると中央に押しのけ、その中央にいる幾匹かのゴブリン達が攻撃してきた。
まるで下世話な見世物のようだった。
虫の息となって血まみれになって倒れた我らに、ゴブリンロード『鎧兜』はポーションの小瓶を一つ投げて寄越した。
我の頬に当たったそれは、目の前の草むらに転がった。
痛みで熱くなった頬に当たったその冷たい感触を、今でも鮮明に覚えている。
『一匹だけは生かしてやろう』
我らに向かって、ゴブリンロード『鎧兜』はそう言った。
『そのポーションを飲んだ方を生かしてやる』
もう立ち上がることさえできそうにない。彼も同じような状態なのは間違いない。
どの程度のポーションかはわからなかったが、わずかでも傷を回復させ、歩けるようにならなければ、干からびて死ぬことになるだろう。
死にたくなかった。
我は死にたくなかった。
――それでも、彼に生きていて欲しかった。
彼がポーションの小瓶を掴んだ気配がした瞬間、ゴブリンロード『鎧兜』は言った。
『生き汚いな人間』
だが、ゴブリンロード『鎧兜』は彼のことを誤解していたのだ。
ポーションの小瓶の蓋を抜く音、彼が血反吐を吐く音。
『生きろ……お前はゴブリンロードに向いている』
それが、彼の最後の言葉だった。
『ゴブリンロードに向いている』というのが、ゴブリンに向ける最大級の賛辞だと、我との長い生活で気づいていたのだろう。
我は、その時、『心眼』にかすかに目覚めたのだろう。
確かに幻視した。
血まみれの人間が、弱々しいながらも笑みを浮かべ、吐血で滲んだ液体が入ったポーションの小瓶を差し出す姿が……。
我は、悟った。
彼の死期を。
いや、後日、罪悪感を誤魔化すために、彼はもう生きられないから、我がポーションを使ったのだと思い込んでいるだけかもしれない。
どちらにしろ、生き汚い我は、彼の生き血の滲むポーションを啜るように飲んだのだ…………」
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