追放された回復術師は、なんでも『回復』できて万能でした

新緑あらた

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第38話 炭鉱のカナリア

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 スヴェン達と別れた後、俺達五人はダンジョンを脱出しようとかなり移動したのだが……。

「これは……」

 進んでいた通路の途中が土砂で塞がっていた。
 揺れによって崩れたのだろう。
 所々、掘り返したような跡があった。通常のゴブリンの身長ではあり得ない高い位置だし、おそらくスヴェンが鞘で軽く掘ってみたのだろう。ちなみに掘った先に覗いているは、崩れた大きな岩壁だった。

 進路を塞ぐ土砂を見て、俺は唖然とした。

「はは……」

 思わず乾いた笑い声を上げてしまった。
 横に並ぶルナリアとカエデの表情には、怒りが浮かんでいる。
 俺の軽い笑い声程度では、一向に落ち着く気配がない。

(せめて行きに使った通路は通れなくなった、と一言教えてほしかったな)

 スヴェン達は何も言っていなかったが、ダンジョンの外に出られる最短経路は、完全に塞がってしまっていたのだ。

 街での仕事同様、冒険者の間でも報告・連絡・相談――ホウレンソウの重要性は周知されている。
 フォルネウス風に言うなら、冒険者規則第三条に『パーティーメンバー同士の情報共有を徹底すべし』と書いてあるのだ。
 といっても、もし冒険者規則第三条を引用しようものなら、第三条補則を持ち出してきて「パーティーメンバー以外に情報を伝える際、対価を受け取る権利がある」と言い返してくるだろう。

 実際、俺とスヴェン達はもうパーティーメンバーではないのだ。ほんの少し前まで同じ冒険者パーティー「暁」のメンバーだったとはいえ。

 比較的冷静なのはクオンと元冒険者のベルトラントだ。

「対価を支払ってでも、使える通路を聞いておくべきでしたね」

 そんなクオンのつぶやきに、

「そんな……! これほど窮地にあって、どうして無償で助け合わないの!?」

 ルナリアが過剰ともいえる反応を示した。
 徐々に蓄積されてきた疲れが、健全な精神を蝕みつつあるのだろう。
 要は「疲れれば怒りっぽくなる」というだけだが、ダンジョンでは大問題だった。

 ガス抜きも兼ねて、ルナリア達の口論を少し放置しておく。

(……やばいな)

 俺自身は、まだまだ余裕がある。精神的にも体力的にも。
 もちろん古竜や古代魔法文明の遺跡、新たなゴブリンロードの影と不安の種は尽きないが、それでも平常心を失うほどではない。
 なんならこの狭く暗いダンジョンで一泊することも余裕だった。

(俺はともかく、ルナリア達はこのダンジョンにいる限り、気が休まらないだろう)

 冒険者生活に慣れていないものは、安全な街のベッドで眠りでもしない限り、疲労はほとんど回復しない。
 このまま右往左往してダンジョン内を彷徨うことになれば、ゴブリンロードとの戦闘や土砂災害などの最悪の事態に巻き込まれることがなかったとしても、誰かが倒れかねない。

 ルナリアとカエデは、スヴェン達のあまりな対応にしばらく愚痴っていた。状況を考えれば、可愛いものだ。もっとヒステリーを起こすようなタイプも護衛依頼で出会ったことがある。

「――どうしますか、ヨシュア殿?」

 クオンは俺に尋ねてきた。

「脇道はあったけど、そっちも塞がっている可能性が高いと思う」

「ヨシュア殿のかつての仲間がダンジョンの奥にまで来ていたから、ですね」

「ああ。ただ引き返した理由は、例のゴブリンロードの軍隊らしき集団を避けたせいかもしれない。だから通路はどういう状況かわからない」

「ますますもって忌々しい連中ですな。わたくし達をいきなり襲っただけでなく、謝りもせず、このような重要な情報さえ伝えずに去るなど……」

 吐き捨てたベルトラントは荒い呼吸を繰り返している。俺は、座って少しでも休むようにみんなに伝えた。

 俺とクオンは「どうするか?」と相談するように顔を見合わせた時、またも軽い揺れがあった。
 ほんのわずかな時間だけなので、恐怖心などはない。
ただ、徐々に揺れの間隔が短くなっているような気がして、それが問題だった。

(問題は山積みだな……)

 古竜、古代魔法文明の遺跡、ゴブリンロード、盗賊レイルの安否、そしてルナリア達の身心……。

「とりあえずまずは来た通路を戻りましょう。スヴェン達が使った隘路に入った方がいい気がします」

「なぜですか?」

 クオンの問いに俺は苦笑いを浮かべた。

「感心できない性格をしていても――スヴェン達はSランク冒険者、ダンジョンのプロなんですよ」

 彼らがあそこまで引き返したのなら、少なくとも安全性はその方がもっとも高いと考えたからに他ならない。

「それにスヴェン達の後をつけるように動けば、ゴブリンと遭遇する危険は減るでしょう。大抵のゴブリンならスヴェンとフォルネウスの敵じゃありませんからね」

「なるほど……あの忌々しい連中は炭鉱のカナリアというわけでございますな!」

 ベルトラントが声を上げた。鬱憤が少し晴れた様子だった。

「炭鉱のカナリアってなんですか?」

 ルナリアの問いに俺は説明した。

「坑道に入る際、炭鉱労働者が籠に入れたカナリアを持ち歩くことがあるんだ。カナリアは人間より先に有毒ガスなどの危険を察知してくれるからね。そういう危険を知らせてくれるものを『炭鉱のカナリア』っていうんだ」

「なるほど……!」
「――せいぜいよく聞こえる鳴き声を上げてほしいものです」

 素直に感心するルナリアと、ちょっと毒を吐くカエデ。
 カエデは病み上がりのクオンを気遣っている様子だし、余分に歩くことになり、余計に腹が立っているのだろう。

(……できれば鳴き声が上がらないのが理想なんだけどな……)
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