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第Ⅳ章 天国へ至る迷宮
イヌガミの流儀
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イヌガミが夜に俺のもとを訪れた理由を、なんとなく悟った。
(コイツなりに……俺に気を遣ったのか…………)
ここ最近ずっと一緒にいたからか、俺が悩んでいることを察したようだ。俺が無理をして、張り切った振りをしていたことも。
「我は、いい匂いがする場所があったら、とりあえず突撃してみるであります」
「う、うん」
「それでその匂いの場所に行くには崖があるなら登るであります。その匂いの元が、食べられない花の匂いだったら、がっかりするであります。……こういうのはたぶん『子供の判断』なのであります――」
「あ、ああ――」
イヌガミがどんな感情を乗せて次のセリフを放つのか、俺はなんとなく察した。ちょっとだけ身震いし、イヌガミの言葉に感動しかけていたのは内緒だ。イヌガミが知れば調子に乗ってしまうだろうから。
「――でも、『大人な判断』が崖を登らず、匂いのもとを想像するだけで確認もしないことであるなら、我は『子供の判断』の方が好きなのであります!」
「ははっ! 好きか! そうか――!」
俺は思わず笑った。
ずっと悩んでいたことが馬鹿らしくなる。
俺が悩んでいたことは、もしたった一言で言うなら「未来」そのものだ。
どんなに飛び抜けたスキルを持っていようとも、未来のすべてを見通すなど不可能。何が起こるかわからない。全部上手く行くかどうかなんて、わかりっこないのだ。
イヌガミはただ、そんなことは百も承知で、「好きか嫌いか」「そうしたいかどうか」で即行動に移しているというのだろう。
突撃するイヌガミをフォローする側の身にもなれと言いたいが、俺に足りないのは、たぶんイヌガミのような天真爛漫な子供っぽさなんだろう。
(イヌガミを見習う……べきだ、なんて思う日が来るなんてな…………)
あまりにも予想外の感情が胸に渦巻いて戸惑う。
でも不快感はない。
もちろん、これからの一歩に不安はある。考え出せばキリがない。果たしてリザードマンは、ドワーフや魔族、人間たちと仲良くできるのかとか。
でも、イヌガミの言う「匂いを嗅いで妄想しているだけ」の状態よりも、それが肉の匂いかどうか確認した方がいいだろう。
「あはははっ! 犬とは思えないほど良いこと言うじゃないか!」
「ワンワンであります!」
イヌガミが珍しく犬の鳴き真似をして、ぴょんぴょん跳ね回った。
「やれやれね……ふぁあ~……オゥバァの心配性。眠いったりゃありゃしないわ」
「なによ~……相談しに行ったら『リノちゃんも起こすべき!』とか騒いで、リノちゃん起こしてたじゃない。――フウマ帰ってくるまでろくに眠れなくて、眠くて大変なのはリノちゃんの方なのに」
「そんなことありませんよ。私はセーレアさんに起こしていただいて良かったです。……これで本当に安心しました」
着の身着のまま飛び出して来たので、山の夜は冷えるが、それでも胸の中がぽかぽか暖かくなるような光景だった。
フウマはまだ十代の半ばを少し過ぎた程度なのだ。
フウマは真面目すぎて悩みすぎるようにリノには見えていたが、これで少しはイヌガミを見習って(?)生きられるようになればいい。
見たところ、飼い主と飼い犬の性格を足して二で割ったくらいがちょうどいいようだから。
森の中で密やかに交わす女たちの声は、次第に遠ざかっていった。
(コイツなりに……俺に気を遣ったのか…………)
ここ最近ずっと一緒にいたからか、俺が悩んでいることを察したようだ。俺が無理をして、張り切った振りをしていたことも。
「我は、いい匂いがする場所があったら、とりあえず突撃してみるであります」
「う、うん」
「それでその匂いの場所に行くには崖があるなら登るであります。その匂いの元が、食べられない花の匂いだったら、がっかりするであります。……こういうのはたぶん『子供の判断』なのであります――」
「あ、ああ――」
イヌガミがどんな感情を乗せて次のセリフを放つのか、俺はなんとなく察した。ちょっとだけ身震いし、イヌガミの言葉に感動しかけていたのは内緒だ。イヌガミが知れば調子に乗ってしまうだろうから。
「――でも、『大人な判断』が崖を登らず、匂いのもとを想像するだけで確認もしないことであるなら、我は『子供の判断』の方が好きなのであります!」
「ははっ! 好きか! そうか――!」
俺は思わず笑った。
ずっと悩んでいたことが馬鹿らしくなる。
俺が悩んでいたことは、もしたった一言で言うなら「未来」そのものだ。
どんなに飛び抜けたスキルを持っていようとも、未来のすべてを見通すなど不可能。何が起こるかわからない。全部上手く行くかどうかなんて、わかりっこないのだ。
イヌガミはただ、そんなことは百も承知で、「好きか嫌いか」「そうしたいかどうか」で即行動に移しているというのだろう。
突撃するイヌガミをフォローする側の身にもなれと言いたいが、俺に足りないのは、たぶんイヌガミのような天真爛漫な子供っぽさなんだろう。
(イヌガミを見習う……べきだ、なんて思う日が来るなんてな…………)
あまりにも予想外の感情が胸に渦巻いて戸惑う。
でも不快感はない。
もちろん、これからの一歩に不安はある。考え出せばキリがない。果たしてリザードマンは、ドワーフや魔族、人間たちと仲良くできるのかとか。
でも、イヌガミの言う「匂いを嗅いで妄想しているだけ」の状態よりも、それが肉の匂いかどうか確認した方がいいだろう。
「あはははっ! 犬とは思えないほど良いこと言うじゃないか!」
「ワンワンであります!」
イヌガミが珍しく犬の鳴き真似をして、ぴょんぴょん跳ね回った。
「やれやれね……ふぁあ~……オゥバァの心配性。眠いったりゃありゃしないわ」
「なによ~……相談しに行ったら『リノちゃんも起こすべき!』とか騒いで、リノちゃん起こしてたじゃない。――フウマ帰ってくるまでろくに眠れなくて、眠くて大変なのはリノちゃんの方なのに」
「そんなことありませんよ。私はセーレアさんに起こしていただいて良かったです。……これで本当に安心しました」
着の身着のまま飛び出して来たので、山の夜は冷えるが、それでも胸の中がぽかぽか暖かくなるような光景だった。
フウマはまだ十代の半ばを少し過ぎた程度なのだ。
フウマは真面目すぎて悩みすぎるようにリノには見えていたが、これで少しはイヌガミを見習って(?)生きられるようになればいい。
見たところ、飼い主と飼い犬の性格を足して二で割ったくらいがちょうどいいようだから。
森の中で密やかに交わす女たちの声は、次第に遠ざかっていった。
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