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第43話 異なる姿形
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闘技場の観客席のように、階段状に壁の岩を削った円形の広間。
戦鎚を持つホブゴブリン達に工作でもさせたのか、かなり無骨だ。階段状の岩にゴブリン・アーチャー達が並ばなければ、闘技場を連想することはなかったかもしれないほど大雑把な作りだ。
(ゴブリン・アーチャーが段差の上。ゴブリン・メイジは地面に配置、か――)
人間の指揮官でもたまに弓兵と魔術師の配置を間違えることがある。
弓兵の扱う弓は、高いところから低いところに向かって射れば、重力によって威力が多少なりとも上がるという利点がある。
だが、一方で、よく誤解されがちだが、この世界の物理法則とは別の原理で動いているかのような魔法の火の玉や氷の矢などは、すべて物理法則の影響を受けない。平たく言えば、上から下に向かって放っても、魔法で作られた火の玉や氷の矢の速度は変化しないのだ。
(――ここまで合理的な兵の配置をしたゴブリンロード『心眼』……)
視線を向ければ、悠々と玉座から立ち上がり、階段を下りてくるゴブリンロードの姿があった。
長身のスヴェンに比べれば、やや小柄な俺と同程度くらいのサイズ。手足の長さも同じくらいだろう。
一般的なゴブリンロードと、背格好は変わらない。
だが、あの額に巻かれた包帯のような一つ目の意匠が目を引き、他のゴブリンロードにはない存在感を放っていた。
即席の階段は一段ずつの高さが違うにもかかわらず、ゴブリンロード『心眼』は両目を閉じたまま苦もなく下りてくる。
先程冗談めかしていた『心眼』というのも、満更嘘ではないらしい。
ゴブリンロード『心眼』との一騎討ちが始まる前に、何かいい案はないかと必死に考える。
(レイルは――)
視線を向けると、レイルは首を横に振った。屈強なゴブリンに後ろ手に縛った縄の先端を握られている。
逃げるのは不可能だ、という合図だ。正確には、縄くらいならどうにかなるが、その後がどうしようもない、ということだろう。
使える出入口は、たった二つしかない。
元はいくつもあったようだが、それらを塞ぐように岩や石が積み上げられていた。
そしてたった二箇所の出入口は、ホブゴブリン達がその屈強な肉体で塞いでいる。
地上に配置されたゴブリン・ライダーの追撃を避け、ゴブリン・アーチャーの矢の雨を回避し、ホブゴブリンを倒して脱出……などということは不可能に違いない。
逃げ出せそうになれば、このゴブリンロード『心眼』なら、ゴブリン・メイジの魔法で、ホブゴブリンごと屠るというシンプルな選択を選んできそうな恐ろしさがあった。
最後の一段を下り、地上に降り立ったゴブリンロード『心眼』は、俺の方を向いて、
「くくっ、せわしない気配だ」
と笑った。
「どうにか逃げられないかと考えているようだな」
「当然だろう」
隠しても無駄そうなので、俺は正直に答える。
「……何度も言うようだが――一騎討ちに勝ったなら、逃してやる。そこの女と一緒にな」
ゴブリンロード『心眼』の言葉に、レイルが反射的に叫んだ。
「そんな口約束信じられるか!」
これが当たり前の反応というものだろう。
いくら知能が高いとはいえ、相手はゴブリンロード。
ゴブリンと人間は、種族が違う。
(決して、モンスターと人間は相容れないからな)
俺だってこれまでゴブリン相手に戦って心が痛むなどということはなかったし、これからもきっとないだろう。
そのくらい「種族の違い」という壁は大きい。モンスターの中では比較的人間によく似た姿形をしているゴブリンでさえそうだ。
同じ人間同士であったとしても、美醜や身なりの良さなどで、差別し区別する。俺やルナリアの黒髪黒眼やクオンのオッドアイなどの例を持ち出すまでもなく。
――ならば、大きく姿の異るゴブリンとはどうか。
そんなこと言うまでもないことだろう。
ゴブリンロード『心眼』は俺に質問を投げかけてきた。
「そういえば名前を聞いてなかったな」
「ヨシュア」
「ヨシュア、か……。ヨシュアも一騎討ちで勝てば、生かして帰す、という話が信じられないかな?」
「ああ……正直いえば……けど――」
「けど?」
「不思議と信じられる気もする」
正気か!? というような凄い目でレイルが見つめてきた。
「ヨシュア!? まさか魔法で精神操作でも食らったのか!?」
「いいや」
「だったらどうして!? ――同じ人間同士だって、騙し騙され、利用されて、時には捨てられる。口約束や甘い誘惑なんて信じられるわけがない!」
盗賊ギルドに所属する彼女からしてみれば、同じ種族である人間だって百パーセントの信頼は置けないのだろう。それは俺だって同感だ。
「なぜかわからないが、信じられる気が少ししたんだ」
どうやらレイルの共感は得られなかったようだが、仕方ない。
「どのみち、信じて一騎討ちに応じ、勝つしかないんだ」
俺のこの返答には、レイルは肯定的な沈黙を返した。
ゴブリンロード『心眼』は、また黙って俺とレイルのやり取りを聞いていた。
距離が近くなったためか、はっきりと耳を澄ましていると感じられた。
戦鎚を持つホブゴブリン達に工作でもさせたのか、かなり無骨だ。階段状の岩にゴブリン・アーチャー達が並ばなければ、闘技場を連想することはなかったかもしれないほど大雑把な作りだ。
(ゴブリン・アーチャーが段差の上。ゴブリン・メイジは地面に配置、か――)
人間の指揮官でもたまに弓兵と魔術師の配置を間違えることがある。
弓兵の扱う弓は、高いところから低いところに向かって射れば、重力によって威力が多少なりとも上がるという利点がある。
だが、一方で、よく誤解されがちだが、この世界の物理法則とは別の原理で動いているかのような魔法の火の玉や氷の矢などは、すべて物理法則の影響を受けない。平たく言えば、上から下に向かって放っても、魔法で作られた火の玉や氷の矢の速度は変化しないのだ。
(――ここまで合理的な兵の配置をしたゴブリンロード『心眼』……)
視線を向ければ、悠々と玉座から立ち上がり、階段を下りてくるゴブリンロードの姿があった。
長身のスヴェンに比べれば、やや小柄な俺と同程度くらいのサイズ。手足の長さも同じくらいだろう。
一般的なゴブリンロードと、背格好は変わらない。
だが、あの額に巻かれた包帯のような一つ目の意匠が目を引き、他のゴブリンロードにはない存在感を放っていた。
即席の階段は一段ずつの高さが違うにもかかわらず、ゴブリンロード『心眼』は両目を閉じたまま苦もなく下りてくる。
先程冗談めかしていた『心眼』というのも、満更嘘ではないらしい。
ゴブリンロード『心眼』との一騎討ちが始まる前に、何かいい案はないかと必死に考える。
(レイルは――)
視線を向けると、レイルは首を横に振った。屈強なゴブリンに後ろ手に縛った縄の先端を握られている。
逃げるのは不可能だ、という合図だ。正確には、縄くらいならどうにかなるが、その後がどうしようもない、ということだろう。
使える出入口は、たった二つしかない。
元はいくつもあったようだが、それらを塞ぐように岩や石が積み上げられていた。
そしてたった二箇所の出入口は、ホブゴブリン達がその屈強な肉体で塞いでいる。
地上に配置されたゴブリン・ライダーの追撃を避け、ゴブリン・アーチャーの矢の雨を回避し、ホブゴブリンを倒して脱出……などということは不可能に違いない。
逃げ出せそうになれば、このゴブリンロード『心眼』なら、ゴブリン・メイジの魔法で、ホブゴブリンごと屠るというシンプルな選択を選んできそうな恐ろしさがあった。
最後の一段を下り、地上に降り立ったゴブリンロード『心眼』は、俺の方を向いて、
「くくっ、せわしない気配だ」
と笑った。
「どうにか逃げられないかと考えているようだな」
「当然だろう」
隠しても無駄そうなので、俺は正直に答える。
「……何度も言うようだが――一騎討ちに勝ったなら、逃してやる。そこの女と一緒にな」
ゴブリンロード『心眼』の言葉に、レイルが反射的に叫んだ。
「そんな口約束信じられるか!」
これが当たり前の反応というものだろう。
いくら知能が高いとはいえ、相手はゴブリンロード。
ゴブリンと人間は、種族が違う。
(決して、モンスターと人間は相容れないからな)
俺だってこれまでゴブリン相手に戦って心が痛むなどということはなかったし、これからもきっとないだろう。
そのくらい「種族の違い」という壁は大きい。モンスターの中では比較的人間によく似た姿形をしているゴブリンでさえそうだ。
同じ人間同士であったとしても、美醜や身なりの良さなどで、差別し区別する。俺やルナリアの黒髪黒眼やクオンのオッドアイなどの例を持ち出すまでもなく。
――ならば、大きく姿の異るゴブリンとはどうか。
そんなこと言うまでもないことだろう。
ゴブリンロード『心眼』は俺に質問を投げかけてきた。
「そういえば名前を聞いてなかったな」
「ヨシュア」
「ヨシュア、か……。ヨシュアも一騎討ちで勝てば、生かして帰す、という話が信じられないかな?」
「ああ……正直いえば……けど――」
「けど?」
「不思議と信じられる気もする」
正気か!? というような凄い目でレイルが見つめてきた。
「ヨシュア!? まさか魔法で精神操作でも食らったのか!?」
「いいや」
「だったらどうして!? ――同じ人間同士だって、騙し騙され、利用されて、時には捨てられる。口約束や甘い誘惑なんて信じられるわけがない!」
盗賊ギルドに所属する彼女からしてみれば、同じ種族である人間だって百パーセントの信頼は置けないのだろう。それは俺だって同感だ。
「なぜかわからないが、信じられる気が少ししたんだ」
どうやらレイルの共感は得られなかったようだが、仕方ない。
「どのみち、信じて一騎討ちに応じ、勝つしかないんだ」
俺のこの返答には、レイルは肯定的な沈黙を返した。
ゴブリンロード『心眼』は、また黙って俺とレイルのやり取りを聞いていた。
距離が近くなったためか、はっきりと耳を澄ましていると感じられた。
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