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46話 最後の足掻き
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死闘が始まった。
いや、死闘と感じているのは俺だけに違いない。
ゴブリンロード『心眼』にとっては、死闘でもなんでもないのだろう。
その刀を振るう姿は、余裕が透けて見え、どこか優雅ですらあった。
一方、俺の方は、どうにか持ち前の回避能力を駆使して、ぎりぎり凌いでいた。
(――いや。違うな)
うるさいほどゴブリン達の声が反響している中、ゴブリンロード『心眼』の刀は静謐でさえあった。殺気はほとんど感じられない。
ゴブリンロード『心眼』が騒ぐことを許可し、一騎討ちの形式を取った俺に対する嬲り殺しのようなものが始まると、当たり前のようにゴブリン達が血走った目で、俺を見つめ、罵詈雑言を飛ばし出した。
元々濁声や嗄れ声が多いため、数百匹が一斉に腕を振り上げながら俺に対する罵声を上げると、とんでもない騒音だった。
(ゴブリンロード『心眼』の刀は、当たれば致命傷だろうが、確実に仕留めるという気迫はまったく感じない……)
だから躱せる。
こちらの攻撃に対しても、無理をしてぎりぎりで回避することなく、余裕を持って下がっている。
(むしろ周囲の観戦しているゴブリン達の方がよほど殺気立ってるな)
ゴブリンロード『心眼』は「なぜ」と何度も問いかけたことからわかるように、どうやらこの生死を賭けた戦いの中で何かを見極めたいのだろう。
ゴブリンロード『心眼』の刀は静かで、理知的。ゴブリンとは思えないほどだった。
(合理性の剣、か……)
俺と同じような手足の長さと体つきをしているとは思えない。リーチが倍にも感じられ、腕が三本あるように錯覚しそうになるほどの手数の多さだ。
ゴブリンロード『心眼』の剣術は、これまで俺が見た誰よりも洗練されていた。
洗練せざるを得なかったのだろう。
俺の刀が空を斬りながらゴブリンロード『心眼』の顔に近づくと、顔をスウェーバックさせる。その距離の見極めは、きっと暗視が利くゴブリンでもこんな薄暗いダンジョンでは不可能だろう。
俺は薄暗い場所での戦いにも慣れているが、これほどの手練れ相手では、目に頼った戦いでは限界があった。
(……目だけじゃダメだ)
まるで先程のゴブリンロード『心眼』のスウェーバックを再現するかのように、ゴブリンロード『心眼』の刀の切っ先を、俺はギリギリで躱そうとし――し損ねた。
鼻の頭を切られた。
鼻が血で詰まる。
刀を片手持ちして牽制して、鼻の穴を交互に押さえて、地面に鼻血を飛ばす。その間、当然ながらゴブリンロード『心眼』から目を離さない。
こちらのやや無防備な動きに、追撃が来るかと思ったが、意外なことに来ない。
ゴブリンロードは、この死闘が始まって、二十合は無言で斬り合っていたのに、いきなり話しかけてきた。
「――後悔、しているか? あのレイルとかいう女を助けに来たことを」
俺は訝しげに眉を潜めたが、相手がこちらの表情を読めないことを思い出し、言葉にした。
「いいや」
今、俺の頭にあるのは、ひたすら目の前にある戦い。それ以上でも、それ以下でもない。
(どうせ、俺はここで死ぬ)
自分の気持ちを言葉にすることにした。
嘘は『心眼』とやらで見抜かれそうだし、相手の興味を少しでも引ければ、レイルやルナリア達の逃げる時間が稼げる。
俺があっさり死ねば、興醒めして、精力的に敗残者狩りをする可能性だってある。
「心地好い――なんて言ったら戦闘狂みたいだろうけど、ただひたすらにこの一戦だけに思考を絞るのは、割と好きな感覚だ」
俺は鼻血で濡れた左手で鞘を腰から引き抜いた。
初めてゴブリンロード『心眼』が訝しげな表情を浮かべる。
包帯のような布の奥から、こちらを見つめる視線のようなものを感じた。
(音が判断材料の一つなのは間違いない。あとは、空気の振動とか、触覚とか……)
本当に『心眼』だの、第六感だのもあるのだろうが、それだけではなく、五感も使用しているに決まっている。だったら、目が見えないゴブリン相手なら、そこを上手く突けば……。
(刀と鞘では風を斬る音は違うだろうけど、それでも……!)
死ぬとわかっているのなら、できる手も浮かんだ手もすべて試してみるべきだ。
その方が時間も稼げるだろう。
嬉しそうに可笑しそうにゴブリンロード『心眼』の唇の端が大きく吊り上がる。
「どうやら、何か小細工を考えついたらしいな。……試してみるがいい。足掻いてみるがいい。救ってみせるがいい――」
ふいに一瞬だけ、ゴブリンロード『心眼』が真顔になった気がした。
「――足掻いてみせろ」
ただ、そう口にした次の瞬間には笑みに戻っていた。
ゴブリンロード『心眼』の表情の変化は、気のせいだったかもしれない。あまりにも一瞬のことだったのだ。ただ盲目のゴブリンロードの真顔は、どこか泣き顔のようにさえ思えた。
――――そして、死闘が再開した。より激しさを伴って。
いや、死闘と感じているのは俺だけに違いない。
ゴブリンロード『心眼』にとっては、死闘でもなんでもないのだろう。
その刀を振るう姿は、余裕が透けて見え、どこか優雅ですらあった。
一方、俺の方は、どうにか持ち前の回避能力を駆使して、ぎりぎり凌いでいた。
(――いや。違うな)
うるさいほどゴブリン達の声が反響している中、ゴブリンロード『心眼』の刀は静謐でさえあった。殺気はほとんど感じられない。
ゴブリンロード『心眼』が騒ぐことを許可し、一騎討ちの形式を取った俺に対する嬲り殺しのようなものが始まると、当たり前のようにゴブリン達が血走った目で、俺を見つめ、罵詈雑言を飛ばし出した。
元々濁声や嗄れ声が多いため、数百匹が一斉に腕を振り上げながら俺に対する罵声を上げると、とんでもない騒音だった。
(ゴブリンロード『心眼』の刀は、当たれば致命傷だろうが、確実に仕留めるという気迫はまったく感じない……)
だから躱せる。
こちらの攻撃に対しても、無理をしてぎりぎりで回避することなく、余裕を持って下がっている。
(むしろ周囲の観戦しているゴブリン達の方がよほど殺気立ってるな)
ゴブリンロード『心眼』は「なぜ」と何度も問いかけたことからわかるように、どうやらこの生死を賭けた戦いの中で何かを見極めたいのだろう。
ゴブリンロード『心眼』の刀は静かで、理知的。ゴブリンとは思えないほどだった。
(合理性の剣、か……)
俺と同じような手足の長さと体つきをしているとは思えない。リーチが倍にも感じられ、腕が三本あるように錯覚しそうになるほどの手数の多さだ。
ゴブリンロード『心眼』の剣術は、これまで俺が見た誰よりも洗練されていた。
洗練せざるを得なかったのだろう。
俺の刀が空を斬りながらゴブリンロード『心眼』の顔に近づくと、顔をスウェーバックさせる。その距離の見極めは、きっと暗視が利くゴブリンでもこんな薄暗いダンジョンでは不可能だろう。
俺は薄暗い場所での戦いにも慣れているが、これほどの手練れ相手では、目に頼った戦いでは限界があった。
(……目だけじゃダメだ)
まるで先程のゴブリンロード『心眼』のスウェーバックを再現するかのように、ゴブリンロード『心眼』の刀の切っ先を、俺はギリギリで躱そうとし――し損ねた。
鼻の頭を切られた。
鼻が血で詰まる。
刀を片手持ちして牽制して、鼻の穴を交互に押さえて、地面に鼻血を飛ばす。その間、当然ながらゴブリンロード『心眼』から目を離さない。
こちらのやや無防備な動きに、追撃が来るかと思ったが、意外なことに来ない。
ゴブリンロードは、この死闘が始まって、二十合は無言で斬り合っていたのに、いきなり話しかけてきた。
「――後悔、しているか? あのレイルとかいう女を助けに来たことを」
俺は訝しげに眉を潜めたが、相手がこちらの表情を読めないことを思い出し、言葉にした。
「いいや」
今、俺の頭にあるのは、ひたすら目の前にある戦い。それ以上でも、それ以下でもない。
(どうせ、俺はここで死ぬ)
自分の気持ちを言葉にすることにした。
嘘は『心眼』とやらで見抜かれそうだし、相手の興味を少しでも引ければ、レイルやルナリア達の逃げる時間が稼げる。
俺があっさり死ねば、興醒めして、精力的に敗残者狩りをする可能性だってある。
「心地好い――なんて言ったら戦闘狂みたいだろうけど、ただひたすらにこの一戦だけに思考を絞るのは、割と好きな感覚だ」
俺は鼻血で濡れた左手で鞘を腰から引き抜いた。
初めてゴブリンロード『心眼』が訝しげな表情を浮かべる。
包帯のような布の奥から、こちらを見つめる視線のようなものを感じた。
(音が判断材料の一つなのは間違いない。あとは、空気の振動とか、触覚とか……)
本当に『心眼』だの、第六感だのもあるのだろうが、それだけではなく、五感も使用しているに決まっている。だったら、目が見えないゴブリン相手なら、そこを上手く突けば……。
(刀と鞘では風を斬る音は違うだろうけど、それでも……!)
死ぬとわかっているのなら、できる手も浮かんだ手もすべて試してみるべきだ。
その方が時間も稼げるだろう。
嬉しそうに可笑しそうにゴブリンロード『心眼』の唇の端が大きく吊り上がる。
「どうやら、何か小細工を考えついたらしいな。……試してみるがいい。足掻いてみるがいい。救ってみせるがいい――」
ふいに一瞬だけ、ゴブリンロード『心眼』が真顔になった気がした。
「――足掻いてみせろ」
ただ、そう口にした次の瞬間には笑みに戻っていた。
ゴブリンロード『心眼』の表情の変化は、気のせいだったかもしれない。あまりにも一瞬のことだったのだ。ただ盲目のゴブリンロードの真顔は、どこか泣き顔のようにさえ思えた。
――――そして、死闘が再開した。より激しさを伴って。
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