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第53話 はぐれ者たち
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「かつて、『鎧兜』と呼ばれるゴブリンロードが支配する草原の片隅に、小さな人間の村があった。その村の隣には、小さな林があったのだ。
我は、その林に捨てられた、ただのゴブリンだった。
捨てられた理由か?
単純な話だ。盲目だったから、だ。
先程も言ったが、人間社会のような家族だの友だのと言ったものは、ゴブリン社会には存在しない。無論、我とて、ゴブリンのオスとゴブリンのメスの間から生まれた。――だが、それだけのことだ。
盲目の子供のゴブリンを養う、などという考えは、『家族』にはなかったのだよ。
そしてそれが普通だ。
捨てられた我は、生き意地汚く、林の奥に見つけた小さな洞穴で生活していた。
そこにある日、何者かがやって来て話しかけてきた。
今とは違い、『心眼』に目覚めておらず、それどころか聴覚や気配の察知する術さえも身につけていなかったから、驚いた。
とっさに逃げようとしたが、その相手は優しくこう尋ねてきた。
『キミも目が見えないのかい?』
『――キミも!? キミも、ということは、そっちもそうなのかい!?』
きっと我の声は、喜びに弾けんばかりだったろう。なにせ、生まれた時から盲目で、愛も友情も何一つ知らず、孤独に生きてきたのだ。
と、同時に、こうも思った。
――きっとこの話しかけてきたゴブリンも、大層苦労したに違いない。
知っての通り、ゴブリンに限らずモンスターの社会は弱肉強食だ。強さこそがすべて。その世界にあって、盲目というのは、虚弱な体質以上に、迫害を受ける理由となった。
『キミの声のするところから、血の臭いがするね。キミは怪我をしているの?』
彼の言う通り、盲目で弱かった我は、森で木の実を拾って飢えを凌ぐという、ただそれだけのことをするのにも、怪我をする有り様だった。
彼は、怪我をした腕に包帯を巻いてくれた。初めての経験だった。
その日以来、我にとってこの包帯は、何物にも代えがたい宝となったのだ。
一つ目を描いたのは我で、ずっと後になってのことだ……。ある決意を秘めて、な。
我と彼が仲良くなったのは、実に自然な流れだった。
彼は賢かった。
我が知らないようなことをたくさん知っており、剣の振り方まで教えてくれた。
彼は盲目だったのに、知識や剣術を身につけていたのか、と疑問に思っているのか?
疑問に思うのも当然だな。
だが、彼の場合は、後天的であり、片目の視力を順に失うという病に罹っていたそうだ。そのため、どうにかすべての光を失う前に、彼はなんとか生き抜く術を覚えたのだ。
我の『心眼』の原点――。
それは彼の教えだ。
彼は、刀を使っていた。
珍しい武器だ。
貸してもくれた。
獣を仕留め、手触りだけで捌く方法。木の根で転ばない方法。……無数にいろいろなことを教えてくれた。
……幸せだった。
我が人生で、唯一な幸せな時。心の休まる時間が流れた。
我は彼にこう告げた。
『キミこそが、ゴブリンロードになるべき存在だ』
これは単純にゴブリンがゴブリンに送る最大級の賛辞でもあるが、我は本気でそう思ったのだ。
ゴブリンロード。ゴブリンの君主。
彼のような存在が、君主となるゴブリンの部族社会はきっと素晴らしいものになると確信していた。
盲目でも、弱くても、生きていける。
弱さが恥でもなく、迫害され痛めつけられ殺される理由にならない社会だ……。
そんなくだらない――くだらない、幻想を抱いたのが罪だったのだろうか。
ある時、草原の主だったゴブリンロード『鎧兜』が、その林にやって来た。
血の臭いを漂わせて。
その名の由来である鎧兜と刃物から漂わせていたのだ。
モンスターや家畜の臭いではない。
人間の血の臭いだった。
その頃には、彼の教授があり、我は目以外の五感もかなり敏感になっていた。
ゴブリンロード『鎧兜』は言った。
『おい。こんなところにも、まだ一匹残っていたぞ』と。
きっと死ぬ。
そう確信した。
だが、数を間違えている。
――ここにいるゴブリンは二匹のはずだった。
我は、その林に捨てられた、ただのゴブリンだった。
捨てられた理由か?
単純な話だ。盲目だったから、だ。
先程も言ったが、人間社会のような家族だの友だのと言ったものは、ゴブリン社会には存在しない。無論、我とて、ゴブリンのオスとゴブリンのメスの間から生まれた。――だが、それだけのことだ。
盲目の子供のゴブリンを養う、などという考えは、『家族』にはなかったのだよ。
そしてそれが普通だ。
捨てられた我は、生き意地汚く、林の奥に見つけた小さな洞穴で生活していた。
そこにある日、何者かがやって来て話しかけてきた。
今とは違い、『心眼』に目覚めておらず、それどころか聴覚や気配の察知する術さえも身につけていなかったから、驚いた。
とっさに逃げようとしたが、その相手は優しくこう尋ねてきた。
『キミも目が見えないのかい?』
『――キミも!? キミも、ということは、そっちもそうなのかい!?』
きっと我の声は、喜びに弾けんばかりだったろう。なにせ、生まれた時から盲目で、愛も友情も何一つ知らず、孤独に生きてきたのだ。
と、同時に、こうも思った。
――きっとこの話しかけてきたゴブリンも、大層苦労したに違いない。
知っての通り、ゴブリンに限らずモンスターの社会は弱肉強食だ。強さこそがすべて。その世界にあって、盲目というのは、虚弱な体質以上に、迫害を受ける理由となった。
『キミの声のするところから、血の臭いがするね。キミは怪我をしているの?』
彼の言う通り、盲目で弱かった我は、森で木の実を拾って飢えを凌ぐという、ただそれだけのことをするのにも、怪我をする有り様だった。
彼は、怪我をした腕に包帯を巻いてくれた。初めての経験だった。
その日以来、我にとってこの包帯は、何物にも代えがたい宝となったのだ。
一つ目を描いたのは我で、ずっと後になってのことだ……。ある決意を秘めて、な。
我と彼が仲良くなったのは、実に自然な流れだった。
彼は賢かった。
我が知らないようなことをたくさん知っており、剣の振り方まで教えてくれた。
彼は盲目だったのに、知識や剣術を身につけていたのか、と疑問に思っているのか?
疑問に思うのも当然だな。
だが、彼の場合は、後天的であり、片目の視力を順に失うという病に罹っていたそうだ。そのため、どうにかすべての光を失う前に、彼はなんとか生き抜く術を覚えたのだ。
我の『心眼』の原点――。
それは彼の教えだ。
彼は、刀を使っていた。
珍しい武器だ。
貸してもくれた。
獣を仕留め、手触りだけで捌く方法。木の根で転ばない方法。……無数にいろいろなことを教えてくれた。
……幸せだった。
我が人生で、唯一な幸せな時。心の休まる時間が流れた。
我は彼にこう告げた。
『キミこそが、ゴブリンロードになるべき存在だ』
これは単純にゴブリンがゴブリンに送る最大級の賛辞でもあるが、我は本気でそう思ったのだ。
ゴブリンロード。ゴブリンの君主。
彼のような存在が、君主となるゴブリンの部族社会はきっと素晴らしいものになると確信していた。
盲目でも、弱くても、生きていける。
弱さが恥でもなく、迫害され痛めつけられ殺される理由にならない社会だ……。
そんなくだらない――くだらない、幻想を抱いたのが罪だったのだろうか。
ある時、草原の主だったゴブリンロード『鎧兜』が、その林にやって来た。
血の臭いを漂わせて。
その名の由来である鎧兜と刃物から漂わせていたのだ。
モンスターや家畜の臭いではない。
人間の血の臭いだった。
その頃には、彼の教授があり、我は目以外の五感もかなり敏感になっていた。
ゴブリンロード『鎧兜』は言った。
『おい。こんなところにも、まだ一匹残っていたぞ』と。
きっと死ぬ。
そう確信した。
だが、数を間違えている。
――ここにいるゴブリンは二匹のはずだった。
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