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第Ⅳ章 天国へ至る迷宮

朝の気配

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「……フウマも、そう思うの?」

 たぶん、リノは止めてほしかったんだろう。

 俺も最初は、そうすべきだと思った。
 どこにも行くな。行く必要なんかない。
 そう言おうと思っていた。
 けど。

 ゆっくりと山へ登りながら考えた俺の結論は、座り込んで考えていた時に出た結論とは真逆だった。
 淀んだ暗い場所で出した結論より、こうして体を動かして気持ちの良い空気の中で出した結論の方が、いいもののような気がした。

「俺は『勇者』も『魔王』も……そして『シノビ』も必要ないんじゃないかって思う。『勇者』でなければ、アレクサンダーはあそこまで傲慢になることはなかったと思うし、あんな悲しい人生を歩んで、あんな死に方をしなくて済んだと思う。同じように、勇者のそばにいたエリーゼもフェルノも、その他の多くの兵士や冒険者たちなんかも……」

 リノの沈黙には深い共感が感じられた。

「『シノビ』にしても、同じように思う。曾祖父は自分と同じ者を作り、ジッチャンはほとんどを村で厭世的に過ごした。トウチャンは強いシノビに憧れたけど、才能がなくて旅に出て死んだ」

「もしシノビという存在がいなければ、フウマの家族も生きてたかもしれないってことだね」

「ああ。そうだ」

 俺は自分の右手を見つめた。

「ここ最近、シノビらしいことをしていない」

「うん」

「でも、ちゃんと上手く行っている」

「うん」

「……シノビはシノビらしく、忍んで生きるのもいいけど、もう消えてもいいのかもしれない、そう思ったんだ」

「……そう」

 山頂の深い霜は、白い花々や葉っぱが流す涙の滴のようなものに変わっていった。朝の気配ではなく、昼間の気配に変わりつつある。空気も清涼というよりは、どこかぽかぽかとしたものに変化しつつある。

「シノビノサト村は、これから『天国』になる。そして、次第にシノビはいなくなる……。それでいい気がする。――どう思う、リノ?」

 リノはしばらく考えた末、しゃがみ込み、小さな白い花を撫でた。
 水滴が花弁を流れ落ちた。

「朝が来て、夜が来て、また朝が来て……」

 リノはぽつぽつと話しだした。

「そんなふうに言葉にすると同じだけど、同じ『朝が来て』しまうことはない。だから、日々を繰り返すうちに徐々に変化していくのは、普通のことだと思う」

「……そっか」

 曾祖父も諸行無常だとか、ゆく川の流れだとか、いろいろと言っていたらしい。ジッチャンは深い共感を込めて、そういう昔話をしてくれた。
 リノもそんな二人のように厭世的になってしまったのかと思ったが、その瞳を見て違うと悟った。

 俺とリノはもうそれ以上、言葉を交わすことなく、イヌガミと一緒に山を下り始めた。

 ――山を下りた俺とリノが、いったい何をどうするのか? 

 それは俺にも、リノにも、山を下りている最中には、きっと分からないことだろう。
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