追放された回復術師は、なんでも『回復』できて万能でした

第18話 探索準備

「では、ベルトラントさん。この短剣はどうですか？」

俺は初心者向きの武器をベルトラントに差し出した。

刃渡りは拳四つ分弱。
反りは少なく、鍔は大きめ。
柄に滑り止めの窪みまでついていて、使用者への気遣いに溢れたなかなかの一品だ。
銘のある武器ではなさそうが、鍛冶師の腕と心が感じられた。

「おお！　それは……！」

意外な反応を示したベルトラントは、大事そうに両手で受け取った。

「これは家宝の刀を作ってくださった鍛冶師の曾孫の作品、無銘の脇差です。このたび護身用にと持ち込んだのですが、ゴブリン共に奪われていたのです」

どうやらベルトラントの持ち物だったらしい。
それは幸いだ。
他人の武器より使い慣れた自分の武器の方がいいに決まっている。

「鞘もあるはずなのですが……」

ゴブリンは普段から抜き身で扱うことが多いので、すぐに鞘がどっかに行ってしまうのだ。
ベルトラントが周囲を探し始める中、カエデが槍を差し出して尋ねてきた。

「ヨシュア様。私は槍を使いたいと考えているのですが……よろしいでしょうか？」

槍は短剣よりも扱いが難しい。
まして狭いダンジョン内だ。
壁や天井につっかえたり、仲間に当たったりするかもしれない。

もし初心者が尋ねてきたら却下すべきところだが……。

「わざわざ尋ねてきた、ってことは、注意点もわかってるんだよね？」

「ええ。狭い空間内ですので、取り扱いに注意、ということですよね」

「うん。そういうこと」

さすがは護身術を身に付けていると言うだけのことはあるという気持ちを込めて頷くと、カエデははにかむように笑った。

（ちょっと打ち解けてきた感じがするな）

最初はとっつきにくいというか、口数の少ない印象だったが、きちんと尋ねるべきところは尋ねてきてくれる。

（俺も唯一の冒険者、ダンジョンのプロとしてしっかりしないとな……！）

カエデが少しそわそわした様子なのは、ちょっとだけ気になるところだ。
おそらく自分をかばって大怪我をしたクオンの元に一刻も早く行きたいのだろう。
ただ焦りは禁物。
十分な準備もせず、ただ焦りを口にして場の空気を悪くすることは、結果的にマイナスにしかならないと判断しているのだろう。

（極限状態ではその人の本性が出やすいというけど……こうしてみるとルナリアさんもカエデさんも立派だな）

ベルトラントは一応、若い頃だけでも冒険者をしていたので、ダンジョンに潜った経験くらいはあるだろう。

俺は最後にルナリアに目を向けた。
彼女は手持ち無沙汰な様子だったが、慣れない武器を取ることもなく、理性的な態度だ。

「ルナリアさんは剣術などを習ったことはありますか？」

「いいえ……」

「念のためお聞きしますが、魔法は……」

ルナリアだけでなく、三人共首を横に振った。

「その……父を亡くして、病弱な母と共に領地を守るので精一杯で……魔力を扱えるかどうかの確認さえしてません」

気恥ずかしそうにルナリアがそう言ったのは、貴族階級であれば、幼少期に魔法を使う才能の有無を確認するのが一般的だからだ。
魔力を扱えるかどうかの確認には、大金も時間も掛かる。
ちなみに、いずれかの術師ギルドを訪れて、魔法の適性の有無だけを調べて帰るなどという無法は許されない。

すべてのギルドに言えることだが、ギルドは恩恵を与えるだけでなく、組織の維持のために様々な義務を負わせてくる存在でもあるのだ。

「その程度のお金もなかったのかと思われるかもしれませんが、別に当時はお金に困っていたわけでは――。ただ母の看病で時間がなくて……」

言い募るルナリアは、何か言わなくていいようなことまで暴露した気がするが、俺は聞かなかったことにする。

（長年難病に苦しむ母……高額な最高級ポーションの購入……こうして冒険者も雇わずエリクサーを自ら探しに来る金銭事情…………）

貯蓄も相当少なくなっていそうだし、領地の経営もひょっとすると上手くいっていないのかもしれない。

（何か力になれればいいんだけど……）