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第Ⅳ章 天国へ至る迷宮
朝日
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山は思ったよりも高い。
まだまだ頂きは見えない。
いつも高速で走っているので意識したことはなかったが、歩くという行為はひどく時間がかかるものらしい。
(ずっと、考えてたな――)
俺は、ナラクとラインハルトに出会った水産都市エレフィンにある最難関ダンジョン『天涯』を攻略した頃から、シノビについていろいろと思うようになっていた。
(いや。もっと前……アイリーンと最期の別れをした時くらいにも、潜在意識では考えていたかもしれない)
シノビ。
もし、アイリーンはシノビという特別な力を持つ、曾祖父の知識と技を受け継いだ者がいなければ、どうしただろうか?
失意のどん底にあった彼女は、ただ静かに寒村でその一生を終えていたかもしれない。
同じように、ナラクだって、復讐だの、シノビの技に魅入られるだの、そういうこともなかったかもしれない。
ナラクについてはわかっていないことも多いが、きっと「シノビ」が存在しなければ、普通の生涯を送れた可能性があるように思えた。
(「魔王」も「勇者」も……そして「シノビ」も…………)
脳裏にかすめるのは、ジッチャンの顔、シノビノサト村にいるシノビたちの顔。〈影走り〉を修練した広場から、滝に打たれた泉までいろいろと浮かぶ。
(「魔王」だけでなく、「シノビ」も…………)
何度も似たようなことを繰り返し考えていたらしい。
気づけば俺の足は、山頂がはっきりと見える岩場に足をかけていた。
山頂の岩場にただ立ち、外界を見下ろしている金髪の幼い少女の後ろ姿が見えた。
俺は一瞬、いつものように呼びかけて、……やっぱりやめた。
伸ばしかけた手を引っ込め、その横に並ぶ。
イヌガミはなぜか岩場の途中で立ち止まって、前足で首の後ろをかき始めた。まるで本当に犬みたいな仕草だ。なんだかおかしい。
たぶん、自分がいると邪魔になると思って、それとなく離れた場所にいることにしたのだろう。ありがたい配慮だ。
「…………」
何を見てるんだとか、ここからの眺めは綺麗だなとか、まだ山頂から見下ろす前にいろいろとセリフを考えていたが、足元を見て驚いた。
ある一定より上には、木々も花も咲きにくくなる。ましてこれほどの高さの山で、岩が多い場所だ。
けれど、群生している白い小さな花が無数にあった。まるで雪に寄り添うように咲く花は、自らと同じ色の霜をつけて、ゆっくりと昇り始めた朝の日差しにきらきらと輝いている。不思議な荘厳さがあった。
「綺麗だな」
「うん。すごい」
俺はこの短いやり取りの間に、いろいろなことを思った。
綺麗だと、種族が違っても、ちゃんと共感できるんだっていうこと。
綺麗だと感じられるなら、まだ彼女の精神状態は大丈夫そうだということ。
「……これを、見に来たのか?」
俺の問いかけを聞いた彼女は、こっちを見上げて、困ったように眉根を寄せた。
「…………」
「……まあ、そんなわけ、ないよな」
ここにこんな花畑があることなど彼女は知らなかったろう。それに知っていて見に行きたくなったとしても、わざわざこっそり抜け出す必要はない。
「私は……あそこにいない方がいいと思った」
「ああ。俺もそう思った」
俺の言葉に、弾かれたように彼女――リノがこっちを見た。その表情は、どこか遠い雰囲気を漂わせた「彼女」ではなく、俺のよく知る「リノ」の姿だった。
まだまだ頂きは見えない。
いつも高速で走っているので意識したことはなかったが、歩くという行為はひどく時間がかかるものらしい。
(ずっと、考えてたな――)
俺は、ナラクとラインハルトに出会った水産都市エレフィンにある最難関ダンジョン『天涯』を攻略した頃から、シノビについていろいろと思うようになっていた。
(いや。もっと前……アイリーンと最期の別れをした時くらいにも、潜在意識では考えていたかもしれない)
シノビ。
もし、アイリーンはシノビという特別な力を持つ、曾祖父の知識と技を受け継いだ者がいなければ、どうしただろうか?
失意のどん底にあった彼女は、ただ静かに寒村でその一生を終えていたかもしれない。
同じように、ナラクだって、復讐だの、シノビの技に魅入られるだの、そういうこともなかったかもしれない。
ナラクについてはわかっていないことも多いが、きっと「シノビ」が存在しなければ、普通の生涯を送れた可能性があるように思えた。
(「魔王」も「勇者」も……そして「シノビ」も…………)
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(「魔王」だけでなく、「シノビ」も…………)
何度も似たようなことを繰り返し考えていたらしい。
気づけば俺の足は、山頂がはっきりと見える岩場に足をかけていた。
山頂の岩場にただ立ち、外界を見下ろしている金髪の幼い少女の後ろ姿が見えた。
俺は一瞬、いつものように呼びかけて、……やっぱりやめた。
伸ばしかけた手を引っ込め、その横に並ぶ。
イヌガミはなぜか岩場の途中で立ち止まって、前足で首の後ろをかき始めた。まるで本当に犬みたいな仕草だ。なんだかおかしい。
たぶん、自分がいると邪魔になると思って、それとなく離れた場所にいることにしたのだろう。ありがたい配慮だ。
「…………」
何を見てるんだとか、ここからの眺めは綺麗だなとか、まだ山頂から見下ろす前にいろいろとセリフを考えていたが、足元を見て驚いた。
ある一定より上には、木々も花も咲きにくくなる。ましてこれほどの高さの山で、岩が多い場所だ。
けれど、群生している白い小さな花が無数にあった。まるで雪に寄り添うように咲く花は、自らと同じ色の霜をつけて、ゆっくりと昇り始めた朝の日差しにきらきらと輝いている。不思議な荘厳さがあった。
「綺麗だな」
「うん。すごい」
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綺麗だと、種族が違っても、ちゃんと共感できるんだっていうこと。
綺麗だと感じられるなら、まだ彼女の精神状態は大丈夫そうだということ。
「……これを、見に来たのか?」
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「…………」
「……まあ、そんなわけ、ないよな」
ここにこんな花畑があることなど彼女は知らなかったろう。それに知っていて見に行きたくなったとしても、わざわざこっそり抜け出す必要はない。
「私は……あそこにいない方がいいと思った」
「ああ。俺もそう思った」
俺の言葉に、弾かれたように彼女――リノがこっちを見た。その表情は、どこか遠い雰囲気を漂わせた「彼女」ではなく、俺のよく知る「リノ」の姿だった。
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