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第50話 死闘の結末
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俺の回復魔法による魔力光に辺りが包まれる中、ゴブリンロード『心眼』は苛立たしげに呟く。
「大言壮語、耳障りの良い言葉を吐いていたが、死にそうになれば、自分の体を回復させ、ただひたすらに生き延びようとする。醜い、醜い……」
俺はそうは思わない。
必死に生きようとするのは、生物としての本能だし、その姿は健気にも崇高にも見えると思う。
ただ、このゴブリンロード『心眼』は誤解している。
(……まあ、誤解させるようにヒールを使ってるんだがな)
俺はまるで斬られた脇腹を押さえるようにしているが、ヒールを掛けている対象は、俺の体ではない。
体に隠すように持った――――
――両断された鞘だ。
スヴェンの剛剣で破損した刀を『回復』した時、折れた刀の切っ先は、刀の本体に向かって飛んできた。
当然、両断された鞘を回復させれば……。
――高速に飛来する鋭利な物体に、ゴブリンロード『心眼』は怒りに我を忘れていた状態から一瞬棒立ちになった。それほど予想外だったのだろう。
もし飛来物が、ゴブリン・アーチャーの位置から飛んできたなら、驚きもなかったし、離れているために回避も容易だったろう。
だが、その飛来物とゴブリンロード『心眼』の距離は近い。
しかも、一切の気配なく、いきなり背後から飛んできたのだ。驚くな、という方が無理だろう。
「――ッ!?」
ゴブリンロード『心眼』が棒立ちだったのは一瞬。硬直した体を動かしたのはさすがだった。
だが――
(この好機を逃せば――!!)
俺がこの異常な強さを誇るゴブリンロード『心眼』に勝てるとしたらこの一瞬しかない。
(ヒールによって飛来した鞘の切れ端、それに意識をゴブリンロード『心眼』が奪われている今しか!)
俺は立ち上がった。血が脇腹から吹き出し、思考が真っ赤に染まるような錯覚を覚える。今全力で動けば命に関わると、これまでの経験が教えてくれる。
それでも俺は、鼻血を垂れ流し、脇腹を片手で押さえていたような状態から、刀を両手持ちし、振り上げた。
ゴブリンロード『心眼』は、ほんの少し前の俺のように、場の空気に呑まれ困惑したようだった。
どれほど高位の冒険者だろうが、凄いモンスターだろうが、……例え『心眼』を持っていようが、予想外の出来事に驚くのは当然の反応。
背後から迫る鞘の切れ端と、刀による俺の攻撃はほぼ同時。
俺はゴブリンロード『心眼』が混乱し、一撃を入れられるくらいの隙を見せるだろうと思っていた。
(っ!?)
ゴブリンロード『心眼』は、飛来する鞘の切れ端を無視するようにいきなり背を向けた。危険な攻撃はこの二択中、俺の刀のみと一瞬で絞ってしまったのだ。
なぜ鞘の切れ端がまるで矢のように飛来してくるのか、どうやってそんな現象を起こしたのか、きっとゴブリンロード『心眼』はわかっていない。だが、それでも正解を導き出してしまったのだ。初めての現象に対する戸惑いを抑え、ほんの瞬きほどの短い時間で。
(……ほんと、最後の悪足掻きだったな……)
最後の最後に死力を振り絞ったつもりだったが、情けない結末になってしまった。
せめて勝つとはいかなくても、一太刀くらい入れたかったが、スヴェン同様、俺の刀もこのゴブリンロード『心眼』には届かなかったのだ。
当然のように、俺の振り下ろした刀は、ゴブリンロード『心眼』の刀で弾かれた。弾いた姿勢から、ほとんど予備動作なく、俺に向かって斬りかかってくる。
逆にこちらは、刀を弾かれて、体ごと刀が流れてしまっていて、もう防御も回避も間に合わない。ほんの一瞬が勝敗を分けることは、よくあることだった。
すべてがスローモーションで見える世界の中、今頃になってゴブリンロード『心眼』の後頭部の辺りを目掛けて、鞘の切れ端が飛んできた。
ひょっとしたら頭部に当たるかもしれない、と思ったが、ゴブリンロード『心眼』は頭を軽く動かして回避しようとする。
(当たったとしてもかすり傷程度だっただろうけど……)
俺の心は半ば諦めていた。もうこちらの防御も回避も間に合わない。
でも、せめて、という思いがかすかに胸の奥底にあったのだろう。
無理な姿勢で刀を振り、ゴブリンロード『心眼』を斬ろうとする。長い冒険者生活で染みついた動きだった。
俺の苦し紛れの一撃は、ゴブリンロード『心眼』の一撃に比べれば、遅すぎる動きだった。
ゴブリンロード『心眼』の目元に結んだ包帯らしき布の結び目に、飛来した鞘は当たった。
全力の魔力を込めただけあって、その威力はなかなかで、さらにはゴブリンロード『心眼』が斜めに斬り落とした鋭利さもあって、結び目を解くだけの力があった。
ゴブリンロード『心眼』のあの布が、宙を舞った。
ただ、それだけ――。
……それだけのことのはずだった。
次の瞬間、俺は斬られる。
そう思ったのだが……。
――大量の血飛沫が舞う。
ゴブリン達のうるさいほどだった声援が、静まり返る。
俺は呆然とただ目の前の信じられない光景を見つめていた。
俺の刀は偶然、目の前に飛んできた例の包帯を斬りそうになっていた。
それを防ぐために、ゴブリンロード『心眼』は、手で包帯をかばったのだ。
ゴブリンロード『心眼』の片腕が、俺の刀によって、地面に落ちた。
刀を刀で弾かなかったのは、あの包帯らしき布を斬らないためだろう。
「いったい……何が…………」
目の前で起きた光景なのに、俺も、周りを取り囲む数百匹のゴブリン達も訳が分からず呆然としていた。
ただゴブリンロード『心眼』だけは、刀は腰に戻し、その一つ目を描かれた包帯を、無事だった手で拾った。
落ちた腕よりも――。
血を流し続ける肘よりも――。
ただ、その包帯の無事の確認を優先しているかのようだった。
異常な力を持つゴブリンロード『心眼』の異常な行動に、俺は驚き固まっていた。
ふいに、たびたび起きていた揺れがまた始まった。
「大言壮語、耳障りの良い言葉を吐いていたが、死にそうになれば、自分の体を回復させ、ただひたすらに生き延びようとする。醜い、醜い……」
俺はそうは思わない。
必死に生きようとするのは、生物としての本能だし、その姿は健気にも崇高にも見えると思う。
ただ、このゴブリンロード『心眼』は誤解している。
(……まあ、誤解させるようにヒールを使ってるんだがな)
俺はまるで斬られた脇腹を押さえるようにしているが、ヒールを掛けている対象は、俺の体ではない。
体に隠すように持った――――
――両断された鞘だ。
スヴェンの剛剣で破損した刀を『回復』した時、折れた刀の切っ先は、刀の本体に向かって飛んできた。
当然、両断された鞘を回復させれば……。
――高速に飛来する鋭利な物体に、ゴブリンロード『心眼』は怒りに我を忘れていた状態から一瞬棒立ちになった。それほど予想外だったのだろう。
もし飛来物が、ゴブリン・アーチャーの位置から飛んできたなら、驚きもなかったし、離れているために回避も容易だったろう。
だが、その飛来物とゴブリンロード『心眼』の距離は近い。
しかも、一切の気配なく、いきなり背後から飛んできたのだ。驚くな、という方が無理だろう。
「――ッ!?」
ゴブリンロード『心眼』が棒立ちだったのは一瞬。硬直した体を動かしたのはさすがだった。
だが――
(この好機を逃せば――!!)
俺がこの異常な強さを誇るゴブリンロード『心眼』に勝てるとしたらこの一瞬しかない。
(ヒールによって飛来した鞘の切れ端、それに意識をゴブリンロード『心眼』が奪われている今しか!)
俺は立ち上がった。血が脇腹から吹き出し、思考が真っ赤に染まるような錯覚を覚える。今全力で動けば命に関わると、これまでの経験が教えてくれる。
それでも俺は、鼻血を垂れ流し、脇腹を片手で押さえていたような状態から、刀を両手持ちし、振り上げた。
ゴブリンロード『心眼』は、ほんの少し前の俺のように、場の空気に呑まれ困惑したようだった。
どれほど高位の冒険者だろうが、凄いモンスターだろうが、……例え『心眼』を持っていようが、予想外の出来事に驚くのは当然の反応。
背後から迫る鞘の切れ端と、刀による俺の攻撃はほぼ同時。
俺はゴブリンロード『心眼』が混乱し、一撃を入れられるくらいの隙を見せるだろうと思っていた。
(っ!?)
ゴブリンロード『心眼』は、飛来する鞘の切れ端を無視するようにいきなり背を向けた。危険な攻撃はこの二択中、俺の刀のみと一瞬で絞ってしまったのだ。
なぜ鞘の切れ端がまるで矢のように飛来してくるのか、どうやってそんな現象を起こしたのか、きっとゴブリンロード『心眼』はわかっていない。だが、それでも正解を導き出してしまったのだ。初めての現象に対する戸惑いを抑え、ほんの瞬きほどの短い時間で。
(……ほんと、最後の悪足掻きだったな……)
最後の最後に死力を振り絞ったつもりだったが、情けない結末になってしまった。
せめて勝つとはいかなくても、一太刀くらい入れたかったが、スヴェン同様、俺の刀もこのゴブリンロード『心眼』には届かなかったのだ。
当然のように、俺の振り下ろした刀は、ゴブリンロード『心眼』の刀で弾かれた。弾いた姿勢から、ほとんど予備動作なく、俺に向かって斬りかかってくる。
逆にこちらは、刀を弾かれて、体ごと刀が流れてしまっていて、もう防御も回避も間に合わない。ほんの一瞬が勝敗を分けることは、よくあることだった。
すべてがスローモーションで見える世界の中、今頃になってゴブリンロード『心眼』の後頭部の辺りを目掛けて、鞘の切れ端が飛んできた。
ひょっとしたら頭部に当たるかもしれない、と思ったが、ゴブリンロード『心眼』は頭を軽く動かして回避しようとする。
(当たったとしてもかすり傷程度だっただろうけど……)
俺の心は半ば諦めていた。もうこちらの防御も回避も間に合わない。
でも、せめて、という思いがかすかに胸の奥底にあったのだろう。
無理な姿勢で刀を振り、ゴブリンロード『心眼』を斬ろうとする。長い冒険者生活で染みついた動きだった。
俺の苦し紛れの一撃は、ゴブリンロード『心眼』の一撃に比べれば、遅すぎる動きだった。
ゴブリンロード『心眼』の目元に結んだ包帯らしき布の結び目に、飛来した鞘は当たった。
全力の魔力を込めただけあって、その威力はなかなかで、さらにはゴブリンロード『心眼』が斜めに斬り落とした鋭利さもあって、結び目を解くだけの力があった。
ゴブリンロード『心眼』のあの布が、宙を舞った。
ただ、それだけ――。
……それだけのことのはずだった。
次の瞬間、俺は斬られる。
そう思ったのだが……。
――大量の血飛沫が舞う。
ゴブリン達のうるさいほどだった声援が、静まり返る。
俺は呆然とただ目の前の信じられない光景を見つめていた。
俺の刀は偶然、目の前に飛んできた例の包帯を斬りそうになっていた。
それを防ぐために、ゴブリンロード『心眼』は、手で包帯をかばったのだ。
ゴブリンロード『心眼』の片腕が、俺の刀によって、地面に落ちた。
刀を刀で弾かなかったのは、あの包帯らしき布を斬らないためだろう。
「いったい……何が…………」
目の前で起きた光景なのに、俺も、周りを取り囲む数百匹のゴブリン達も訳が分からず呆然としていた。
ただゴブリンロード『心眼』だけは、刀は腰に戻し、その一つ目を描かれた包帯を、無事だった手で拾った。
落ちた腕よりも――。
血を流し続ける肘よりも――。
ただ、その包帯の無事の確認を優先しているかのようだった。
異常な力を持つゴブリンロード『心眼』の異常な行動に、俺は驚き固まっていた。
ふいに、たびたび起きていた揺れがまた始まった。
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